第23回戦歿者追悼中央国民集会
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第23回戦歿者追悼中央国民集会

第23回戦歿者追悼中央国民集会

靖国

国立追悼施設建設を許すな!

平成21年8月15日

今年の八月十五日、靖国神社は、十五万六千人の参拝者でにぎわった。参道特設テントでは、戦歿者追悼中央国民集会が開催され、約二千名が集った。

平成22年8月15日 戦没者追悼国民集会

平成22年8月15日 戦没者追悼国民集会

●民主党幹部の発言を危惧

昭和六十一年、当時の中曽根首相が中国からの批判に屈して参拝を取りやめた翌年、首相の靖国神社参拝を求めて始まった本集会も今年二十三回目を迎えた。小泉首相以来の参拝の期待がかかった麻生首相だったが、この日、首相の姿はなかった。(ちなみに、小泉・安倍両元首相は午前中に昇殿参拝した)
総選挙を直前に控えた八月十二日、民主党の鳩山代表は、同党が政権をとれば「どなたもわだかまりなく戦没者の追悼ができる国立追悼施設の取り組みを進める」と発言。翌十三日には、岡田幹事長も記者会見で、建設の意向を強調した。
それより前、岡田氏は八月三日、中国メディアの取材にこたえ、「民主党は結党以来、一貫して日中関係を重視してきた。…A級戦犯は先の大戦の罪人だ。首相が公式参拝すべきではない」と述べている。(ちなみに、チベット問題やウイグル問題については「中国国内の事情だ」「中国への内政干渉は行うべきではない」と述べている)
民主党政権になれば、靖国神社に代わる新たな国立追悼施設建設問題が急浮上することが必至のなか、集会は例年以上に緊張を孕んだものとなった。集会では、国歌斉唱、靖国神社拝礼の後、昭和二十年八月十五日の「終戦の詔書」の玉音放送を拝聴。主催者挨拶が、英霊にこたえる会の中條高会長、日本会議の三好達会長からなされ、続いて田母神俊雄、山本卓眞、金美齢の各氏より提言が行なわれた。正午より、日本武道館からのラジオ中継で、政府式典における天皇陛下のお言葉を拝聴。声明文の朗読、日本会議全国縦断キャラバン隊からの報告、最後に全員で、「海ゆかば」を斉唱した。以下、登壇者の挨拶、提言の要旨(抄録)を掲載する。

■声 明

日本国の首相が八月十五日という意義深い日に、国民を代表して靖国神社に参拝し、英霊に対して深甚なる追悼と感謝の意を表すのは、諸外国の例を見るまでもなく、至極当然のことである。
にもかかわらず、わが国においては、首相の靖国神社参拝は久しく見送られてきた。小泉純一郎首相が十六年ぶりに参拝を復活したものの、以後参拝を行なっていない。
それは中国から、いわゆる「A級戦犯」合祀を理由として、靖国神社参拝の中止を要求する執拗な圧力がかけられ、一方、国内でも、先の大戦を戦勝国の立場から一方的に裁いた東京裁判の後遺症による、戦前の歴史の一切を否定する風潮が根強く存するからである。しかも、八月三十日に予定されている衆議院議員総選挙では、民主党が優勢であると予測されている。同党は、公然と「A級戦犯」合祀を理由として首相の靖国神社参拝を拒否し、さらには靖国神社に代わる新たな国立追悼施設をも建設するように窺われる。誠に由々しい事態と言わねばならない。
申すまでもなく、我々が享受している平和と繁栄は、明治維新以来の幾多の祖国存亡の危機に際会して、尊い一命を捧げられた英霊の尊い犠牲によって築かれたものである。靖国神社は、戦没者追悼の中心施設であり、首相参拝の否定は戦没者の思いを踏みにじることになることは明々白々である。
麻生太郎首相は、本年一月の施政方針演説において、「真の保守政権を目指す」と明言した。「真の保守」であるならば、いかなる圧力が加えられようとも、毅然として靖国神社に参拝することによって、その真価を明らかにしなければならない。そのことによって首相の靖国神社参拝を定着させ、さらにはできるだけ近い将来の天皇陛下の靖国神社御親拝への道を開かねばならない。
我々は、今後の政局がいかなる事態に立ち至ろうとも、首相の靖国神社参拝を強く要望するとともに、憲法改正の実現という戦後体制の根本課題の解決のための国民運動を力強く展開することをここにあらためて誓う。
右、声明する。
平成二十一年八月十五日
第二十三回戦歿者追悼中央国民集会
英霊にこたえる会
日本会議


