[報告]日本女性の会10周年記念「東日本大震災チャリティー講演会」、1800名参集のもと開催
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[報告]日本女性の会10周年記念「東日本大震災チャリティー講演会」、1800名参集のもと開催

[報告]日本女性の会10周年記念「東日本大震災チャリティー講演会」、1800名参集のもと開催

女性

「女性も元気に国づくり人づくり」を合い言葉に、家庭の価値を再評価し、子供に夢と誇りを与える教育の実現を目指して活動してきた「日本女性の会」が、設立より10周年を迎えました。12月8日、東京・明治神宮会館には、1800名の人々が集い、日本女性の会10周年記念「東日本大震災チャリティー講演会」が盛大に開催されました(記念講演:財団法人小野田自然塾理事長の小野田寛郎氏)。
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第1部「設立10周年記念式典」では、国歌斉唱の後、東日本大震災の犠牲者に黙祷を捧げ、3月16日ご発表の「東日本大震災に際する天皇陛下のおことば」を拝聴しました。
国会議員、各種団体代表、日本会議・日本女性の会役員・女性の支部の会長らが参列されるなか、三好達日本会議会長が代表してご挨拶されました。

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三好会長は、「大震災以後、有識者やマスコミが人と人との絆について色々と述べているが、本当の絆とは人工的に作り出せるものではなく、健全な家庭と教育によって自ずから醸し出され強固になっていくものだ。当面の運動目標としていた、選択的夫婦別姓の阻止と教育基本法の改正については、日本女性の会が5周年を迎えた平成18年に教育基本法が全面改正され、夫婦別姓制度についても皆様のお力により今日まで導入を押しとどめている。しかし推進勢力は以前として強力であり、決して油断をせず、監視を怠ってはならない。内政においても外国人地方参政権の問題や選択的夫婦別姓制度導入問題だけではなく、皇室典範にかかわる問題、国立追悼施設建設の問題、人権救済機関設置の問題など、ど、現政権・与党はとんでもないことをしてしまう危険がある。日本女性の会の皆さん、そして支援していただいてる皆さんがこれからも力を尽くして頑張って頂かなければ日本は危うい。国民の覚醒を促し、ご先祖様から受け継いだ国を、誇るべき国として子々孫々に引き継いでいくために、皆様いっしょに頑張ろうではありませんか」とエールを送られました。

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主催者の日本女性の会・小野田町枝会長は「日本女性の会は、平成13年に結成され、夫婦別姓反対に立ちあがった。日本の家族の絆を破壊する夫婦別姓反対運動は全国に広がり、昨年平成22年、東京ビックサイトで252万名の反対署名を積み上げ反対の大集会を展開。私達の勢いに政府も法案提出を諦め、私達は勝利したのです。しかし、現政権では油断は許されません」と述べ、また、「大震災から9カ月が経ち、厳しい冬を迎える中で被災者の人達がたくましく生きている姿を見て心が打たれた。私も南三陸町に行って津波にさらわれた町の姿を見た時には、涙が止まりませんでした。微力ながら復興に役立ちたいと誓った。
会長に就任して5年。役員と共に全国を隈無く歩き、現在39支部に拡大したのは全国の皆様の暖かい情熱の賜です。
今の日本には、子供は国の宝という基本的な考え方が欠けている。次代を担う子供たちをたくましく、健やかに育てるのは女性の力、母親の愛情。女性は子供を宿し、生み育てるという神様から与えられた特権があります。子供たちや男性に勇気を奮い起こさせる魔法の力も持っています。その魔法の力で、家庭や地域社会で良い家庭を作るのが「誇りある国づくり」で、それが日本女性の会の役割です。
大きな国難の時ほど気高い女性の力が必要。日本国が栄え、さらに誇り高い国になってほしいという一念で会長をお引き受けしていますが、皆様、共に力を合わせて良い国を作ろうではありませんか」と挨拶されました。

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第2部では、「極限を生きて~国のありがたさ~」と題して、(財)小野田自然塾理事長の小野田寛郎氏が講演されました。
小野田氏は始めに「本日12月8日は今から70年前に開戦の詔勅日。当時19歳で商社に勤務していたが、あと一年経ったら自分も戦争に行くのだと思った。非常に記憶に新しい」と述べ、フィリピンのルバング島で29年間戦い続けることになった経緯について詳しくお話しされました。小野田氏は、「『戦争は終わった。銃を捨てて出て来い。必ず命は保証されている』と呼びかけられたが、(朝鮮戦争やベトナム戦争で)自分の上空を米戦闘機が飛び、軍艦もたくさん見ていたので、戦争が終わっていないと思った。大東亜の安定を目的に戦っていたので、たとえ日本が占領されも、あくまでその目的に立って戦争を続けていると考えていた。『各民族をして所を得しむる』のが目的であり、あくまで大東亜の安定のために戦っていた。戦い続けたのは、負けたくなかったから。また任務を任されたのに、見かけ倒しだった、見損なったなどと言われるのがいやだった。途中で敵に倒されてなるものかと思っていた」と島で戦い続けた思いを語られました。
また「フィリピンの島で敵中で油断も隙も無い中で29年3カ月戦ったが、本当に安心できるのは自分の母国しかない。父国という言葉はないが母国という言葉はある。家の中心になって子供を育てていくのは母親。母親が一番の団結力の中心になる。女性が一番の原点であり、家、国が出来ている。
日本が負けて残念だったが、経済的にだけは成長した。しかし、その間、随分置き忘れたものがある。一番置き忘れたものは、自由・権利のもとに、団結力・家がおろそかになっている。戦争が始まった時から今まで生きていた者が、一番変わったと思うのは、各家庭における団結力。そして国が無ければ生きていけない。それをすっかり忘れている。先祖から受け継いできた者を子孫につなぐために私達は生きている。自然も後世のためのものであって私のものではない」とお話しされました。会場からは大きな拍手が沸き起こりました。
講演後、小野田氏に、日本女性の会の代表から、また佐賀県から会場に駆けつけた陸軍中野学校の後輩(88歳)からの花束が贈呈された。

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その後、日本女性の会の有志による合唱・日本の歌「金剛石」「日本」「ふるさと」のコーラスが行われ、最後に日本女性の会・安元百合子代表委員より閉会の挨拶がなされました。

トピックス : 東日本大震災

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