天皇陛下 新年のビデオメッセージが公開されました

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【追悼・安倍晋三元総理/ご寄稿文⑮】鬼木誠氏、田久保忠衛氏、竹内久美子氏、竹中俊裕氏

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鬼木誠 衆議院議員

国の平和と安全を守る目覚ましい功績

 参院選最終盤、猛暑の中で意識朦朧とした私は「これは熱中症か?」と思い、翌朝かかりつけの医院を受診した。主治医は新型コロナの疑いがあると診断し、私はPCR検査を受けることに。翌日の判定までの間の安静を指示され、7月8日、私は自宅のテレビの前に居た。そこへ飛び込んできた「安倍元総理銃撃される」の報。私は一日テレビにかじりついた。多くの国民の祈りも虚しく、安倍元総理の一命は失われた。

 実弟の岸防衛大臣のお気持ちはいかばかりか。防衛副大臣の私はすぐに上京して、大臣の傍へ行き、大臣が自由に移動できるようサポートしたい気持ちは募るばかりだった。しかし私はコロナ陽性となり、身動きが取れなくなってしまった。不可抗力とはいえ痛恨であった。
防衛に特化しても安倍元総理のご功績は凄まじいものがある。平和安全法制、武器輸出三原則の改定、特定秘密保護法の制定、これらは現代日本防衛の根幹をなすものであり、逆に言えば「よく今までこれをほったらかして国が守れていたものだ」というほど死活的に重要であり、かつ実現困難な改革を成し遂げられたのだ。

 そしてこの先にあったのが、防衛戦略三文書の改定、防衛費の増加による防衛力の抜本強化、さらには憲法改正であった。左派からは「安倍政権は戦争につながる」とレッテルを貼られてきたが、政権与党として現実的に日本の平和と安全を守るべく全力を尽くしてきたのが安倍元総理だと私は確信している。

田久保忠衛 日本会議会長・杏林大学名誉教授

時代が必要とした安倍氏を悼む

 「安倍元首相、撃たれる」の第一報から、通信社電などの速報を慄然たる思いで目にしながら、一命だけは取りとめてほしいと私は願った。1963年にケネディ米大統領が暗殺されたときの外電の第一報は「ケネディ撃たる」、次いで「撃たれたのはダラス」など至急報の連続だった。米国民は助かってほしいと祈ったが、天は非情だった。日本は安倍晋三というかけがえのない人物を最も必要としている時代に失ってしまった。痛恨に堪えない。

◆大局から判断した外交・内政

 安倍氏の外交、内政を一言で表現しろと言われたら、私は「戦後レジームからの脱却」だと答える。ここから「地球儀を俯瞰(ふかん)する外交」姿勢が登場した。外務大臣が無能なのか外務省に責任があるのか定かではないが、外部で観察するかぎりでは二国間外交、それも相手国を刺激しないことに徹底した外交は「チャイナ・スクール」「土下座外交」という固有名詞まで生んだ。戦略性を帯びる外交には国際情勢を大局から判断する姿勢が不可欠だ。

 2011年に国家基本問題研究所(櫻井よしこ理事長)がインドを訪れたことがある。安倍氏を中心とする自民党の議員団と一緒になった際に、07年に首相としてインド議会で行った演説の感想を求められた。インド洋と太平洋を眼下に見渡し、戦略性に富んだ、躍動するような文章だったので「役所の書いたものではありませんね」と不躾(ぶしつけ)な答えをしてしまった。これがいわゆる「2つの海の交わり」演説だ。議会は満場の拍手で応じ、インドの各紙は大きく取り扱った。

 この安倍構想はいま、米国、インド、豪州、日本の「クアッド」に発展した。15年前に安倍氏の頭にはインド洋、太平洋にわたる対中戦略が練り上げられていたことになる。戦後に別れを告げる重要な動きは2015年8月14日に発表された戦後70年談話・安倍首相談話だ。活字で賛成の手を挙げたのが早かったせいか私への風当たりも強かった。しかし左右、前後に目配りしてほしい。この安倍談話は学界における研究発表ではない。

 毎年8月15日が近づく度に戦前の罪とやらを詫(わ)びろと騒ぎ立てる内外の反日勢力に、静かにしてほしいと要求する政治的文書だ。いわれのない戦前批判には終止符が打たれた。以後今日までトラブルは全く起きていないではないか。安倍氏の政治力は熟している。

◆歪な防衛体制を是正

 安倍氏の功績の中で特筆大書すべきは、戦後歪(いびつ)なままで現在に至っている防衛体制を是正しようと努めたことだと思う。総じて日本の防衛体制が「普通の国」のそれに及ばないのは、敗戦による衝撃の後遺症が依然として残っている、防衛を怖がる臆病な気持ちの蔓延(まんえん)、政治家にとって票にならない―などいくつもの理由があろう。防衛に手をつけない口実として登場したのが軽武装・経済大国を目指す「吉田ドクトリン」だ。岸田文雄首相は自著の中で自らこのドクトリンの信奉者だと言い切っている。ウクライナ戦争を契機に国際情勢はにわかに慌ただしくなり、日本だけが軽武装だなどと寝ぼけていたらどうなるか、は首相が一番承知のはずだ。

 安倍氏は政権を取った翌年の2013年に国家安全保障会議を設置した。首相を司令塔に、官房長官、外相、防衛相の4大臣会合、ときには9大臣会合が開かれ、国家安全保障に関する重要事項および重大緊急事態への対処を審議する。首相官邸が重要な役割を果たす体制をつくり上げた。

 おそらく安倍氏が最大の労力を払ったのは平和安全法制であろう。自身の言葉を引用すると、「乾坤一擲(けんこんいってき)の大勝負に出なければならない『ここ一番』。安倍政権にとってそれは二〇一五年に訪れました」である。集団的自衛権の一部を容認する道を開かなければ、日本の防衛力による米軍の後方支援も許されなかった。「内閣支持率を一〇%失ってもなお、私の信念は揺るぎませんでした」(「安倍晋三時代に挑む!」)と書いている。世論の一部を敵にしても国のためにはやる、との気迫を感じる。

◆原点の憲法の根本的改正

 戦後時代を脱皮させるには、原点である日本国憲法を根本的に改めなければならない。ロシアのウクライナ侵攻に即時対応し、国防政策の百八十度転換を図ったのはドイツだ。ドイツの変わり身は早い。国際環境の険しさに岸田首相も気づいたのだろう。防衛力の抜本的強化を公約した。英シンクタンク「欧州外交評議会」のマーク・レナード氏は最近のフォーリン・アフェアーズ誌ウェブ版に、衰退する米国の穴をドイツと日本が埋める時代の到来をほのめかす一文を書いた。が、敗戦国の日独両国が一人前のプレーヤーになるのを目前に安倍氏は去った。

 安倍さん、親ほど年の違う私が安倍さんの弔文を書くことになるとは夢にも思わなかった。どうぞ安らかにお休みください。

(本稿は、7月12日の産経新聞「正論」欄から許可を得て転載したものです)

竹内久美子 動物行動学研究家・エッセイスト

 血脈と振る舞い

 安倍元首相について様々な高評価のある中、エリート政治家の家系に誕生されたことに私は注目したい。安倍氏ほどその利点を生かすことのできた方はいないと思うのだ。

 周知の通り、自民党幹事長などをつとめた安倍晋太郎氏を父とし(その父、寛氏も衆議院議員)、母方の祖父は元首相の岸信介氏、信介氏の弟がやはり元首相の佐藤栄作氏である。