●主催者挨拶
我が国には、「戦犯」は存在しない
中條 高徳
英霊にこたえる会会長

私はこの四月に堀江正夫先生の後を引き継いで英霊にこたえる会の会長に就任いたしました。この会の初代会長は最高裁長官の石田和外さん、二代目が検事総長の井本臺吉さんでした。この顔ぶれを見ても、当時、敗れたりといえども、英霊にお応えする気持ちがいかに強かったかということが分かります。そして三代目が、陸軍士官学校で私の十期先輩で参議院議員をなさっていた堀江正夫先生。一年ほど前から堀江先生より「私も九十三歳になった。お前が引き継げ」と言われていたのですが、あまりにも重い座ですので、草莽に生きてきた私としましては、お断りしておりました。ところが、今年一月七日、靖国神社の南部宮司さんが、昭和天皇さまのみあとを慕うが如くに突然お亡くなりになりました。お葬式のとき棺の中の南部さんは、神様のようなお顔でした。そして私が怯んでいることを叱っているようにも見えまして、その日に私は覚悟を決めてお引き受けしたわけです。一心不乱にお勤めしようと思いますので、どうぞご協力よろしくお願いします。
今、終戦の御詔勅を拝聴いたしました。私は国土決戦対応で内地で御詔勅をお聞きしました。それから六十四年。今、この国家はどうなっているんでしょうか。総理大臣がお参りにさえ来ない。マスコミは公的か私的かとつまらない追及はするけれども、天皇さまが春秋の大祭には必ず勅使を派遣なさっていらっしゃることについては一切報道しない。まことに嘆かわしいことです。
果たしてこの国は法治国家かと問いたい。立法府、つまり法律を作る人達が「A級戦犯」などと軽々しく言う。
昭和二十八年の国会決議で衆参共に「法務死」として決している。つまり、我が国が苟も法治国家であるならば、「A級戦犯」も「B級戦犯」もいないのです。それなのに、政権を担うかもしれない者達が、国立追悼施設などと言挙げしている。これが法的な無知なのか、作戦であえてしているのか、私には判断出来ません。しかし、これは到底許すわけには参りません。


●主催者挨拶
国立追悼施設建設は明治天皇の大御心に背く
三好 達
日本会議会長

靖国神社の春秋の例大祭において、英霊に捧げられる鎮魂頌という歌(折口信夫作詞、信時潔作曲)の一節に「現し世の数の苦しみ。たゝかひにますものあらめや」とありますが、そのようにして凄惨な死を迎えられた英霊の無念さはいかばかりであったでありましょうか。
靖国神社の社憲―神社の根幹の定めであります―の第二条には「目的」として、「本神社は御創立の精神に基き…万世にゆるぎなき太平の基を開き、以て安国の実現に寄与するを以て根幹の目的とする」と定めてあります。これは明治天皇の御創立の大御心であると同時に、合祀されている英霊のお気持ちをも表しているものと私は理解しております。国民は誰しも平和を願っております。靖国神社も平和を願い、祈ることをその目的としているのです。
しかし平和は、「平和、平和」と唱えたり、憲法九条護持をかたくなに主張することによって得られるものでは決してありません。我が国の近隣はとてもお題目を捉えて安閑としておられる国際情勢でないことはあきらかです。国民と国土の保全、国民と国土を外敵の侵攻から守る任務、これが国家の究極の任務であり、これをなおざりにする国家は、国家の名に値しません。
我が国の平和を維持するために防衛に遺漏無きを期し、防衛の為の施策を的確にとることの出来る為政者、それを選ぶのが国民の責務であります。さて衆議院選挙が間近に迫ってきておりますが、争点が歪められています。最大の争点としてなければならないのは国家百年に関わる問題。すなわち教育改革の問題であり、防衛、外交の問題である。これらがほとんど争点として浮き上がってこないのは、何故でありましょうか。しかも民主党は政権を獲得したならば靖国神社に代わる国立追悼施設を建設する方針を固めました。これは靖国神社を御創立になられた明治天皇の大御心に背くものであります。また靖国神社で会おうと誓い合った英霊の心を踏みにじるものです。言語道断。もってのほかであります。私共は断固としてこれに反対していかなければなりません。総選挙後いかなる政局を迎えようとも、私共はあるべき日本を目指し地道に真摯に力強く国民運動を展開していかなければなりません。それが我が国に平和がもたらされることを願い、信じながら散っていた英霊をお慰めする一番の道と考えるからであります。


