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	<description>国会議員約100名をはじめ経済界、学界、宗教界など各界代表や北は北海道から南は沖縄に至る全国47都道府県の代表約1000名が結集。20年の国民運動の成果を引き継ぎ、美しい日本を再建し誇りある国づくりを目指した新しい国民運動がスタートしました。</description>
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		<title>３/４(日)「東日本大震災復興祈念の集い」のご案内</title>
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		<pubDate>Sun, 05 Feb 2012 04:10:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator>nipponkaigi</dc:creator>
				<category><![CDATA[その他]]></category>
		<category><![CDATA[国民運動]]></category>
		<category><![CDATA[日本]]></category>
		<category><![CDATA[東日本大震災]]></category>

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		<description><![CDATA[３/４(日)「東日本大震災復興祈念の集い」のご案内
あの日からはや一年。
私たちは、たくさんの大切なものを失った。
しかし、深い悲しみの中から、忘れかけていた大切なものがよみがえった。
日本人として生きる誇りと家族の絆、
そして、明日を信じる勇気と力―。
いま、復興に向けて私たちは立ち上がる。
あまたの御霊へ鎮魂の祈りを捧げて……
と　き：３月４日（日）１４時から１６時
ところ：宮城県仙台市民会館大ホール
（※〒９８０-０８２３　宮城県仙台市青葉区桜ヶ岡公園４-１
　　　電話0２２(２６２)４７２１
内　容：
ご挨拶：西澤 潤一（東北大学元総長）
　　　　三好　達（元最高裁判所長官、日本会議会長）
記念講演　曽野 綾子さん(作家)「誇りと絆ー大震災を乗りこえて」
う  た　 熊谷育美さん(シンガーソングライター、気仙沼市在住、みなと気仙沼大使)
参加費：無料　　どなたでも参加できます。
主　催：東日本大震災復興祈念の集い実行委員会
　　実行委員長　西澤 潤一（東北大学元総長）
[集い事務局]　〒153-0042　東京都目黒区青葉台３-10-１-601　日本会議
　　電話03-3476-5611  FAX03-3476-5612
　　Email:ibuki＠nipponkaigi.org
●チラシをダウンロード↓↓↓

●皆様へのお知らせとお願い
この度の東日本大震災について、天皇陛下は今年の年頭のお言葉の中で「復興に向けて人々の英知が結集されるよう」、そして「皆が被災者に心を寄せつつ、力を合わせ、明日の社会を築くために忍耐強く力を尽くしていくことを期待します」とお述べになられました。
大震災より１年目を迎える３月１１日には、天皇皇后両陛下のご臨席のもと、政府主催の「東日本大震災一周年追悼式」(国立劇場)が開催され、発災時刻の午後２時４６分には黙祷が捧げられます。政府式典は、ＮＨＫにより全国に同時中継され、この日は全国の国民が犠牲となられた人々の鎮魂の祈りを捧げる日となります。
私共は、この日にさきがけて３月４日(日)に仙台市民会館において「東日本大震災復興祈念の集い」を開催いたします。大震災に際しては、冷静で礼儀と秩序を守り他人を思いやる被災地の人々の姿は、世界が絶賛した日本人の誇りであり、また家族の絆、地域の絆が復興への大きな精神的支えとなりました。私共は、この日本人の「誇り」と「絆」こそが復興の原動力であると確信し、被災地の皆さんの心と心をひとつにして、末長く復興への道のりを見守り支援し続けたいと願っています。どうぞ皆さん、犠牲となられた御霊の安かれを祈り、被災地の一日も早い復興を実現するため、お知り合いの方をお誘い合わせのうえご参集下さいますようご案内いたします。
