国境の島・対馬視察レポート「対馬が危ない」
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国境の島・対馬視察レポート「対馬が危ない」

国境の島・対馬視察レポート「対馬が危ない」

憲法

●国境の島・対馬視察レポート「対馬が危ない」

日本会議地方議員連盟の対馬視察団先遣隊レポートを紹介。

(※『日本の息吹』20年10月号より)

日本会議地方議員連盟対馬視察団先遣隊

団長 小礒 明(こいそあきら)東京都議会議員

副団長 吉田康一郎 東京都議会議員

国境の島・対馬―福岡県から約一三〇キロ、韓国・釜山から約五〇キロに位置し、福岡よりも韓国に近い。我が国で六番目に大きいこの島が、今、韓国によって脅かされている。対馬で何が起きているのか。国境の島・対馬を守るため日本会議地方議員連盟の有志ら十五名が対馬の状況視察を行なった―

●「我々、対馬島民が住んでいなければ、国境は守られない」

「我々、対馬島民が住んでいなければ、漁業水域は後退し、国境は守られない。そのことを忘れないで欲しい」。対馬視察に来た我々に対して自衛隊OBの小松津代志氏は訴えた。この言葉は、まさに対馬が置かれている状況を象徴している。

「日本会議地方議員連盟」(会長=野村有信東京都議)では民間有志と合同で十五名からなる対馬視察先遣隊を、八月十七日から十九日にかけて、対馬に派遣した(団長=小礒明東京都議、副団長=吉田康一郎東京都議)。

我々が対馬視察を行ったのは、韓国が竹島のみならず対馬までも領有権を主張してきたからである。我が国が中学校社会科の新学習指導要領の解説書に「竹島」について記述する決定をしたことに対して、韓国では五十名もの与野党国会議員が「対馬も韓国領だ」と「対馬返還要求決議案」を発議した。さらに七月二十三日には、韓国退役軍人二十一名が対馬に乗り込み、市役所前で「獨島は韓国領土対馬島も韓国領土」と書いたTシャツを着て、指を噛み切り、韓国国旗に血で「独島は韓国領土」と書くなど異常な活動を展開した。ここまで好き勝手に我が国の主権が侵されては黙っていられない。国境の島・対馬は今いったいどうなっているのか。急遽、有志を募って現地視察を挙行した。

今回の対馬視察では、対馬の歴史研究をしつつ、現状を憂える対馬島民・友納徹氏、長郷照美氏、芳村昭美氏と平山静喜・海神神社宮司に案内頂いた。三氏は七月二十三日に韓国退役軍人が対馬に乗り込んで来た時も抗議活動を起こすなど、対馬を守るために活動を活発に行っている(コラム参照)。事前情報で、韓国人によって様々な問題が対馬では引き起こされていることを聞いていたが、実際に対馬中心街は店舗の看板など実際にハングル文字が溢れ、韓国人向けの料理店や居酒屋、免税店などが目に付いた。島の道路標識にも全てハングル文字が併記されていた。

我々はまず始めに、韓国人観光客の誘致を推進してきた商工会の一人に島の実態を伺った。

●不況で疲弊する対馬と大挙する韓国人観光客

商工会の一人は「経済状況は非常に厳しい。年々少子高齢化が進み、働く場所が無いため若者が島外に流出し毎年一千百人が島を離れる。東京の平均所得が四八〇万円に対し、対馬は一八〇万円である。平成十六年に六町が合併し対馬市となったが、借金を持ち寄った合併だった」。昭和三十年代に七万人だった人口は、現在三万七千人で下降の一途をたどっているという。また『対馬の一人当たりの負債額は全国一で、夕張市の次は対馬』と報道されたこともあるほどで、今は五人に一人しか職に就けない。対馬のロータリークラブの方々にも話を伺ったが、昭和二十八年に離島振興法が公布されて一時は対馬も潤ったが、小泉政権下で公共事業が激的に削減され建設業は倒産が相次ぎ、漁業・養殖業も衰退し、島民は困窮しているという。

「車は生活必需品だがガソリンは本土より常に三十円高い。我々は日々の生活をするのがやっと。倒産などで自殺者も増えている」と対馬の疲弊状況を訴えた。

その様な中で我々が韓国人観光客のことについて質問すると商工会の一人は「昨年の韓国人韓国客の数は七万八千人(対馬の人口の倍以上)。韓国人観光客によって十二~十三億円が対馬に落ちている。島には韓国人無しには考えられないという人が多い」。韓国人観光客のお陰で島の経済は潤っているという。

●韓国人観光客で本当に対馬は助かっているのか?