 安倍氏の幼いころの写真は、兄の寛信氏とともに信介氏の膝に抱かれているものが多い。安倍氏の回想でも、「安保反対」を叫ぶ学生たちに少しも怯むことがなかった首相岸氏の態度が語られている。

 遺伝的な素質を備えたうえにこのような環境に育つことで、自身が人の上に立つ際にどのように振る舞うべきかが会得されたのではないだろうか。

 櫻井よしこ氏が『WiLL9月追悼特集号安倍総理ありがとう!』に菅直人氏の対照的な逸話を紹介している。2011年11月14日、横浜で開かれた、アジア太平洋経済協力会議(APEC)の環太平洋経済提携協定(TPP)において菅首相は胡錦涛主席を前に委縮。メモを読み上げるだけで終わってしまったという。

 奇しくもその2か月前には尖閣漁船衝突事件が勃発、映像は11月1日に一部の国会議員に、4日には一色正春氏によってYouTube上に公開されている。そのような事情もあったのだろうが、安倍氏なら堂々とわたりあっていたはずだ。

 国を代表し、他国とも対等に接する。そんな当たり前を自然体で演じた安倍氏。政界のサラブレッドであるからこそ可能だったのだろう。

竹田恒泰 作家

 皇統を守った安倍元総理

 安倍晋三元総理の功績は多岐にわたる。そのなかでも、特に皇室に関することを申し述べ、追悼したいと思う。

 小泉純一郎内閣が女性・「女系」天皇を容認する皇室典範の改正を試みるなか、秋篠宮妃紀子殿下の御懐妊が発表されたにもかかわらず、小泉総理は典範改正を進めるつもりだった。しかし、総理を全力で説得してこれを止めたのが、この内閣で官房長官を務めていた安倍氏である。その後に成立した第一次安倍内閣では、皇室典範の改正を白紙に戻すことを決めた。
もし、安倍氏がこれを阻止していなければ、皇位の男系継承は途絶するところだった。その功績は後世に語り継がれるべきものと思う。

 また、平成から令和への皇位継承は、安倍内閣の偉業の一つとして特筆すべきことである。難題だった譲位特例法を成立させ、即位礼正殿の儀、大嘗祭、立皇嗣の礼などの一連の儀礼を恙なく済ませることができたのは、安倍総理の努力の賜物である。そして、後継の菅義偉内閣で皇位継承を議論する有識者会議が立ち上がり、女性・「女系」天皇を排除した結論が報告されたことで、男系継承の道筋が固まったといえる。

 そして、今私たちが慣れ親しんでいる元号の「令和」を決めたのは安倍総理だということも記憶にとどめておきたい。

 私たちは皇統護持について、安倍氏の存在に頼り過ぎていたのではないだろうか。安倍氏なき日本において、私たちが一層力を合わせることで、安倍氏に報いていきたい。

竹中俊裕 イラストレーター

 「神さまとなってお守りください」

安倍晋三様

今あなたを亡くした大きな悲しみと底知れぬ不安で途方に暮れています。

もう私たちのもとにいてくださらないことを思うたびに目眩がする思いです。

あなたがどんなに私たち日本人を愛しみ守ってくださっていたか、どれほど心ない人たちに誤解され誹謗されようと正しき道を貫かれたか、大きく高い視点でまつりごとを為されてきたのか、私たちは知っています。

あなたがいてくださった事で、不安ばかりのニュースに触れても、どこか安心感があり、「いざとなれば安倍さんがいてくれる」と心を落ち着かせる事ができました。

なにか事が起きようとも、きっと政治家の皆さんが安倍さんに相談されて、難局を切り抜けてくださると信じることができました。

しかしこれからの私たちは、あなたに頼ることも、導きを請うことも叶いません。

残された私たちは「安倍総理ならどうするだろうか?」と自らに問いかけながら生きるほかないのでしょう。

私たち日本人は、亡くなった親や師やご先祖様にいつも問いかけ、その御霊に恥じないようにと自らを戒めて生きる民族ですから。

あなたはいま、私たちのゆく道を指し示す神様のような存在になられた気がいたします。

これからの日本のため、どうかこれからも私たちに力と勇気をお与えください。

いつの日か安倍晋三神社ができた折には必ずお参りさせていただきます。

今まで本当にありがとうございました。

ご冥福を心よりお祈りいたします。

【追悼・安倍晋三元総理/ご寄稿文⑭】遠藤敬氏、田尾憲男氏、髙橋史朗氏、高山正之氏

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遠藤敬 衆議院議員

 在りし日の安倍先生を偲んで

 安倍先生の突然の悲報に接し、誠に痛恨の極みです。心よりお悔やみ申し上げます。

 私も若い頃に、安倍先生の「美しい国」という理念に影響を受け、よく学ばせていただいた一人です。私が初めてお会いしたのは、十五年余り前の「近現代史における教科書の問題点」勉強会の立ち上げの際です。そこから、歴史認識の話し合いや懇親会でお会いするようになりました。

 安倍先生は、大阪のシンポジウムの折には、お身体が優れない三宅久之さんを、自分も行くからと背中を押して下さり、一緒にお越し下さいました。安倍先生が車椅子の三宅さんに寄り添われながら帰っていかれる姿が、今でも忘れられません。さらに、交流の場でも、安倍先生はいつも盛り上げて下さいました。若い政治家を育てようという使命感から「遠藤さんも一緒に頑張ろうね」と仰って下さったことを覚えています。安倍先生の持ち味のリーダーシップやお人柄もよく思い出されます。

 安倍先生の一番の心残りは奥様である昭恵夫人でしょう。モスクワでご夫妻と滞在した折、昭恵さんを大変お大事にされていることを近くで感じておりました。これまでお二人でやってこられたお姿が、将来の日本にまで生き続けると思います。政党は違えど、思いは共有しておりました。心から御冥福をお祈り申し上げます。

田尾憲男 神道政治連盟首席政策委員

 真にステーツマンだった安倍元総理

 安倍晋三元総理は、真にステーツマンと称するにふさわしい大政治家だった。

 「戦後レジームからの脱却」を旗印に、「日本を取り戻す」という政治の根本姿勢は我々の心を大いに奮起させた。「地球儀を俯瞰する外交」と「積極的平和主義外交」というのも、スケールの大きい発想力と行動力を示すもので、歴代首相を凌駕し、諸外国の首脳からも異例の高い評価を得ていた。それが氏の名を冠した「アベノミクス」と「TPP」などの経済政策とも相俟って、世界におけるわが国の存在価値を格段に高めたことは氏の大きな功績といわねばならない。

 安倍元総理は、日本の皇室の伝統護持のためにもなくてはならない大きな存在だった。二百年ぶりとなった譲位による皇位継承の新立法と、「令和」への御代替りに伴う諸儀式を無事に完遂させ、皇室のために尽力された。万世一系の皇位の安定的継承策を実現する上でも、安倍氏は最も頼りになる政治家だった。最大の使命と自認して取り組んだ日本国憲法の改正はついに実現をみず、不運にも非業の死を遂げ、不帰の人となられた。洵に残念で惜しまれてならない。