日本大震災復興祈念の集い実行委員会
実行委員長　西澤　潤一（東北大学元総長）
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>３/４(日)「東日本大震災復興祈念の集い」のご案内</strong></p>
<p>あの日からはや一年。<br />
私たちは、たくさんの大切なものを失った。<br />
しかし、深い悲しみの中から、忘れかけていた大切なものがよみがえった。<br />
日本人として生きる誇りと家族の絆、<span id="more-3912"></span><br />
そして、明日を信じる勇気と力―。<br />
いま、復興に向けて私たちは立ち上がる。<br />
あまたの御霊へ鎮魂の祈りを捧げて……</p>
<p><strong>と　き：３月４日（日）１４時から１６時<br />
ところ：宮城県仙台市民会館大ホール</strong><br />
（※〒９８０-０８２３　宮城県仙台市青葉区桜ヶ岡公園４-１<br />
　　　電話0２２(２６２)４７２１</p>
<p><strong>内　容：<br />
</strong>ご挨拶：西澤 潤一（東北大学元総長）<br />
　　　　三好　達（元最高裁判所長官、日本会議会長）</p>
<p><strong>記念講演　曽野 綾子さん</strong>(作家)「誇りと絆ー大震災を乗りこえて」<br />
<strong>う  た　 熊谷育美さん</strong>(シンガーソングライター、気仙沼市在住、みなと気仙沼大使)</p>
<p><strong>参加費：無料</strong>　　どなたでも参加できます。<br />
主　催：東日本大震災復興祈念の集い実行委員会<br />
　　実行委員長　西澤 潤一（東北大学元総長）<br />
[集い事務局]　〒153-0042　東京都目黒区青葉台３-10-１-601　日本会議<br />
　　電話03-3476-5611  FAX03-3476-5612<br />
　　Email:ibuki＠nipponkaigi.org</p>
<p><a href="http://www.nipponkaigi.org/wp-content/uploads/2012/02/240304tudi-t.pdf" target="_blank">●チラシをダウンロード↓↓↓<br />
<img class="alignnone size-full wp-image-3914" title="240304tudi-t" src="http://www.nipponkaigi.org/wp-content/uploads/2012/02/240304tudi-t1.jpg" alt="240304tudi-t" width="372" height="526" /></a><br />
<strong>●皆様へのお知らせとお願い<br />
</strong>この度の東日本大震災について、天皇陛下は今年の年頭のお言葉の中で「復興に向けて人々の英知が結集されるよう」、そして「皆が被災者に心を寄せつつ、力を合わせ、明日の社会を築くために忍耐強く力を尽くしていくことを期待します」とお述べになられました。<br />
大震災より１年目を迎える３月１１日には、天皇皇后両陛下のご臨席のもと、政府主催の「東日本大震災一周年追悼式」(国立劇場)が開催され、発災時刻の午後２時４６分には黙祷が捧げられます。政府式典は、ＮＨＫにより全国に同時中継され、この日は全国の国民が犠牲となられた人々の鎮魂の祈りを捧げる日となります。<br />