ところがこれに異を唱える地元民もいた。「韓国人韓国客によって経済的に潤っているのはごく一部の人のみです。韓国人観光客は、韓国人が経営するホテルや店を使い、韓国旅行会社の観光バスを使っている」。つまり多くの島民にとって韓国人観光客による経済効果は零に等しい。

それどころか韓国人観光客の傍若無人の振る舞いにかえって迷惑しているという。対馬で聞いた韓国人観光客の評判を記すと、「韓国人観光客の目的は、釣り・山登り・観光で三割以上が釣りだが、日本では禁止されている『外国人による撒き餌』をして韓国に大量に魚を持ち帰る。プロ釣り師もいると言うが、警察が捕まえたという話は全く聞かない」「スーパーで支払い前のバナナを食べる」「温泉では湯船のなかで身体を洗ったり、備え付けのシャンプーを持ち帰る。ある温泉では韓国人観光客のマナーの悪さを嫌って日本人客が来なくなって廃業した」「古代神話の由来を持つ和多都美神社の社殿にも土足で上がる」「山から薬草を持って帰ったり、韓国の国花むくげを持ち込み植樹する。船の税関が一人なので、チェックが甘い」……。聞いた話を挙げればきりがない。島の祭りが、「アリラン祭」にしかし事は経済問題やマナーの問題に止まらない。地元民は「民宿が何軒か倒産したがそれが民宿でお手伝いしていた女性の名前で買われていたのでおかしいと思ったら、韓国人がそのお手伝いさんの名義を使って買収していたんです。そんなことがここ二、三年続いてます。このままでは対馬が韓国人に占領されてしまうと不安が増大しているんです」と危機感を露わにした。ガイドして下さった友納氏は「最初に韓国資本が建てたホテルは、『大亜ホテル』と言い、対馬に定期航路を引いた会社です。この大亜ホテルは、前町長が議会も通さず、町民の意見も聞かず、十年間無税という特別措置をとっています。おそらく韓国側と密約をかわしていたのでしょう。航路を引き、ホテルを建て、今や二十社以上の韓国旅行会社が参入している。着々と対馬進出のコマを進めているようにも見えます」と語っていた。対馬は経済的苦境を乗り切るためと評して、韓国人観光客の誘致推進を行政、経済界、商工会が中心となって推進してきた。平成十二年に、対馬―釜山の定期航路を就航させ(韓国資本)、長崎県に対馬全域を「しま交流人口拡大特区」申請して十五年から韓国人のビザ無し渡航が始まった。島の最大の祭りである「港まつり」も二十年ほど前から「アリラン祭り」という名称を押しだした。商工会の一人は「特色を出せば長崎県から三百万円の補助金が下りる」という理由を述べていたが、数百人が韓国衣装を身に纏い町を練り歩く「朝鮮通信使行列」をメインにする祭りには批判の声もあった。島でスーパーと介護保険施設を営む武末裕雄氏は「参加者の半数は韓国人だ。韓国人から見れば、対馬でも我々の祭りが行われていると見えるではないか」と懸念していた。国境の島・対馬であるならば、「防人祭り」として島の誇りを打ち出した方がいいのではないかと思う。