●各界代表提言
自虐史観では国を守れない
田母神俊雄
前航空幕僚長

日本は今も、占領軍なき占領軍支配、また社会党なき社会党支配が続いているのではないでしょうか。歴史は戦勝国によって作られる。正義の民主主義国家アメリカ、極悪非道の独裁国家日本という、このアメリカから見た一方的な歴史観から解放されないと、国を守る体制ができません。
自衛隊が法的に動ける体制になかなかならない。また普通の国の軍隊の様に攻撃力を持てない。攻撃力を持たない軍というのはよそから見て怖くないわけです。殴ったら殴り返されるかもしれないということが戦争を抑止するわけですが、いまはそれをアメリカ軍に期待するということになっている。従って最終的にはアメリカの要求を呑まざるを得ない。しかし、日本とアメリカの国益が完全に一致するわけがない。
国を守るということが、この総選挙でもほとんど話題にならないのはおかしなことです。いま日本は軍事力を強化しないと危ないです。二十年前は中国が何かやると言っても「やってみろ」と言い返してもよかった。しかし、今日のごとき中国の大軍拡を前にしては、それに匹敵する軍事力がこちらになければ譲歩せざるを得なくなります。日本が侵略国家だった為に戦争になったわけではないんです。白人国家が日本を締め上げて、これ以上締め上げられたら死んでしまうという時に真珠湾攻撃になったわけです。中国を侵略したと言うのも、まったくの嘘です。これは蒋介石・国民党と日本を戦わせて、毛沢東・共産党に中国全土を支配させるというコミンテルンの謀略が背景にあったわけです。しかも当時のシナ大陸は、馬賊や匪賊などが群雄割拠し、民衆は生命の保障もなく、生活水準も極めて低かった。しかるに日本が出て行ったところは投資がなされ、治安も安定し生活水準も良くなったという側面があったのです。世界史の流れで見たら、日本がもし戦わなかったら白人国家の全世界植民地化計画が完成し、今なお我々は白人国家の植民地の中で奴隷みたいな生活をしていたかもしれないのです。今日の豊かで平和な生活は、人種平等の世界を導くべくあの戦争を戦い、国のために命を投げ出してくれた英霊の皆さんのおかげだと思います。英霊の方々に感謝し、周辺諸国の圧力には屈しないという断固たる姿勢を示すことが総理大臣の靖国神社参拝であると思います。外国に譲歩すると国際的にはどういう結果になるか。「日本っていい国だね」と思われるわけがない。バカにされるだけです。ですから断固意志を貫く必要があるのです。


●各界代表提言
国家安全保障の精神的な基礎
山本 卓眞
偕行社会長

平成十一年、財団法人偕行社が調べたところ、軍人墓地の管理はばらばらでした。管理の行き届いているところも数カ所ありましたが、逆に荒れ果てた軍人墓地も十箇所ほどありました。それ以外のところは、戦友会、遺族会、郷友連盟など民間が中心となって慰霊祭を行い、清掃などボランティアで行なっていますが、戦友、遺族も高齢化して時間との戦いになっています。
平成十七年の福岡県西方沖地震で福岡市の谷陸軍墓地が被害を受けました。五つの墓碑がずれてご遺骨が散乱する事態になり、日本会議福岡の菅原道之さんたちが懸命の陳情をしましたが、県も市も対応しませんでした。結局、日本会議福岡、福岡偕行会、郷友連盟など民間の有志が募金し、東京の偕行社も協力して修復は行われました。将来を心配した菅原さんたちの訴えに心を動かされた衛藤晟一参議院議員は、詳細な検討と周到な準備の上に、四月二十日の参議院決算委員会において、舛添厚生労働大臣に軍人墓地の管理を将来どうすべきか質問されました。大臣は「大きな意味での戦後処理の一環ですから、これは関係省庁と連携を取りながら、国の責任としてきちんと管理していきたいと思っております」と答えられました。英霊に対する国家の責任が明らかにされた大きな前進と言えます。しかし全国の軍人墓地の管理をきちんとするのはこれからです。ことの発端は、昭和二十年、GHQが旧陸海軍を解体し、軍が管理していた軍人墓地を大蔵省に移管させ、自治体主催の戦没者慰霊祭をも禁止したことにあります。ことは軍人墓地だけではありません。まだ海外の広い地域に残されている五十九万柱のご遺骨の収集を如何に早めるかという問題に加えて、戦友会などが建立して、今やその維持管理が困難となって朽ち果てつつある海外の慰霊碑をどうするかも課題です。世界では国の安全保障に直結する問題であるだけに、遺骨収集、軍人墓地の管理、或いは慰霊碑といったものはその国の防衛に当たる軍隊、日本でいえば自衛隊が担当するのが普通となっております。いま日本はそうなっていません。
如何に英霊に対するかは国家安全保障の精神的な基礎です。平成十二年(二〇〇〇)に行なわれた電通総研・日本リサーチセンターの調査によれば、戦争になった時「国のために戦うか」との質問に、「はい、戦う」と答えたのは日本は一五%で世界最低でした。ドイツ三三%。米国六三%、韓国七五%。中国九〇%でした。日本の英霊に対する姿勢が国民の防衛意識に鮮明に投影され、戦争に対する抑止力は精神面で最低であることを示しています。
しかしこの戦後処理の最大の問題は首相の靖国神社参拝の定着です。戦後、自虐史観に洗脳されたままの人々、および偏向したマスコミとの戦い、つまり内なる思想戦、情報戦が日本の明日を決する、そういう時期に来ております。今日は若い人も大勢来ておりますが、インターネットという新たな情報手段を新兵器として活用して、知恵と力を合わせて日本の正常化に渾身の努力を注いで行きたいと思います。

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