 岸田首相は、憲政史上最も長期にわたり総理の重責を担ってわが国の国威を高めた安倍元総理の葬儀を、国葬儀とする閣議決定をした。安倍氏の評価は、後世の歴史と史家に委ね、我々国民は静かに追悼して見送りたいものである。

髙橋史朗 麗澤大学客員教授・モラロジー道徳教育財団道徳科学研究所教授

 「種が芽吹く」ようにするのが私達の務め

 安倍元首相が銃弾に斃れ亡くなられたことは痛恨の極みであり、心よりお悔やみを申し上げる。拙著『「こども庁」問題Q&A』を昨年11月の私の誕生日に直接手渡し、この問題の核心を深くご理解いただき、尽力していただいたことに深く感謝している。

 安倍元首相が超党派の親学推進議員連盟の会長であったため、直接お話しする機会は少なくなかったが、マスコミの不当な親学批判と過激派団体の不当な働きかけによって同連盟が解散に追い込まれた真相について説明できなかったことが唯一の心残りである。関係者に迷惑がかかるので今は公言できないが、機が熟すればいずれ明らかにし、同議連に参加していただいた国会議員にもお伝えしたい。

 憲法改正、教育基本法改正を核とした教育再生、「歴史戦」に対する安倍元首相の遺志をしっかり受け継いでいきたい。安倍元首相が、プーチン大統領や中国政府首脳、アメリカをはじめとする世界各国の首脳から高く評価されているのは、「和して同ぜず」の和の精神の見事な体現者であったからである。

 昭恵夫人は葬儀挨拶で父の安倍晋太郎氏が亡くなった折に、安倍元首相が書いた手記を紹介し、吉田松陰の遺書『留魂録』の冒頭の辞世の句「身はたとひ武蔵の野辺に朽ぬとも留置かまし大和魂」を引用したことに触れ、「種をいっぱいまいているので、それが芽吹くことでしょう」と締めくくられたが、「それが芽吹く」ように思いを致し、力を尽くすことが私達の務めであろう。

高山正之 コラムニスト

 誇りある国家だということを思い出させた

 「日本は欧米の誰もが予想もしない速さと果敢さで近代化を成し遂げたが、最後は誰も予想しない狂気に駆られ、残忍になって自ら破滅していった」とジョン・ダワーは『敗北を抱きしめて』の序文に書いている。

 驚いたことに自虐が染みついたジャーナリズムや官僚、そして村山富市ら政治家までがそうした「狂気の日本」を吹聴し、日本人とその歴史を矮小化して恥じなかった。

 そこに安倍晋三が出た。天性の明るさ、大きさは、それを持たない者たちを真に畏れさせた。

 その2次政権で安倍晋三は壮大な歴史訓話を発表した。書き出しは国を開いた日本を待ち受けていた世界が「圧倒的な力を持った西洋諸国が第三世界を国ごと奴隷化しつつあった」こと。その危機感から日本人は学び、努力し、ついには欧鯨米虎の一つロシアを倒して「植民地に繋がれたアジア、アフリカの人々を勇気づけた」と続く。

 その文意は、日本は白人国家をも倒した実力と物理、医学などの分野でもノーベル賞級の偉業をなし、かつ世界に先駆けて人種平等を提唱した誇りある国家だということを世界の国々に思い出させるものだった。

 元首相はそんな日本が戦後のブランクを経て覚醒しつつあると訴え、それを形で示す外交力も披露した。トランプが慕い、EU諸国が一目置く理由がそこにあった。ただ狭量な日本の新聞はそれが分からない振りをして元首相を貶めることに躍起なのは一種の照れ隠しなのだろうか。

 大和西大寺駅前で一発目の凶弾がかすめたとき、安倍晋三は背を屈めるでなし、素直にそちらを見た。日本人をこれっぽっちも疑っていない振舞いだった。そして2発目の凶弾を正面に受けた。その明るさが哀しい。

【追悼・安倍晋三元総理/ご寄稿文⑬】木原稔氏、島田洋一氏、白駒妃登美氏、新保祐司氏

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木原稔 衆議院議員

 「おもいで」

中東訪問に同行

 令和2年1月、中東3カ国(サウジアラビア、アラブ首長国連邦、オマーン)訪問に総理補佐官として同行した。直前には米国によるイラン司令官殺害、その報復としてイランによるイラク米軍駐留基地ミサイル攻撃が行われ、更なるエスカレーションが危惧される中、マスコミからは訪問中止の報道が流れた。かつて、父・安倍晋太郎外相(当時)がイラン・イラク戦争の仲介を試みようと銃声が響く両国を訪問し停戦を呼び掛けた。このとき安倍晋三先生は外相秘書官として同行している。

 最終的に安倍総理は周囲の慎重意見を押し切る形で中東訪問を決断。迷いは感じられなかった。出発当日に逝去したオマーン国王の弔問も叶い新国王に挨拶できたことは、決断が運を引き寄せたと感じざるを得ない。

志賀哲太郎顕彰碑への揮毫

 台湾で「聖人」として慕われている熊本県出身の日本人教育者・志賀哲太郎先生を偲び、地元の益城町に顕彰碑を建立することになった。令和2年4月、安倍総理に碑石題字の揮毫をお願いしたところご快諾。ご多忙の折にもかかわらず、ひと月も経たぬうちに「木原さん、書き上がりましたよ」と連絡をいただき、総理執務室に受け取りに伺った様子を思い出す。

 その後、顕彰碑も完成し同年12月には除幕式を催行した。現職の内閣総理大臣から揮毫を頂戴できたことは、益城町や顕彰会そして志賀哲太郎先生にとって大変名誉な事であろう。安倍先生はいつも台湾に深く思いを寄せておられた。揮毫された顕彰碑を直接ご覧になる機会を作れなかった事が心残りである。

島田洋一 福井県立大学教授

 温和な現実主義者であり、常に戦士だった

 凶弾に倒れる直前に、安倍元首相が発した最後の言葉は、「彼はできない理由を考えることはない」だった。政界、官界にはびこる「まずできない理由を考える」風潮を戒めた大政治家の遺言だったと私は捉えている。

 それには次のような根拠がある。今年3月私は、英国型の独自核抑止力を日本も保有すべきことを説く一文を産経新聞「正論」欄に寄せた。英国は、発見されにくく残存性の高い原潜4隻にそれぞれ50発程度の核ミサイルを積み、常時1隻は必ず外洋パトロールに出る抑止(=反撃)体制を採っている。

 そのコラムをフェイスブックやツイッターにも転載したところ、安倍氏がほどなく「いいね」を付けてくれていた。もし左翼が発見すれば、「安倍が日本核武装に賛成した」と大騒ぎしかねない「危険な行為」だったが、安倍氏は特に首相退任後、閉塞状況を打ち破るため、自らが切り込み隊長役を演じ、あえて矢面に立つ覚悟を固めていたようだ。

 去る6月3日、私も参加し、安倍氏を囲んで行った文化人放送局のインタビュー番組でも核保有問題を取り上げたが、安倍氏は、現下の情勢では政治的に困難と言いつつも、時間を掛けて、普段から思考を巡らせていることを窺わせる丁寧な応答を行った。

 常に野党やマスコミに目の敵にされ、理不尽に叩かれ続けた安倍氏だが、さらにそれら勢力が切歯扼腕するような発言をいくつも温めていたと思う。安倍氏は温和な現実主義者であるとともに、常に戦士だった。