私共は、この日にさきがけて３月４日(日)に仙台市民会館において「東日本大震災復興祈念の集い」を開催いたします。大震災に際しては、冷静で礼儀と秩序を守り他人を思いやる被災地の人々の姿は、世界が絶賛した日本人の誇りであり、また家族の絆、地域の絆が復興への大きな精神的支えとなりました。私共は、この日本人の「誇り」と「絆」こそが復興の原動力であると確信し、被災地の皆さんの心と心をひとつにして、末長く復興への道のりを見守り支援し続けたいと願っています。どうぞ皆さん、犠牲となられた御霊の安かれを祈り、被災地の一日も早い復興を実現するため、お知り合いの方をお誘い合わせのうえご参集下さいますようご案内いたします。<br />
<strong>日本大震災復興祈念の集い実行委員会<br />
実行委員長　西澤　潤一（東北大学元総長）</strong></p>
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		<title>「慰安婦問題」は韓国の恥さらし－虚構を暴き日本と朝鮮の名誉を守ろう（松木國俊氏）</title>
		<link>http://www.nipponkaigi.org/opinion/archives/3804</link>
		<comments>http://www.nipponkaigi.org/opinion/archives/3804#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 23 Jan 2012 11:47:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>nipponkaigi</dc:creator>
				<category><![CDATA[オピニオン]]></category>
		<category><![CDATA[外交]]></category>

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		<description><![CDATA[「慰安婦問題」は韓国の恥さらし－虚構を暴き日本と朝鮮の名誉を守ろう（松木國俊氏）
(『日本の息吹』平成23年１２月号より)
松木國俊
日本会議東京都本部調布支部副支部長
日韓近代史研究家
－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－
まつき　くにとし
昭和２５年、熊本県八代市生まれ。
慶応義塾大学法学部政治学科卒業、豊田通商株式会社入社。
昭和５５年～５９年、豊田通商ソウル事務所駐在。
秘書室次長、機械部次長を経て平成１２年、豊田通商退社。
現在、松木商事株式会社代表取締役。
日本会議東京都本部調布支部副支部長、
新しい歴史教科書をつくる会三多摩支部副支部長。
－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－
またまたいわゆる「従軍慰安婦問題」が再燃している。今度はなんと韓国で憲法判断が出たという。虚構によって傷つくのは、日本だけじゃない
――『ほんとうは「日韓併合」が韓国を救った！』の著者が語る、いい加減にしろ、韓国！
隣国の歓心を買うために我々の父祖を進んで鬼畜の如く貶める偽善政治家たちが、今や政権中枢を牛耳っている。前原氏（民主党政調会長）ですらも村山政権時代の「女性のためのアジア平和国民基金」を復活させ、嘘の上に嘘を重ねる売国行為を何の躊躇もなく行おうとしている。
これまで「慰安婦強制連行」という根も葉もない非難に対し、反論どころか検証すらせずに、ひたすら謝罪し許しを請い続いてきたために、今や「濡れ衣」が事実と化し、韓国の思惑通り日本人は「何十万人もの朝鮮女性を強制連行して慰安婦にした世界史に類を見ない残虐な民族」として世界から指弾されるに至った。
しかしながら、韓国側もそろそろ気づくべきだろう。慰安婦問題を持ち出したことで、日本民族のみならず朝鮮民族の名誉も著しく貶めているのだ。なぜなら、「慰安婦を連行した」とされる日本人官憲は当時朝鮮半島に極わずかしか存在しなかったからだ。
一九一九年（大正八年）の三一騒擾以降、朝鮮半島では日本軍（朝鮮軍と呼ばれた）は駐屯地から出ておらず、支那事変以降日本人警官は次々に召集されて戦地へ行き、日常的に住民と接する警察官のほとんどは朝鮮人だった。半島の大部分を占める農村では、日本人の「駐在さん」がいたとしても一人の場合が多かった。
