靖国神社Q&A
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靖国神社Q&A

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靖国

Q1 靖国神社はどのような神社か?

近代日本の出発点となった明治維新の戦乱で、生命を捧げた人たちの霊を慰めるために、明治2(1869)年に明治天皇のご意志によって現在地(東京都千代田区九段)に創建された「東京招魂社」が起源。明治12(1879年)には「靖国神社」と社号が改められたが、「靖国」には「国の平和を願う」という明治天皇のお気持ちが込められている。本年(2001年)はご創健から132年目になる。

Q2 どういう人が祀られているのか?

ご祭神の総数は246万6000人以上で、以下のような人々が祀られている。

1:ペリー来航から明治維新までの間、国事に奔走・殉難した志士や佐賀の乱から西南戦争に至る内戦や明治維新の戦乱で戦歿した兵士たち。

2:日清戦争・日露戦争から支那事変・大東亜戦争に至る事変や戦争で亡くなった人々。この中には従軍看護婦や樺太で殉職した電話交換手などの女性たちも少なからず含まれている。
アメリカのアーリントン墓地には遺体が埋葬されているが、靖国神社は墳墓ではなく、そこにはこのように戦歿者の御霊が祀られているだけである。

Q3 靖国神社に参拝する目的は何か?

人によってさまざまだが、国のために生命を捧げた人々に感謝し、敬意を表し、その霊を慰めるという点で共通している。このように、靖国神社はアーリントン墓地や英国のウエストミンスター寺院内の「無名戦死の墓」などと同様な性格を有しており、そこで復讐や軍国主義の復活を祈るような人はいない。

Q4 靖国神社はどのようにして維持されているのか?

戦前、靖国神社は国の管理下にあったが、昭和20(1945年)12月15日に、GHQの指令によって「国家神道」が廃止され、やむなく一宗教法人となった。このため、戦後は戦歿者遺族を中心とする国民の献金によって維持されてきている。年間予算は20数億円。

Q5  戦後何人の首相が参拝しているのか?

昭和20(1945)年8月15日以降、13人の歴代総理大臣が参拝している。

昭和20(1945)年 東久邇宮稔彦王(1回)、幣原喜重郎(2回)

昭和26(1951)年~昭和29(1954)年 吉田茂(5回)

昭和32(1957)年~昭和33(1958)年 岸信介(2回)

昭和35(1960)年~昭和38(1963)年 池田勇人(5回)

昭和40(1965)年~昭和47(1972)年 佐藤栄作(11回)

昭和47(1972)年~昭和49(1974)年 田中角栄(5回)

昭和50(1975)年~昭和51(1976)年 三木武夫(3回)

昭和52(1977)年~昭和53(1978)年 福田赳夫(4回)

昭和54(1979)年~昭和55(1980)年 大平正芳(3回)

昭和55(1980)年~昭和57(1982)年 鈴木善幸(8回)

昭和58(1983)年~昭和60(1985)年 中曽根康弘(10回)

平成8(1996)年               橋本龍太郎(1回)

平成13(2001)年~平成18(2006)年 小泉純一郎(7回)
※大平首相の個人的信仰はキリスト教であった。

Q6 千鳥ヶ淵戦没者墓苑との関係は?

千鳥ヶ淵戦没者墓苑とは、支那事変以降の戦歿者の遺骨のうち、名前が分からなかったり、あるいは名前が分かっていても遺族が不明のため引き取り手のない遺骨を収容した国立の合葬墓地として1959(昭和34)年に建設された。

靖国神社が明治維新以来の事変・戦争で亡くなった人々の霊をまとめて合祀した神社であるのに対し、千鳥ヶ淵戦没者墓苑は支那事変以降の限られた範囲の戦歿者の遺骨を納めた墓であるところに基本的な違いがある。国民の大多数は靖国神社を「戦歿者追悼の中心的施設」であると認識している。

Q7  首相の靖国参拝は違憲ではないのか?

首相の靖国参拝を違憲とする考え方はこれまでの判決などで繰り返し否定されている。その理由については以下の通り。

憲法二〇条は信教の自由と政教分離の原則を定めている。この解釈をめぐり、最高裁は昭和五十二年七月の津地鎮祭訴訟で、津市の地鎮祭への支出を合憲としたうえで、次の判断基準を示した。目的が宗教的な意義をもち、その効果が特定の宗教を援助、または他の宗教を圧迫するような場合でない限り、憲法に違反しない。いわゆる「目的・効果基準」である。
その後、国や地方自治体と宗教との関係をめぐる各地の玉ぐし料訴訟、忠魂碑訴訟などで、この法理論が踏襲されている。中曽根康弘元首相の靖国神社公式参拝(昭和六十年八月)を審理した大阪地裁、福岡地裁などでも、公式参拝を違憲とする原告側の訴えが退けられた。ただ、閣僚の靖国神社公式参拝を求めた岩手県議会の決議について、仙台高裁が判決理由でなく傍論の中で違憲の判断を示しているが、それには判例拘束性はない。「首相の靖国参拝」が合憲であるという法的な判断は定着しているのである。
中曽根公式参拝の当時、政府もそれまでの「憲法上疑義がある」とする見解を改め、「公式参拝は合憲」とする見解を打ち出している。(産経新聞8月1日付 主張より)

Q8 中国などの近隣諸国が反対していることをどう思うか?