白駒妃登美 株式会社ことほぎ代表取締役

 安倍元総理への手紙

 安倍 晋三様

 貴方を突然失ったあの日、私達はかつて経験したことのない喪失感と閉塞感に包まれました。遂にこの国は天からも見放されてしまったと、絶望の淵に突き落とされたような、言いようのない不安に襲われました。

 でも、ふと思い至ったのです。

貴方が亡くなった橿原は、初代神武天皇が即位なさった、日本建国の地。まさに貴方が取り戻したかった「美しい日本」の原点です。

貴方は「美しい日本」の始まりの地で人生を完結させることで、私達に次のステージへ向かう勇気と希望を与えてくれたのですね。

 数えきれないほどの輝かしい実績の中で、特に私の心に残るものが二つあります。一つは戦後70年談話、もう一つは貴方が訪問先の国々から発したメッセージです。

 戦後70年談話は、私達の世代が子孫に遺し得る最大の財産となるでしょう。そして貴方が外国を訪れるたび、その国の文化や歴史を深く理解し、それらを育んできた人々への敬意に満ちたスピーチを行なったことは、行く先々で大きな感動を呼びました。このたび世界各国から外交儀礼を超えた、深い悲しみと愛に溢れた弔意が届けられたことは、貴方が世界中の人々と真心の絆を紡いできた証です。

 自国を愛し誇りを持つと共に、他国の人々を敬い、国境を超えて素晴らしい関係性を築いた貴方のように、私達も真の国際人となって「美しい日本」を再建していきます。貴方と同じ国に生まれ、同じ時代を生きられたことに、改めて感謝致します。

【追悼・安倍晋三元総理/ご寄稿文⑫】義家弘介氏、桜林美佐氏、佐波優子氏、執行草舟氏

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義家弘介 衆議院議員

 日本を取り戻す為の戦い

 今も悔しさと悲しみ、寂寥が心の中で複雑に渦巻いています。安倍元総理を襲った手製の銃は、2発で12個の弾丸を発射し、うち2個の弾丸が安倍元総理の命を奪いました。残り10個の弾丸は現場から90m離れたビルの壁などで発見されています。「無差別殺人」ともいえる凶行だったのです。しかし、元総理以外に被害はなかった。これを「奇跡」と言わずして何というのでしょう。安倍元総理はあの瞬間、無辜の国民の盾となって命を落とされた、ともいえましょう。

 私は、安倍元総理の側近として長く行動を共にしてきましたが、「神がかっている」「天命が降りてきている」と安倍元総理から感じる場面が幾度もありました。

 安倍元総理との最初の出会いは、17年前、神楽坂の料理屋でした。経済人との会食で、政治の話題になったとき、私は、「安倍さんのようなブレない保守政治家が必要です」と主張しました。しばらくすると、女将が私に耳打ちしました、実は安倍先生が別の座敷に来られていて、義家さんにお会いしたいと……。私は中座を申し入れ、安倍さんの座敷にお伺いしました。安倍さんは、私に強く優しく語りかけました、「一緒に日本の教育再生をやりましょう」と。それから1年後、安倍内閣が発足し、「教育再生会議担当室」が設置され、私は室長に任ぜられたのでした。

 そして、今年、安倍さんは、「日本を取り戻す為の本当の戦いはこれからです。一緒に頑張りましょう」と涼やかに、しかし力強く語りかけてくださいました。図らずも遺言となってしまったその言葉を大切に胸に収め、現下の国難と戦っていきます。

桜林美佐 防衛問題研究家

 自衛官が胸を張れる国にしたかった……

 安倍元首相が奈良の橿原という地で、まるで神の国に吸い込まれてしまったかのように命を奪われ、心がざわついたままです。痛恨の極みは、安倍さんが常に尊重していた自衛隊と警察が死に導いてしまったという事実です。

 元自衛官だからといって銃の扱いはもちろん製造などできるわけではなく、自衛隊との関連性を強くにおわせた報道はミスリードでしたが、かといって3年の任期制隊員だからその存在は軽いというわけではありません。3年であれ30年であれ大切な隊員であり、この任期制隊員こそが現在、最も自衛隊に必要な人たちなのです。

 安倍元首相の目指した改憲は、自衛官が退官後に「元自衛官です」と胸を張れるものだったのではないでしょうか。それを思うと悔しさが溢れます。

 自衛隊違憲論を正し、学校でその存在をしっかり教えることが必要だと安倍さんは考えていました。しかし現在は国民の自衛隊に対する感情は大きく変化したのだから今さら憲法に明記する必要はないとも言う人もいます。これに対してはこのように答えていました。

「それはこれまで自衛隊が歯を食いしばって耐え築いてきた信頼のたまもの、こんどは政治の側が責任を果たさなければならない」と。

 では、安倍さんが歯を食いしばって築いてきたことに、こんどはいかに責任を果たしていくのか?安倍さんの功績の受益者である我々は涙を拭い、残された者としてなすべきことをしなければならないようです。

佐波優子 戦後問題ジャーナリスト

 「敷島の大和心を蒔き晋む…」

 安倍晋三元首相のご逝去を悼み、衷心より哀悼の意を表します。安倍首相の蒔かれた種を引き継ぐ私達国民の一人として、どうしても忘れられないものを一つ上げるとすれば、私にとっては、平成二十五年四月二十四日の参院予算委員会での発言です。

 ある野党議員が、閣僚らの靖國神社参拝に中国や韓国が反発していることをどう感じているのかと質問したときのこと。安倍元首相は、「靖國神社に、御英霊に対して、御冥福をお祈りをする。それについて批判をされることに対しては何も痛痒を感じずに、批判されたことに対してそれはおかしいと思われることが私はおかしいと思います」。と答え、更に「私たちの歴史や伝統の上に立った私たちの誇りを守っていくということも私の仕事であります」と仰いました。

 この発言の十数日前、安倍元首相は硫黄島を訪れました。元首相は天山慰霊碑での戦没者追悼式に参列、司令部壕や遺骨収容現場、摺鉢山を視察されました。そして島を飛び立つため救難飛行艇US2に向かい滑走路を歩いている時、安倍元首相は突然、滑走路に跪き、手を合わされました。島内には、滑走路の下にも沢山のご遺骨が眠っておられる。全ての御霊へ心からの追悼の思いを示されたのが安倍元首相でありました。河野元統合幕僚長が伝えるこの姿こそ、安倍元首相の偽らざる衷心からの姿と信じます。

 先人たちの誇りを守ることに全力を尽くした安倍元首相の愛国の種が、日本国に咲き誇ることを願います。

 敷島の 大和心を 蒔き晋(すす)む

  華と啓かん 葦原の種

執行草舟 著述家・実業家

 「正統」に殉じた魂

 令和四年七月八日、我々は日本を支え続けた清らかな「良識」を喪った。言うまでもなく、元総理・安倍晋三のことである。私もまた、多くの日本人と共に、この喪失感に苛まれる日々を送っている。いま日本は、ひとつの歴史的運命の転換点に来たと私は考えている。