韓国の主張通りなら、極少数の日本人の命令に唯々諾々と従って朝鮮人自らが何十万人の女性を「献上」したことになる。一方で慰安婦強制連行に抵抗した暴動など一件も記録されていない。ならば自分の娘が、恋人が「日本人やその手先」に拉致され連れ去られるのを朝鮮の男たちは指を加えて見ていたと言うのか。それこそ朝鮮民族は「世界史に類を見ない」無気力でふがいない民だったことになるではないか。否、断じて否である。
儒教の影響が強い朝鮮では家族の絆は日本より強い。もしも慰安婦にされそうになれば命がけで取り返したに違いない。朝鮮人は決してそれができないほど脆弱な人々ではなかったと私は信じている。

●歴史の歪曲と捏造に立脚した虚構
日本人そして朝鮮人の名誉のためにも「慰安婦強制連行」の虚構性を一刻も早く明らかにし「濡れ衣」を返上しなければならない。政府がやらないのなら我々民間人が立ち上がるしかない。「慰安婦問題」は歴史の露骨な歪曲と捏造に立脚しており、論破するのは意外に容易である。まず歴史の歪曲を指摘する。
韓国では「女子挺身隊」を「従軍慰安婦」であると主張している。今回ソウル日本大使館前に「従軍慰安婦の碑」設置を推進している市民団体の名称も「韓国挺身隊問題対策協議会」でありそのＨＰで「日本軍慰安婦問題は第二次世界大戦時、日本帝国主義がアジアの女性十乃至二十万人を国家制度で企画立案し、組織的に強制連行し、日本軍の性奴隷とした世界でも類を見ない残酷な犯罪である。」と日本を非難している。
Yahoo Koreaの日本語辞典にも「挺身隊」を「従軍慰安婦に対する日本側の公式名称」と書かれており、韓国の中学・高校の歴史教科書には「女性達も挺身隊という名でひいて行かれ日本軍の慰安婦として犠牲になった」と書かれている。しかしながら「女子挺身隊」は「女子挺身勤労令」によって徴用され戦地で戦う男性の代わりに工場などで働いた女性達であり、慰安婦というなら「挺身隊」として徴用された何百万人の内地の女性も慰安婦だったことになる。慰安婦であったと告白した韓国の女性達でさえ誰一人として挺身隊として引っ張られたと証言している者はいない。「挺身隊」を「慰安婦」とする歴史歪曲を指摘するだけでも「組織的に強制連行した」という韓国の主張は根底から崩壊する。
もう一は歴史の捏造である。日本の軍や官憲が「奴隷狩り」をしたというのだ。この「奴隷狩り」は吉田清治なる人物が自分の本を売らんがためにでっち上げた全くの「嘘」であったが、反日教育で育った韓国人はこれをまともに信じて日本を非難している。しかし、「拉致」を阻止するための暴動など一件もなかったことが「奴隷狩り」が無かった明確な証拠ではないか。韓国人はデマ情報に惑わされずに自らの祖先を信じるべきである。
●虚構を否定し両民族のプライドを守ろう
当時の朝鮮半島では悪徳女衒（ぜげん）が跋扈し多くの女性が「拉致」あるいは騙されて上海や満州に売り飛ばされ、警察官は必死で彼女たちを捜し出し救っていた。近代法治国家として国が国民を保護するのは当然のことである。
「慰安婦」とは民間業者に率いられ高収入を求めて戦場近くまで行った女性達である。民間人を守る立場にある日本軍や警察がどうして彼女たちを「強制連行」して「慰安婦」にするだろうか。心ある韓国の人々よ。
どうか冷静に歴史を今一度見つめなおして欲しい。そして日本と朝鮮双方の祖先を貶める「慰安婦強制連行説」が歴史の歪曲と捏造に基づく虚構であり「事実無根」であることを世界に示し、両民族のプライドを守ろうではないか。
◎いわゆる「従軍慰安婦」問題の最近の動き－－－－－－－－－－
７月　　　　韓国の元慰安婦支援団体の「韓国挺身隊問題対策協議会」が、ソウルの在韓日本大使館前に、「従軍慰安婦」の碑を建設する計画を発表。ソウル市当局が許可を与える
８月３０日　韓国の憲法裁判所が「韓国政府が元慰安婦の賠償請求の外交交渉をしないのは憲法違反」とする判決を出す
９月１５日　韓国外交通商部が、在韓日本公使に、二国間協議を公式に提案