●行幸啓記念碑の土地も韓国人が買収

対馬の「韓国化」は、国防への危機もはらんでいた。友納氏らの案内で竹敷町にある「RESORT TSUSHIMA」を訪問した。ここは、週刊誌にも取り上げられた問題の場所である。平成二年、天皇皇后両陛下が長崎県を行幸啓の際、お立ち寄りになり真珠工場をご視察になられた場所で、「これからも良い真珠を作って下さい」とお励ましのお言葉を残された地である。ここには「行幸啓記念の碑」も建立された。友納氏の解説では「かつて八十億円の利益を産んでいた真珠産業は次々に廃業し、両陛下がご覧になられた真珠工場も閉鎖。その後、土地は全て韓国資本によって買収されてしまった」とのこと。韓国風ホテルが立つ敷地の管理人(韓国人男性)に「碑を見させて欲しい」と申し出たが「客を迎える準備があるから見せられない」と堅く拒まれた。この買い占められた土地は、海上自衛隊対馬防備隊本部と隣接していた。「当初、真珠業者は自衛隊に買って欲しいと要望したが、予算組みが出来ないと言っているうちに、韓国人により買収されてしまった。この『RESORTTSUSHIMA』だけでなく、この町は基地を取り囲むように韓国資本が多数入っている。竹敷は、韓国村・韓国集落になってしまった」(友納氏)。

また他の方から聞いた話では、対馬にはレンジャー部隊経験者など精鋭部隊が駐屯しているが、その弾薬数が極度に少なく、有事になり、攻められた場合、弾薬がすぐ尽きるので退却命令を出さざるを得ない状況であるという。

●「防人新法」の制定を

対馬には、大小様々な神社が五百社程あり神社密度が日本一高いといわれている。神話が豊かに息づいており、原生林も多く美しい島であるので、世界遺産に指定しても良いのではないかと思うほどだ。また歴史的に国防の要・防人の島である。神功皇后の三韓征伐や白村江の戦い敗北の後、防人がおかれ、半島防衛の最前線の要塞として金田城が築かれた。その城跡は今も残っている。中世には、藩主・宗助國公がわずか八十余騎で蒙古の大軍を迎え撃ち、壮烈な死を遂げた。武末氏は自身が営む介護保険施設の建つ場所について、「豊臣秀吉の朝鮮出兵の折りに加藤清正、黒田長政、毛利輝元等々名だたる武将が対馬に集結、日の丸を旗印として朝鮮へ出兵した日の丸発祥の地です」と誇らしく語っていた。

近代には軍事要塞化されたが、日露海戦でロシアのバルチック艦隊を対馬海峡で破ったことは有名である。このように対馬は、我が国にとって常に国防の最前線であった。にもかかわらず対馬の子供たちは、日韓交流の歴史は教えられてもこのような「防人の歴史」は知らない。学校で教育されないのだ。

しかし、七月二十三日の韓国退役軍人の抗議活動に業を煮やして、防人の島として対馬を立て直そうとする動きが起こっていた。財部能成市長(円内写真)と自民党対馬市議団である。市長は「防人の島新法」を本年八月に長崎県議会に要望した。市長は我々との会見で「日本の国が国土として対馬を活かすことが大切。安全保障の観点から外国資本による土地買収が出来ないようにすることも重要。離島が生きるには、人が大切である。全国に対馬ファンを作ることが大切」と述べた。また対馬市議団は十九年に「国境離島活性化特別委員会」を設立し、国境の島対馬を守る、「新法」の作成に着手してきたことを我々に説明した。趣旨は①国の直轄で日韓の間に競合している漁業区域の安全確保を②韓国の釣り観光客の撒き餌問題について警察は及び腰であるが国家間の問題として対処を③原油高問題格安で日本人が旅行できるようになどを挙げていた。

市長、市議団は国境の島、防人の島として、国が対馬を特別に位置付けない限り、対馬は存続しえないことを強く訴えている。

生きるために土地・安全・精神文化を切り売りする「アリラン派」。それを必死で防ごうとする「防人」が戦っている。このまま日本人が減り、韓国人住民が増え続けて、仮に外国人参政権が認められるようなことがあればどうなるか。対馬の議会は乗っ取られ、島自体もたちまち韓国に乗っ取られる。対馬の状況を見れば安易に外国人参政権など認めることが如何に問題であるか明らかだ。日本国家として国境の島・対馬を守るために、特別法の制定に取り組むことが急務である。対馬を第二の竹島にしてはならない。

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