 安倍元総理の政治的業績について、私は口を挟む立場にはない。ただ、その政権の日々に、我々国民の一人ひとりに向けられた無垢としか言いようのない、その笑顔の印象が忘れられないのだ。その笑顔は、安倍元総理の「人間生命」の全体から醸し出される真実だった。その笑顔が、強く私の脳裏に焼き付けられている。美しい笑顔は、人間的品格からのみ生み出される。だから、そこから出発した政治思想は、美しいものに決まっているのだ。政治とは所詮、人間が行なうものだからだ。いかなる政策も、人間が行なっている。私はあの人間的温かさを湛えた美しい笑顔の「原点」を信じている。その原点は、歴史的な「正統」が創り上げているものに違いない。

 安倍元総理は、その正統を担い続けて来た人物だと思っている。だから、いかなる時も「洗練」の姿勢を失わなかった。いかなる時にも、日本の「中心軸」を失わなかった。そして、日本人が日本人らしく生きることだけを願い続けていたのだろう。そういう当たり前のことが、正統の持つ真の力なのだ。

 いまはただ、日本の正統のために殉じた、その生命の尊さを偲びたい。その魂の誠を仰ぎたい。

【追悼・安倍晋三元総理/ご寄稿文⑪】有村治子氏、小柳志乃夫氏、近藤永太郎氏、櫻井よしこ氏

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有村治子 参議院議員

 宰相として最善の意思決定をするために

 靖國神社の遊就館には、安倍晋三元内閣総理大臣を追悼する一角が設けられています。掲示の中心には、在りし日の安倍総理が、平成21年のみたま祭に際し奉納された揮毫があり、躍動感のある筆で「寂然不動安倍晋三」と書かれています。【煩悩を去って何事にも動じず、心静かで揺るぎない有様】。初めて拝見した瞬間、安倍総理が国会答弁で言及された【木鶏】を思い出しました。

 7年前、全国中継された予算委員会で野党議員が厳しい追及を重ねていた中、総理の口から思わず不規則発言が出てしまい、国会審議が中断した事がありました。後日改めて答弁席に立たれた総理は、「残念ながら未だ木鶏足り得ず。『これを臨むに木鶏に似たり』という考え方で宰相を務め、真摯に向き合っていきたい」と、自らを律して静かに答弁されました。

 「荘子」に登場する木鶏とは、何事にも心が動じず、まるで木彫りの鶏【木鶏】のように微動だにせず、誇示せずとも最強である闘鶏の佇まいを指すようです。「寂然不動」「木鶏」│││これらの言葉を服膺し、自らの生き方とするまで止揚されるトップリーダーの気概に、自ずから頭が下がりました。

 総理は常に、日本の安全と繁栄、尊厳を守るために何をなすべきかを考え、その目的実現のため、時に国論が二分するような難しい政治課題にも立ち向かわれました。その分、舌鋒鋭く切り込んでくる野党や報道、心ない中傷にもひたすら耐え忍ぶ場面が続きました。どんな時にも感情に振り回されず、最善の意思決定をするために心を手入れし、平常心と大局観を磨いて国家国民に尽くされた総理に、閣僚としてお仕えできたことを生涯の誇りとし、総理の御遺志を紡ぐ一員でありたいと存じます。

小柳志乃夫 公益社団法人国民文化研究会理事長

 日本を取り戻すことが世界との交流を豊かに―安倍氏が教えてくれたこと

 兇弾に斃れられた安倍元首相の無念を思ひ、御霊安かれとお祈り申し上げる。

 逝去された後しばらく、各種の報道や過去のビデオなどを見ては、その大きな功績と強い志と、慕はしいお人柄を偲んだ。

 顕著な成果を残した外交については、改めてその厚みを思った。

自由・民主主義・法の支配といった価値観の共有を通した戦略的連携とともに、個別外交では歴史に根差した深い交流が展開された。米国議会演説では、日米激戦の硫黄島の勇者を称へ合ひ、強い共感を得たし、伊勢・志摩サミットでは伊勢神宮を共に参拝して神話につながる日本の国柄を世界に示した。首脳間の率直な交流とともに、互ひの国の歴史に敬意を払ひ、そこに生まれる和解や信頼を基礎に、覇権国家に対峙する同盟関係の強化が進められたやうに思ふ。

 自国への深い愛情が他国の人の心の深みに響く。日本を取り戻すことが世界との交流を豊かにする。このことは安倍元首相の残した大切な教訓である。自虐史観に陥り、国際政治の現実を直視せず、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して我らの安全と生存を保持する」といふ日本国憲法前文の世界に閉ぢこもってゐてはかうした交流はできまい。今回の各国から寄せられる深い弔意は、安倍元首相の国際政治に対する識見の高さとともに、心の交流の真実を示してゐる。

 安倍氏と同様に日本を自ら取り戻し、それを柱に据ゑた政治指導者の志の継承を願ふ。それは同時に我々国民の課題である。(正仮名遣、原文のまま)

近藤永太郎 日本会議近畿地方議員連盟会長(京都府議)

 安倍元総理の御遺志、御功績を基に

 3年ぶりの祇園祭山鉾巡行を間近に控えた令和4年7月8日正午ごろ、京都四条河原町に安倍元総理をお迎えし、参院選の応援演説を行っていただく準備を進めていた私たちのもとに、安倍元総理が凶弾に倒れられたとの報が飛び込み、夕刻には、御快復を願う国民の願いも虚しく、御逝去されました。

 衷心より哀悼の誠を捧げます。

 安倍元総理の御功績は枚挙に暇がありませんが、制定以来60年ぶりに教育基本法を改正し、道徳心、公共心、愛国心など、日本人の心を育むことを明記され、また、防衛庁の「省」への格上げや平和安全法制の成立、国民投票法の制定など、戦後レジームからの脱却に全力を尽くされたことが大変印象に残っております。

 未だ終息の兆しを見せないコロナ禍やロシアのウクライナ侵略など、国難ともいえるこの困難を乗り越えるために、また、品格があり、誇りの持てる「美しい国」を創りあげるためにも、安倍元総理の御活躍を望んでいただけに、民主主義を揺るがすこの度の暴挙にやり場のない怒りを感じます。

 世界が認める偉大な政治家を失った深い悲しみは、簡単には癒えませんが、日本会議近畿地方議員連盟としても微力ながら、安倍元総理の御遺志、御功績を基に、日本人の誇りと、我が国の繁栄・安心の確保に力を尽くしてまいることをお誓い申しあげます。

 結びに当たり、改めまして安倍元総理の御功績に敬意を表しますとともに、御冥福を心からお祈り申し上げます。

櫻井よしこ 公益財団法人国家基本問題研究所理事長

 日本を取り戻すことで日本は強くなれる―安倍元総理の残した課題

 安倍晋三元総理の暗殺で日本にぽっかりと大きな穴があいた。今更ながら、どれほど多くの日本国民がどれほど安倍総理に期待し、頼っていたかを実感する。

 安倍総理は「日本を取り戻すこと」を目指した。総理はそれを戦後レジームからの脱却と言った。今、その言葉は安全保障を軸に論じられているが、元々の目標は言葉どおり、本来の美しき善き日本の姿を取り戻すことだった。そうした社会で倫理観と道徳心を身につけて育った日本人はおしなべて皆立派な日本人だった。この伝統の限りない重要性を訴えたのが安倍総理だった。