９月３０日　日本政府は閣議で、韓国の元慰安婦支援団体が計画した在韓日本大使館前での記念碑建立をソウル市が許可した問題について「記念碑建設は日韓関係に好ましくない影響を及ぼしかねない」とする答弁書を決定
１０月１０日　民主党の前原誠司政調会長、金星煥外交通商相との会談（ソウル市）で、慰安婦問題について、人道的観点から考える余地がないか、議論したい」と述べ、会談後、記者団に、アジア女性基金（平成７年～１９年）を参考にした新たな「人道的仕組み」検討を言及
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>「慰安婦問題」は韓国の恥さらし－虚構を暴き日本と朝鮮の名誉を守ろう（松木國俊氏）<br />
</strong><em>(『日本の息吹』平成23年１２月号より)</em><strong></p>
<p>松木國俊</strong><br />
日本会議東京都本部調布支部副支部長<br />
日韓近代史研究家<br />
－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－<br />
<em>まつき　くにとし<br />
昭和２５年、熊本県八代市生まれ。<br />
慶応義塾大学法学部政治学科卒業、豊田通商株式会社入社。<br />
昭和５５年～５９年、豊田通商ソウル事務所駐在。<br />
秘書室次長、機械部次長を経て平成１２年、豊田通商退社。<br />
現在、松木商事株式会社代表取締役。<br />
日本会議東京都本部調布支部副支部長、<br />
新しい歴史教科書をつくる会三多摩支部副支部長。</em><br />
－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－</p>
<p><strong><em>またまたいわゆる「従軍慰安婦問題」が再燃している。今度はなんと韓国で憲法判断が出たという。虚構によって傷つくのは、日本だけじゃない<br />
――『ほんとうは「日韓併合」が韓国を救った！』の著者が語る、いい加減にしろ、韓国！</em></strong></p>
<p>隣国の歓心を買うために我々の父祖を進んで鬼畜の如く貶める偽善政治家たちが、今や政権中枢を牛耳っている。前原氏（民主党政調会長）ですらも村山政権時代の「女性のためのアジア平和国民基金」を復活させ、嘘の上に嘘を重ねる売国行為を何の躊躇もなく行おうとしている。</p>
<p>これまで「慰安婦強制連行」という根も葉もない非難に対し、反論どころか検証すらせずに、ひたすら謝罪し許しを請い続いてきたために、今や「濡れ衣」が事実と化し、韓国の思惑通り日本人は「何十万人もの朝鮮女性を強制連行して慰安婦にした世界史に類を見ない残虐な民族」として世界から指弾されるに至った。<span id="more-3804"></span></p>
<p>しかしながら、韓国側もそろそろ気づくべきだろう。慰安婦問題を持ち出したことで、日本民族のみならず朝鮮民族の名誉も著しく貶めているのだ。なぜなら、「慰安婦を連行した」とされる日本人官憲は当時朝鮮半島に極わずかしか存在しなかったからだ。</p>
<p>一九一九年（大正八年）の三一騒擾以降、朝鮮半島では日本軍（朝鮮軍と呼ばれた）は駐屯地から出ておらず、支那事変以降日本人警官は次々に召集されて戦地へ行き、日常的に住民と接する警察官のほとんどは朝鮮人だった。半島の大部分を占める農村では、日本人の「駐在さん」がいたとしても一人の場合が多かった。</p>
<p>韓国の主張通りなら、極少数の日本人の命令に唯々諾々と従って朝鮮人自らが何十万人の女性を「献上」したことになる。一方で慰安婦強制連行に抵抗した暴動など一件も記録されていない。ならば自分の娘が、恋人が「日本人やその手先」に拉致され連れ去られるのを朝鮮の男たちは指を加えて見ていたと言うのか。それこそ朝鮮民族は「世界史に類を見ない」無気力でふがいない民だったことになるではないか。否、断じて否である。</p>
<p>儒教の影響が強い朝鮮では家族の絆は日本より強い。もしも慰安婦にされそうになれば命がけで取り返したに違いない。朝鮮人は決してそれができないほど脆弱な人々ではなかったと私は信じている。<br />
