[慰霊]両陛下、パラオへ慰霊行幸啓-日本とパラオの絆
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[慰霊]両陛下、パラオへ慰霊行幸啓-日本とパラオの絆

[慰霊]両陛下、パラオへ慰霊行幸啓-日本とパラオの絆

歴史

天皇皇后両陛下におかれては、4月8~9日、大東亜戦争の激戦地であるパラオへ戦歿者慰霊のため、行幸啓になります。
このたび天皇陛下が、激戦地パラオの地で深い鎮魂・慰霊の祈りを捧げられることは、戦歿者やご遺族にとってこの上ない喜びになることと確信いたします。

パラオは、第1次世界大戦後、日本の委任統治領となり多くの日本人が移住した地です。そして 大東亜戦争の末期には、日米の激戦地となりました。
その歴史の中で、日本とパラオは深い絆を結んで参りました。

日本会議では、かつてパラオの現地・取材を行い貴重な映像を、『天翔る青春-日本を愛した勇士たち』(日本会議事業センターDVD)に収めています。この機会にご紹介いたします。

■パラオで歌われる、「ペリリュー島の桜を讃える歌」
パラオの人々が、当時の日本兵を思い作詞・作曲した歌です。(※このページの下方に歌詞の一部を紹介)

■当時の日本人の姿、そして、今の日本人の姿。

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「ペリリュー島の桜を讃える歌」
作詩/トヨミ・オキヤマ
作曲/トンミ・ウエンティー

激しく弾丸が降り注ぎ、オレンジ浜を血で染めた
強兵たちはみな散って、ペ島は全て墓地となる

今、守備勇士(もののふ)の姿なく、残りし洞窟(じんち)の夢の跡
古いペ島の習慣で、我らは勇士の霊魂(たま)守る

平和と自由の尊さを、身をこなにしてこの島に
教えて散りし「桜花」、今では平和が甦る

戦友遺族の皆さまに、永遠(いついつ)までもかわりなく
必ず我ら待ち望む、桜とともに皆さまを
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戦歿者と遺族に寄せられる深い思し召しに感謝申し上げるとともに、81歳というご高齢での行幸が無事実現されることを、心より祈願いたします。

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