 経済も国防も、国民が祖国の未来を信じ、応分の責任を果たす気持ちになれば日本は強くなれる。そのとき初めて日本は国際社会の荒波を乗り超えられる。だからこそ一緒に日本を取り戻そうと、総理は説いた。

 米国とも中国とも異なる日本の価値観を信頼した安倍総理は少なからぬ国際戦略の枠組みも実現した。自由で開かれたインド・太平洋戦略は安倍総理の提言であり、それは今や米欧諸国の大戦略となった。中国をどのようにして抑止していくか、制御していくか。その戦略論において国際社会は安倍総理の価値観を基軸にした外交に敬意を払い、その死に深い哀悼を表している。

 いま大事なことは日本の誇る政治家、安倍総理の残した課題を引き継ぐことだ。それが残された私たちの役割だと思う。

【追悼・安倍晋三元総理/ご寄稿文⑩】柴山昌彦氏、ケント・ギルバート氏、黄文雄氏、後藤俊彦氏

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柴山昌彦 衆議院議員

 安倍晋三元総理を悼む

 令和4年7月8日、安倍晋三元総理が凶弾に倒れ、逝去されました。私もいまだ気持ちの整理がつかないというのが、偽らざる心境です。

 安倍先生は、私が平成16年の補欠選挙に自民党初の全国公募で選ばれ立候補した時の幹事長として、厳しい選挙の陣頭指揮を執って当選へと導いて下さいました。

 以来、安倍先生は私の政治の師であり、最も尊敬する兄貴分でもありました。

 第二次安倍政権では安全保障担当の首相補佐官として、核セキュリティサミットでアメリカのオバマ大統領(当時)との議論にご一緒したり、南スーダンのキール大統領への密使として、当時駐留していた自衛隊撤収の極秘ミッションなどを任せていただきました。

 平成30年に文部科学大臣を拝命した時は、弁護士としての経験を活かして文部科学行政の立て直しを命じられ、全力で取り組んだことも私の大きな財産です。

 安倍元総理は日本のみならず諸外国でも、憲政史上在任期間最長の総理として高く評価され、世界中から寄せられる哀悼の言葉の数々が、そのプレゼンスの大きさを物語っています。

 私が所属する清和政策研究会の会長、また保守政治家のリーダーとして、憲法改正をはじめまだまだ志半ばの課題も多く、ご本人が一番無念だったことでしょう。

 残された私達が悲しみを乗り越え、その遺志を受け継ぎ発展させることこそが、故人への何よりの供養になると信じ、安倍晋三元総理への感謝とともに、ご冥福を心からお祈り申し上げます。

ケント・ギルバート カリフォルニア州弁護士

 「ケネディ暗殺」以上の衝撃―遺志を継ぎ憲法改正を

 安倍晋三元首相が7月8日、街頭演説中に銃撃された一報を知り、衝撃を受けた。

 ケネディ米大統領の暗殺(1963年)を思い出した。当時、小学生だった私は体育館でダンスの授業を受けていた。先生が突然、飛び込んできて、生徒は教室に戻されて、数時間後に訃報が発表された。安倍さんの件は、それ以上の衝撃だった。

 安倍さんとは、「日本国憲法を考えるシンポジウム」や、月刊誌の対談など、ご一緒する機会が多かった。お会いすると、簡単なあいさつだけではなく、常に「ケントさん、あの本を読みましたよ」などと声を掛けてくれた。その心配りに、いつも感銘を受けていた。

 安倍さんが残した功績は大きい。「外交の安倍」として世界各国の首脳から絶賛され、特に日米同盟強化に力を入れた。2019年の令和改元後、国賓として最初に、当時のドナルド・トランプ米大統領夫妻を招待した。同年の対談(『WiLL』7月号)で話を聞くと、安倍さんは「米国は日本にとって唯一の同盟国です」「日本の総理大臣は米国大統領と信頼関係を築く責任と義務を負っている」と語っていた。非常に印象的だった。

 私は、安倍さんの首相在任中に、憲法改正を実現してほしかった。

 今回の参院選では、自民党だけで改選過半数を獲得し、改憲勢力は3分の2以上を維持した。「自衛隊明記」を含む憲法改正に早急に取り組むべきだ。岸田文雄首相はじめ政治家はその遺志を継ぎ、責任を持って憲法改正を成し遂げてほしい。

 安倍さんのご冥福をお祈りいたします。

黄文雄 文明学者・評論家

 マスコミの報道姿勢に疑問あり

 岸田文雄現首相が、万難を排して凶弾に倒れた安倍晋三元首相の国葬を決めたことについて、その勇気と決断を評価しないわけにはいかないでしょう。

 当初は犯人について元海上自衛隊員と報じられていましたが、今はもっぱら宗教団体(旧統一教会)の関係者としての側面に注目が集まっていることに違和感を禁じえません。というのも、マスメディアの報道があまりにも針小棒大だからです。

 政治家が宗教団体と付き合うのは当たり前で、首相ばかりでなく与野党の党首にもよくある話です。

 特定の宗教団体との付き合いばかりを取り上げるのは、安倍元首相の功績を矮小化しようとするマスコミの手口です。それよりも大事なのは国際貢献であり、外交面で国際的にどう見られているかを伝える必要があります。マスコミによる矮小化の罠に警戒しなければなりません。

 繰り返しますが、特定の宗教団体と交流するのは、一国の首相として当然のことです。私・黄文雄は、文明学者として当たり前のことを述べているだけです。

 安倍元首相の国葬にあたっては、やはりその国際貢献について報じるべきであって、宗教団体に関する行き過ぎた報道はむしろ抑えるべきです。それこそが政治の正道ではないでしょうか。

 凶弾に倒れた安倍元首相には国葬がふさわしく、政治外交への貢献こそが注目されるべきなのです。

後藤俊彦 高千穂神社宮司

 憂国の政治家と作家の死

 令和四年七月八日、参議院選挙遊説中の安倍元総理が凶弾に斃れた。「まさか」と思う私の脳裏に、一九六三年十一月、米国テキサス州ダラス市内で講演会場に向う車中で暗殺されたジョン・F・ケネディ大統領の悲劇的な映像が思い浮んだ。その日から六十年余をすぎたわが国において、かけがえのない天与の政治家を失うとは想像だにできない凶事が起きてしまったのである。

 私は神道政治連盟の役員を務めていた頃に幾度か氏の謦咳に接する機会があった。飾り気のない率直な人柄でいつもユーモアを交えた語り口の人であった。中でも私の記憶に残っているのは平成二十四年三月十日、福島県相馬市で斎行された神道政治連盟主催の大震災物故者慰霊祭における安倍会長のスピーチである。二十分ほどの挨拶であったが、氏の純粋な人柄、政治家としての信念と国民を思いやる真摯な心情が言葉の隅々に漲っていた。さらに被災者に向けられた天皇陛下に対するむすびの文言には、氏の皇室に対する敬虔な心根が伺われ生涯忘れえぬ名スピーチであった。安倍元総理に対して世界二百ヶ国を超える国々から弔意が寄せられた。

 戦後体制を脱却し美しい国を取り戻そうとした政治家安倍晋三氏の記憶は、昭和四十五年に「憲法改正」を訴えて自決した作家三島由紀夫と共に戦後日本の歴史に刻まれてゆくことであろう。