<strong><br />
●歴史の歪曲と捏造に立脚した虚構</strong></p>
<p>日本人そして朝鮮人の名誉のためにも「慰安婦強制連行」の虚構性を一刻も早く明らかにし「濡れ衣」を返上しなければならない。政府がやらないのなら我々民間人が立ち上がるしかない。「慰安婦問題」は歴史の露骨な歪曲と捏造に立脚しており、論破するのは意外に容易である。まず歴史の歪曲を指摘する。</p>
<p>韓国では「女子挺身隊」を「従軍慰安婦」であると主張している。今回ソウル日本大使館前に「従軍慰安婦の碑」設置を推進している市民団体の名称も「韓国挺身隊問題対策協議会」でありそのＨＰで「日本軍慰安婦問題は第二次世界大戦時、日本帝国主義がアジアの女性十乃至二十万人を国家制度で企画立案し、組織的に強制連行し、日本軍の性奴隷とした世界でも類を見ない残酷な犯罪である。」と日本を非難している。</p>
<p>Yahoo Koreaの日本語辞典にも「挺身隊」を「従軍慰安婦に対する日本側の公式名称」と書かれており、韓国の中学・高校の歴史教科書には「女性達も挺身隊という名でひいて行かれ日本軍の慰安婦として犠牲になった」と書かれている。しかしながら「女子挺身隊」は「女子挺身勤労令」によって徴用され戦地で戦う男性の代わりに工場などで働いた女性達であり、慰安婦というなら「挺身隊」として徴用された何百万人の内地の女性も慰安婦だったことになる。慰安婦であったと告白した韓国の女性達でさえ誰一人として挺身隊として引っ張られたと証言している者はいない。「挺身隊」を「慰安婦」とする歴史歪曲を指摘するだけでも「組織的に強制連行した」という韓国の主張は根底から崩壊する。</p>
<p>もう一は歴史の捏造である。日本の軍や官憲が「奴隷狩り」をしたというのだ。この「奴隷狩り」は吉田清治なる人物が自分の本を売らんがためにでっち上げた全くの「嘘」であったが、反日教育で育った韓国人はこれをまともに信じて日本を非難している。しかし、「拉致」を阻止するための暴動など一件もなかったことが「奴隷狩り」が無かった明確な証拠ではないか。韓国人はデマ情報に惑わされずに自らの祖先を信じるべきである。</p>
<p><strong>●虚構を否定し両民族のプライドを守ろう</strong></p>
<p>当時の朝鮮半島では悪徳女衒（ぜげん）が跋扈し多くの女性が「拉致」あるいは騙されて上海や満州に売り飛ばされ、警察官は必死で彼女たちを捜し出し救っていた。近代法治国家として国が国民を保護するのは当然のことである。</p>
<p>「慰安婦」とは民間業者に率いられ高収入を求めて戦場近くまで行った女性達である。民間人を守る立場にある日本軍や警察がどうして彼女たちを「強制連行」して「慰安婦」にするだろうか。心ある韓国の人々よ。</p>
<p>どうか冷静に歴史を今一度見つめなおして欲しい。そして日本と朝鮮双方の祖先を貶める「慰安婦強制連行説」が歴史の歪曲と捏造に基づく虚構であり「事実無根」であることを世界に示し、両民族のプライドを守ろうではないか。</p>
<p><strong>◎いわゆる「従軍慰安婦」問題の最近の動き</strong>－－－－－－－－－－<br />
７月　　　　韓国の元慰安婦支援団体の「韓国挺身隊問題対策協議会」が、ソウルの在韓日本大使館前に、「従軍慰安婦」の碑を建設する計画を発表。ソウル市当局が許可を与える<br />
８月３０日　韓国の憲法裁判所が「韓国政府が元慰安婦の賠償請求の外交交渉をしないのは憲法違反」とする判決を出す<br />
９月１５日　韓国外交通商部が、在韓日本公使に、二国間協議を公式に提案<br />
９月３０日　日本政府は閣議で、韓国の元慰安婦支援団体が計画した在韓日本大使館前での記念碑建立をソウル市が許可した問題について「記念碑建設は日韓関係に好ましくない影響を及ぼしかねない」とする答弁書を決定<br />
１０月１０日　民主党の前原誠司政調会長、金星煥外交通商相との会談（ソウル市）で、慰安婦問題について、人道的観点から考える余地がないか、議論したい」と述べ、会談後、記者団に、アジア女性基金（平成７年～１９年）を参考にした新たな「人道的仕組み」検討を言及</p>