そもそも、靖国神社に対する首相の参拝は国内問題であり、他国が口を差し挟むことがらではない。

かつて以下のような事実があったことを想起されたい。1985年5月、サミット出席の後に西ドイツを訪問した米国のレーガン大統領はビットブルグの旧ドイツ軍将兵らの墓に詣でた後、そこにナチス親衛隊兵士も埋葬されていることが判明して、ユダヤ系米国市民から激しく反発された。しかし、同行したコール独首相の参詣には何の抗議もなかった。日本の首相の靖国神社参拝もこれと同じことではないか。

ちなみに、中国との間には1972年に「日中共同声明」を結んでいるが、その第6条において「内政に対する相互不干渉」を謳っている(注※)。首相が靖国神社に参拝するかどうかは内政問題であり、中国の非難は「日中共同声明」違反に当たる。

なお、こうした国際条約の問題とは別に、私たちはこれら近隣諸国との友好を願っているだけに彼らの反対をまことに残念に思う。彼らが反対する最も大きな理由は、靖国神社にいわゆる「A級戦犯」が合祀されているという点にあるが、その数は僅か14人に過ぎず、ご祭神総数246万人からすれば微々たるものである。仮に首相が参拝したとしても、その参拝の趣旨はこれら戦歿者全体に対する追悼の意を表明するにとどまり、「戦犯」を美化するものでは決してない。

※日中共同声明第6条「日本国政府及び中華人民共和国政府は、主権及び領土保全の相互尊重、相互不可侵、内政に対する相互不干渉、平等及び互恵並びに平和共存の諸原則の基礎の上に両国間の恒久的な平和友好関係を確立することに合意する。」

Q9 「A級戦犯」はなぜ合祀されたのか?

現在、靖国神社には、A級、B・C級を問わず、1000人余の戦争裁判で亡くなった人々が合祀されている。ここに至る経緯は次の通り。

占領が終わると、当時の国会は、連合国によってアジア・太平洋の各地で開かれた戦争裁判は、日本が主権を喪失していた時期に日本の意思とは無関係に一方的に裁いたものであるから、国内法上での犯罪者とはみなさず、「戦犯」の遺族も一般戦歿者の遺族と同じように扱うよう遺族援護関係法規を改正した。これによって「戦犯」を合祀する道が開かれ、昭和34(1959)年に最初の合祀が行われた。

占領終了後の靖国神社の合祀は、国や都道府県と靖国神社との共同作業であって、「戦犯」の合祀は政府の主導で行ってきたと言っても過言ではない。

Q10 首相の靖国神社参拝は、東京裁判の判決を受け入れたサンフランシスコ講和条約違反ではないのか?

確かに、サンフランシスコ講和条約第十一条には、次のように書かれている。

「日本国は、極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判(judgements)を受諾し、且つ、日本国で拘禁されている日本国民にこれらの法廷が課した刑を執行するものとする。これらの拘禁されている者を赦免し、減刑し、及び仮出獄させる権限は、各事件について刑を課した一又は二以上の政府の決定及び日本国の勧告に基くの外、行使することができない。極東国際軍事裁判所が刑を宣告した者については、この権限は、裁判所に代表者を出した政府の過半数の決定及び日本国の勧告に基くの外、行使することができない。」

このなかでjudgementsを「判決」と訳さず、「裁判」と誤訳したことから、日本は、東京裁判における事実認定(いわゆる東京裁判史観)を受け入れたとの誤解が生まれてしまったのである。

しかし、この条文全文を読めば、この目的が、いわゆる戦争犯罪人を裁いた連合国の軍事法廷が日本人被告に言い渡した刑の執行を、日本政府に引き受けさせるとともに、赦免・減刑等の手続きを定める点にあることが理解されるだろう。

実際、世界の国際法学者の多くは、この第十一条に関して「日本政府は、東京裁判については、連合国の代わりに刑を執行する責任を負っただけで、講和成立後も、東京裁判の判決理由によって拘束されるなどということはない」と解釈している。

なお、A級被告となりながら、講和独立後、閣僚となった賀屋興宣元法相や、重光葵元外相の政界復帰の事実と、それへの国際社会からの批判が皆無であったことは、独立後の日本政府は、東京裁判の判決に拘束されなかったことを示している。

Q11 外国人による靖国神社の参拝はあるのか?

日本が連合国軍の占領下にあった時代はごく限られていたが、日本が主権を回復した後は元首・首相級の人物を含め多くの外国人が靖国神社を訪れている。また、昭和54(1979)年に「A級戦犯」合祀が明らかになってからも、外国要人・外交官・駐在武官などによる靖国神社参拝の事例は少なくない。

それらの国々は、インドネシア・スリランカ・タイ・インド・ドイツ・スイス・フィンランド・ポーランド・ルーマニア・リトアニア・スロベニア・ロシア・エジプト・イスラエル・トルコ・アメリカ・チリ・ブラジル・オーストラリア等々、旧敵国を含め全世界にまたがっている。これを見ても、靖国神社に敵意を抱いている国がごく限られていることが分かる。

●参考文献

『靖国神社をどう考えるか―公式参拝の是非をめぐって』加地伸行・新田均・三浦永光・尾畑文正著 小学館

『靖国論集―日本の鎮魂の伝統のために』江藤淳・小堀桂一郎編 日本教文社

『世界がさばく東京裁判』佐藤和男監修 ジュピター出版

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