■■■【映像】安倍晋三元総理をお偲びして~8月15日、靖國神社でのご挨拶

その他オピニオン

明日、9月27日は安倍晋三元総理の国葬が行われます。
安倍先生の在りし日のお姿をお偲びする映像として
平成24年8月15日、靖國神社での戦歿者追悼中央集会でご挨拶いただいた映像をご紹介させていただきます。

【追悼・安倍晋三元総理】ご寄稿文①~⑨

その他オピニオン

機関誌『日本の息吹』特別号【安倍晋三元総理追悼号】にご寄稿頂いた追悼文を
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(1)平沼赳夫氏、有馬哲夫氏、伊藤哲夫氏、伊藤俊幸氏

(2)古屋圭司氏、井上和彦氏、潮匡人氏、于田ケリム氏

(3)下村博文氏、打田文博氏、宇都宮秀仁氏、江崎道朗氏

(4)馬場伸幸氏、王明理氏、大原康男氏、岡野英夫氏

(5)衛藤晟一氏、小川榮太郎氏、桶屋良祐氏、呉善花氏

(6)加藤勝信氏、小名木善行氏、織田邦男氏、加地邦雄氏

(7)藤田文武氏、鍛冶俊樹氏、勝岡寛次氏、桂由美氏

(8)髙鳥修一氏、河野克俊氏、北野幸伯氏、北林康司氏

(9)山谷えり子氏、北康利氏、金美齢氏、グレンコ・アンドリー氏

◆国会議員からのご寄稿文はこちら→https://www.nipponkaigi.org/voice/no418

◆民間各界からのご寄稿文はこちら→https://www.nipponkaigi.org/voice/no418/kakkai

◆関連記事 日本会議「安倍晋三元総理への追悼の言葉」
  →http://www.nipponkaigi.org/opinion/archives/14969 


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憲法フォーラム・講演会・研修会【中央・北海道・群馬・神奈川(川崎市・藤沢市)・新潟・静岡・愛知・岐阜】

国民運動憲法

【中央】 第24回公開憲法フォーラム

●01 中央日憲法フォーラム

5月3日、民間憲法臨調、憲法国民の会共催で「第24回公開憲法フォーラム」が

東京にて開催。500名が会場参加し、オンラインで1万3千名が視聴した。

 

【北海道】 元谷外志雄氏招き道民の集い

●02 北海道憲法講演会 

5月3日、「美しい日本の憲法をつくる道民の集い」が札幌で開催。元谷外志雄氏

(アパグループ会長)が講演、150名が参加。 美しい日本の憲法をつくる道民の会

が主催した。

 

群馬】 群馬で憲法フォーラム

●03 群馬憲法フォーラム

5月3日、「群馬憲法フォーラム」が前橋市で開催。70名が参加し中央憲法

フォーラムを視聴。 美しい日本の憲法をつくる群馬県民の会が主催した。

 

【神奈川】 川崎市で第9区憲法フォーラム

●04  憲法フォーラム神奈川9区

5月7日、「憲法フォーラム令和4年神奈川9区」が川崎市で開催。松本尚氏

(衆議院議員・日本医科大特任教授)が講演、120名が参加。

(県第9区憲法改正国民投票連絡会議主催)

 

【神奈川】 憲法フォーラムin藤沢・寒川

●05 神奈川憲法フォーラム藤沢・寒川①

5月15日、:藤沢市で「第2回憲法フォーラムin藤沢・寒川」が同実行委員会主催

で開催。松本尚氏と田北真樹子氏(『正論』編集長)が講演し150名が参加した。

 

【新潟】 糸魚川で憲法フォーラム

●06 新潟県糸魚川会場

5月3日、「憲法フォーラムin糸魚川」が開催(自民党新潟第6支部主催、

日本会議糸魚川支部共催)。中央の公開憲法フォーラムのインターネット

中継が行われ、57名が参加。

 

【静岡】 富士市で憲法講演会

●07 5月3日静岡県富士市憲法フォーラム①

5月3日、「第9回富士市憲法講演会」が開催(日本会議富士支部主催)。

楊海英静岡大学教授が講演、細野豪志衆議院議員を迎えパネルディス

カッションが行われ、150名が参加。

 

【愛知】 第16回愛知憲法フォーラム

●08 愛知県憲法フォーラム①

5月3日、「第16回愛知憲法フォーラム」が開催(憲法愛知県民の会・日本会議

愛知県本部・日本女性の会愛知共催)。国会議員、地方議員の意見表明、

憲法改正学生キャラバン隊活動報告があり、50名が参加した。

 

【岐阜】 県下6会場で憲法行事

●09 岐阜県憲法フォーラム(東濃会場)

5月3日、「憲法と現代日本を考える集いin岐阜」が開催、公開憲法フォーラム

を中継。岐阜・西濃・各務原・山県・飛騨・東濃会場で236名が参加。

憲法岐阜県民の会が主催。

憲法フォーラム・講演会・研修会【京都・大阪(大阪市・3区)・兵庫・広島(1区2区・3区)・高知】

国民運動憲法

【京都】 京都で憲法フォーラム

●10 京都憲法フォーラム①

5月3日、京都市で「憲法フォーラムin京都」が開催された(日本会議京都主催)。

中央の憲法フォーラムを中継し、30名が参加した。

 

【大阪】 第21回憲法フォーラム

●11 大阪府憲法フォーラム②

5月3日、大阪市で「第21回憲法フォーラム」が憲法大阪府民の会の主催

(後援日本会議大阪)で開催され、160名が参加。自民党、日本維新の会

の国会議員が講演した。

 

【大阪】 第3区で国民投票連絡会議結成

DSC_0866

5月23日、住吉大社にて青山繁晴氏(参議院議員)の講演会が行われ、あわせて

「大阪府第三選挙区国民投票連絡会議」の結成が宣言された。300名が参加。

 

【兵庫】 神戸で公開憲法フォーラム

●13 兵庫県公開憲法フォーラム

5月3日、「公開憲法フォーラムin神戸」が開催(兵庫県神戸市「国民投票

連絡会議」他共催)。中央の憲法フォーラムを中継、100名が参加。行事

には、憲法改正街頭活動を展開し、自衛隊明記の訴えを行った。

 

【広島】 広島市で憲法研修会

●14 広島市1区・2区憲法研修会

5月3日、広島市で「憲法研修会in広島市」が開催(県第1・2選挙区国民投票

連絡会議他が協力、主催は自民党選挙区支部)。ナザレンコ・アンドリー氏が

講演、160名が参加。

 

【広島】 3区憲法座談会開催

●15 広島市3区憲法座談会

5月3日、広島市で「広島県第三区憲法座談会」が開催(県第3選挙区国民投票

連絡会議が協力、主催は自民党比例区支部)。ナザレンコ・アンドリー氏が提言、

100名が参加。

 

【高知】 櫻井よしこ氏招き講演会

●16 5月14日高知 櫻井先生講演会①

5月14日、高知市で櫻井よしこ時局講演会が開催、600名が参加。テーマは

「サンフランシスコ講和条約締結70年」、日本会議高知が主催した。

憲法フォーラム・講演会・研修会【福岡・佐賀・長崎・熊本・大分・鹿児島】

国民運動憲法

【福岡】 第5回憲法フォーラム

●17 福岡県憲法フォーラム①

5月3日、福岡市で「第5回憲法フォーラム」が憲法福岡県民の会が主催して開催

された。150名が参加。用田和仁氏(元陸自西部方面総監・元陸将補)が講演した。

 