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		<title>魂の外交官 重光葵に帰れ―吉田ドクトリンから重光ドクトリンへ(福冨健一氏)</title>
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		<pubDate>Fri, 20 Jan 2012 11:44:24 +0000</pubDate>
		<dc:creator>nipponkaigi</dc:creator>
				<category><![CDATA[オピニオン]]></category>
		<category><![CDATA[外交]]></category>

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		<description><![CDATA[魂の外交官 重光葵に帰れ―吉田ドクトリンから重光ドクトリンへ

作家・歴史資料収集家　福冨健一氏に聞く
(『日本の息吹』平成23年12月号掲載)
●大御心を体した外交官
―なぜいま重光葵なのでしょうか。
福冨
教科書で戦後史のはじめに掲載されていたミズーリ艦上での降伏文書調印式の写真は、皆さん見たことがあると思います。あのとき、サインしているのが当時、誰もが嫌がる日本全権を引き受けた重光葵です。
昭和２０年９月２日、調印式の日、重光はこう詠んでいます。
ながらへて甲斐ある命今日はしもしこの御楯と我ならましを
願くは御国の末の栄え行き吾名さげすむ人の多きを
また、調印式前には伊勢神宮に参拝し、斎戒沐浴して心を込めて祈っています。
我国を造りましたる大神に心をこめて我は祈りぬ
重光は、幼少より父の薫陶によって沐浴と教育勅語の朗読を日課としていましたが、後年には、書斎に掲げた日章旗を毎朝礼拝していました。
大君に答へまつらむ真心を捧げて今朝も御旗拝みぬ
これこそ日本人の本来の姿です。まさに大御心を体した外交官だったのです。
―上海の爆弾事件のときの姿も立派でした。
福冨
昭和７年４月２９日、上海で行なわれた天長節の式典に爆弾が投げられて、駐華大使として参列していた重光は一命は取り留めたものの片足を失う重傷を負うわけです。
当時は、国歌斉唱は２回続けて歌われていました。その２回目のときに、爆弾が２つ投げ込まれた。重光は、「爆弾が投げられたのは分かっていたが、国歌斉唱の最中に動くのは不敬であると考え動かなかった」と日記に書いていますが、動かなかったのは、重光だけではなかった。壇上にいた白川義則司令官、野村吉三郎司令長官（後の駐米大使）、植田謙吉師団長など、誰も逃げなかったのです。これは想像するだにすさまじい話だと思います。当時の日本人は、国家を背負って立つ気概、上に立つ者の覚悟が違ったんですね。
重光葵記念館（＊）に重光の義足が展示されていますが、墨で「恩賜」と記されています。陛下から賜ったこの義足をつけるたびに皇恩に想いをいたしていたのではないでしょうか。
●「太平洋戦争史観」から「大東亜戦争史観」へ

―マッカーサーとの対決も見事です。
福冨
マッカーサーは当初、日本に軍政を敷こうとしました。それを重光が「ドイツと日本は違う。ドイツは政府が壊滅したが、日本には政府が存在する」として、日本での軍政施行は、ポツダム宣言違反だと猛抗議して、それを止めさせるわけです。もし軍政が敷かれていれば、日本の文化は根底から破壊されてしまったでしょう。
―今年１２月８日は、大東亜戦争開戦から満７０年の日です。重光は、文字通り大東亜戦争を貫徹しようとした外交官ともいえそうですね。
福冨
重光は、三国同盟に反対し日米開戦にも反対しました。しかし、いったん戦端が開かれた後は勝つために尽力し、そして途中で敗戦は避けられないとみてとって、この戦争の大義を後世に示す為に、昭和１８年１１月、東京にアジア各国の錚々たる代表を招き、大東亜会議を開催し、大東亜共同宣言を起草し、その採択を実現しています。
