「戦犯」合祀に対する昭和天皇ご発言と富田元宮内長官「メモ」
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「戦犯」合祀に対する昭和天皇ご発言と富田元宮内長官「メモ」

「戦犯」合祀に対する昭和天皇ご発言と富田元宮内長官「メモ」

靖国

「戦犯」合祀に対する昭和天皇のご発言に関する
宮内庁の富田元長官「メモ」について ─安易な「A級戦犯分祀」論に反対する

平成18年7月22日

●非公式「メモ」の政治利用は許されない

平成18年7月20日朝、日本経済新聞の朝刊が一面トップで「A級戦犯 靖国合祀 昭和天皇が不快感」とする記事を掲載しました。昭和63年、昭和天皇がいわゆるA級戦犯合祀に不快感を抱かれ、「だから私あれ以来、参拝していない。それが私の心だ」と語っていた、とする「メモ」を、当時の宮内庁長官の富田朝彦氏が残していたというのです。
まず問題にしなければならないことは、宮内庁長官という重職にあった方がなぜこのような非公式の「メモ」を手帳に貼り付けたまま放置していたのか、ということです。皇室をお守りすることが宮内庁長官の役割であるはずなのに、逆に側近として立場上知りえた「プライベートに漏らされたお言葉」をメモに記録し、その死後、これが公開されるというのでは、誰が皇室をお守りするのでしょうか。
また、21日付各紙は、首相の参拝や分祀、国立追悼施設建設と結びつけて社説を書いていますが、 「宮内庁の元長官の非公式メモ」を、「A級戦犯分祀論に結びつけるのは、昭和天皇の『政治利用』になりかねない」(百地章・日大教授)と思います。

●昭和天皇は「我国にとりては功労者なり」とご発言

「メモ」の内容についても、富田元長官が書き留めたものと言われていますので、重要なご発言を書き漏らしている可能性もあり、慎重に検討すべきです。
まず「戦犯」合祀に関しては、『木戸幸一日記』によると、昭和天皇が「戦争責任者を連合国に引渡すは真に苦痛にして忍び難きところなるが、自分が一人引受けて退位でもして納める訳には行かないだろうか」(昭和20年8月29日)、「(A級戦犯は)米国より見れば犯罪人ならんも我国にとりては功労者なり」(12月10日)と発言されている事実や、昭和20年9月11日の閣議で「戦犯」の裁判は日本の手ですることをGHQに要求することを決定したことに対して昭和天皇が「昨日まで朕の信頼した臣僚を朕の名において処刑することはできない」と異議を出されたことを踏まえて慎重に検討すべきです。
また、合祀後も、引き続き昭和天皇からは勅使を戴いている事実や、昭和天皇の弟宮である高松宮同妃両殿下と三笠宮同妃両殿下、そして常陸宮同妃両殿下、寛仁親王同妃両殿下がたびたび御参拝になっているという「事実」を、私共は重く受け止めるべきです。

●「官民一体」「宮中への報告」を通じて合祀は行われた

更に「メモ」を受けて、松平永芳宮司が当時、昭和天皇のご意向を無視して勝手に「A級戦犯」を合祀したかのように批判されていますが、事実は異なります。
そもそもどなたを合祀するのか、その対象名簿は、遺族援護法等に基づいて政府が決定してきました。つまり政府は遺族援護法等の対象となる戦没者の名簿を「祭神名票」という形で靖国神社に送付してきたのです。
「名簿」を受け取った靖国神社は、合祀される方のお名前を記した「霊璽簿(れいじぼ)」と「上奏簿(じょうそうぼ)」を作成します。そして「上奏簿」の方を宮中にお届けした後に、合祀を行ってきたのです。合祀は例大祭の前に行われ、合祀後の例大祭には必ず勅使を戴いてきています。
「A級戦犯」も、このように政府の判断に基づき、宮中にも事前報告した上で合祀されたのであって、松平宮司が勝手に合祀したという批判は当りません。

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