【佐賀】 佐賀でトムソン氏講演会

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5月3日、佐賀市で「「中国の静かなる侵略~台湾・沖縄を日本はいかに守るか」

と題しアンドリュー・トムソン氏 (豪州元五輪担当大臣)が講演、300名が参加

(日本会議佐賀主催)。

 

【長崎】 長崎で憲法フォーラム

●19 長崎・フォーラム(古賀友一郎参議講話

5月3日、長崎市で「憲法フォーラムin長崎」が憲法長崎県民の会主催で開催。

公開憲法フォーラム中継を視聴。古賀友一郎参議院議員の憲法講話を受講、

60名が参加。

 

【熊本】 憲法フォーラムに450名

●20 熊本県憲法フォーラム

5月3日、熊本市で「憲法フォーラム熊本」(同実行委員会主催)が開催。

岸田首相のビデオメッセージを上映、木原稔衆議院議員が自衛隊の憲法明記

に関し講演、450名参加。

 

【大分】 大分で江崎道朗氏講演会

●21 5月3日 大分県①

5月3日、大分市で「令和4年憲法講演会in大分」(大分憲法県民の会主催)が開催。

評論家の江崎道朗氏が安全保障と憲法改正について講演、100名が参加した。

 

【鹿児島】 鹿児島で憲法フォーラム

●22 5月3日鹿児島県憲法フォーラム②

5月3日、鹿児島市で「公開憲法フォーラムin鹿児島」が憲法鹿児島県民の会

主催で開催された。中央の憲法フォーラムを中継した。150名が参加した。

沖縄祖国復帰50周年、地方議員連盟の活動より

国民運動歴史

【沖縄】 祖国復帰50年を祝う記念行事

●23  5月14日沖縄祖国復帰の日前日祭①

5月14日、「尚家と祝う沖縄県祖国復帰50周年 祖国復帰の日前日祭」が

那覇市にて開催(主催・同実行委員会)。音楽フェスタ、記念パレードが

実施され、200名が参加した。

 

【福岡】 九州議連総会で安倍晋三氏(元内閣総理大臣)講演

●24 九州地方議連総会

4月2日、福岡市にて日本会議九州地方議員連盟総会が行われ、500名が参加。

第2部では安倍晋三氏(元内閣総理大臣・衆議院議員)が講演した。

旧統一教会と日本会議に関する報道について

その他オピニオン

旧統一教会・国際勝共連合を巡る一連の報道の中で、同団体と日本会議が「共闘」「連帯」「連携」しているという報道が一部に見られますが、事実と異なっており、以下の通り見解を述べさせていただきます。

日本会議は、その前身団体である日本を守る会、日本を守る国民会議の設立以来、約50年間にわたり、今日まで旧統一教会(現世界平和統一家庭連合)・国際勝共連合とは、役員就任をはじめとする組織的関係及び国民運動上の協力関係はございません。

安倍晋三元総理への追悼の言葉

その他オピニオン

令和4年7月9日

安倍晋三元総理の訃報に接し、
謹んで哀悼の意を表します。

安倍元総理には、
「美しい国、日本」「日本を、取り戻す」との志を高く掲げられ、
私たち日本国民を力強く導いて戴きました。

教育基本法の改正をはじめ教育の正常化、
安全保障政策への取り組み、
アベノミクスの経済政策の推進、
地球儀を俯瞰する外交戦略の展開、
憲法改正実現に向けた絶え間ないご努力、
天皇陛下御即位に関する皇位継承諸行事の挙行、
など、数々のご功績を残されました。

私ども日本会議のみならず、
多くの日本国民に誇りと希望を与えて下さいました
安倍元総理に感謝の意を捧げつつ、
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。(日本会議)

 

追悼の言葉 (令和4年9月1日)

故安倍晋三元内閣総理大臣の御霊に謹んで哀悼の意を表します。

安倍先生には、日本会議国会議員懇談会の特別顧問として、私共の「誇りある国づくり」の国民運動を長年にわたってご指導頂きました。ここに深甚なる感謝を申し上げます。

先生は、「戦後レジームからの脱却」を掲げた第一次政権以来、歴代内閣が果たせなかった国家基本問題の解決に向け着実に諸政策を進められました。

その筆頭は、歴代首相として初めて真正面から憲法改正を提唱されたことです。国民投票法の制定に始まり、平成24年以降は憲法改正を自民党の公約として6度に亙り国政選挙に勝利、衆参両院において3分の2以上の改憲勢力を獲得されました。「自衛隊明記」「緊急事態」「教育充実」「合区解消」を党の改憲項目にまとめ上げ、今年の憲法審査会では各党の主要な論点となりました。今や憲法改正は現実味を帯びつつあります。

また、安定的な皇位継承の実現に向けて、官房長官当時より「男系継承が、古来例外なく維持されてきた重みを踏まえる」と繰り返し表明、政府の基本方針となりました。そして政府が今後検討を始める、旧11宮家の男系男子孫を皇族の養子に迎える案の土台を築かれました。約200年ぶりとなる天皇陛下の御譲位では、「特例法」を制定し、「令和」改元、即位礼等の皇位継承の諸儀式を政府として支えられています。

外交・防衛面では、日本発信の新たな構想創りと防衛基盤の整備に尽力されました。安倍外交の基調は、「自由・民主主義・基本的人権・法の支配」に基づく「地球儀を俯瞰する外交」と「国際協調に基づく積極的平和主義」です。国家安全保障会議の設立、「平和安全法制」による集団的自衛権の一部行使容認という防衛体制の強化も実現され、中国の覇権拡大には「力による現状変更は許されない」と世界に警鐘を鳴らし、「自由で開かれたインド太平洋構想」は、欧米諸国の基本戦略になっています。

「拉致は人権侵害」の訴えは、国際社会の理解と共感を生み、家族会の大きな希望となりました。

安倍先生の歴史への思いは、戦後70年談話の「子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」という言葉に象徴されます。先人の歩みを公教育でどう伝えるべきか、愛国心を明記した教育基本法改正に始まり、教科書検定改革、領土教育の充実、領土・主権展示館開設など成果を上げています。さらに「国立追悼施設構想」の白紙化、靖国神社参拝、硫黄島訪問など英霊顕彰にも尽力されました。

安倍先生のご事績を顧みると、戦後体制からの脱却と主権国家の回復、我が国の国際的地位の向上に確かな手ごたえを感じます。私共は先生の志を引き継ぎ、日本を取り戻し、日本を守り抜く道を進むことを、ここにお誓いいたします。

安倍先生、どうか私共をお導きください。

令和4年9月                           日本会議

【長野県】9月8日 日本会議長野北信支部講演会

イベント案内中部

           日本会議長野北信支部講演会

と き:令和4年9月8日(木)  14:30開会(開場14:00)
ところ:長野県神社庁会館 2階講堂
◇長野市箱清水1-6-1
記念講演開始:15:00から
演 題:「ウクライナ侵略戦争と日本の課題」
講 師:織田邦男氏(国家戦略研究所所長 元空将)
参加申し込み:別紙に氏名・ご住所・連絡先をご記入のうえFAX又電話でお申込み下さい。事前に参加券をお送りします。
主 催:日本会議長野北信支部(電話026-232-3355)

 

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