重光はその意義について、「敵側の弱点の重大なるものは、アジアに対する差別概念である。チャーチルがなしたる大西洋憲章をインドに適用せずとのアジア差別概念を逆用し、我が大東亜政策の正義性を発揮せねばならぬ。我が大東亜政策が、アジアの解放に立脚しこの地域における民族国家を政治的に自主平等の基礎のもとに」導かなければならないと語っています。
連合国の大西洋憲章は、人種平等を謳ってはいたが、それはあくまで白人間の平等であって、植民地の有色人種には適用されないものでした。そこで、日本は真の人種平等の実現を理想に掲げたのです。英国の歴史家、トインビーは、「第二次大戦において、日本人は戦争によって利益を得た国々のために偉大な歴史を残した。その国々とは、日本の掲げた短命な理想である大東亜共栄圏に含まれていた国々である」と日本を賛辞しています。
―重光は、東京裁判で、いわゆる「Ａ級戦犯」として禁固７年の刑を受けるわけですが、刑を終えて、鳩山内閣で外務大臣に就任します。このことは、「Ａ級戦犯」を日本国民が認めていなかったことの何よりの証左です。
福冨
戦後は、米占領軍によって与えられた「太平洋戦争史観」とソ連・中共による「帝国主義戦争史観」「抗日戦争史観」が幅を利かせますが、日本人が戦ったのはあくまで「大東亜戦争」です。我々は「大東亜戦争史観」を取り戻さねばならない。重光の軌跡を学ぶと、おのずとその大東亜戦争史観が浮かび上がってきます。その意味でも重光は戦前戦中にかけて日本の政治の第一線を歩き続けた稀有な政治家だったといえるでしょう。
吉田ドクトリンを葬送しよう戦後の重光の仕事として特記すべきは、昭和３０年８月に行なわれた「重光・ダレス会談」です。日米安保条約の改定について、重光は、ＮＡＴＯ諸国のような対等な日米同盟を主張しました。重光は、吉田茂と違い、再軍備を国家存亡の問題と捉えていました。
―改めて吉田外交と重光外交の違いについて。
福冨
「降伏後における米国の初期の対日方針」は、「日本国が再びアメリカの脅威となり、または世界の平和と安全の脅威とならざること」を目指しましたが、その最も肝要な点は、軍隊と神道を排除したことです。つまり、日本から国家の本質的要素である軍隊と宗教を奪った。そうすれば日本は弱体化して二度と敵にはならないだろうと。これに吉田茂は従ってしまった。
軽武装、経済優先のいわゆる吉田ドクトリンですね。それに対して、重光は、「自らの使命は、吉田の残した仕事の後始末をすることである」として、憲法改正、再軍備をやろうとしました。
重光には国家の本質というものが、深く理解されていたのだと思います。
今年４月、英国のウィリアム王子の婚礼が英国国教会のウェストミンスター寺院で行なわれ、王子は近衛歩兵第４連隊の名誉大佐の礼服姿でした。そして王子の所属する空軍の戦闘機がバッキンガム宮殿の上空を飛んでお祝いしました。宗教と軍隊と王室が一体なのです。そこに国家の高貴さや美徳が現れるのです。
フランスの哲学者トクヴィルは、人間の自由について「自由であろうとすれば神を信仰しなければならない」と言っています。神のない自由は隷従の自由であると。重光も似たことを言っています。イギリスがなぜ、デモクラシーがしっかりしていて戦争に強いのか、それは、「英国の王室が無言の大なる感化力を持っているからだ」と。王室の権威が政治や外交や人々の社会生活を感化しているというのです。重光にはそういう感性がありましたが、吉田茂にはそれは欠けていたといわざるをえないと思います。
政治学者の高坂正堯は、『宰相吉田茂論』で、経済優先の吉田ドクトリンに対し、「しかし、真にそうであろうか。われわれは精神的な真空を持っていないだろうか」と指摘しています。
「精神的な真空」に陥ってしまっている現下日本にあって、今こそ、吉田ドクトリンから重光ドクトリンへの転換を！と強く訴えたいですね。（文中敬称略）
－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－
ふくとみ　けんいち
昭和２９年栃木県生まれ。東京理科大卒、
ハイデルベルク大学留学、ニューポート大学大学院中退。
自民党政務調査会副部長。一貫して有事法制を研究。
著書に『東条英機天皇を守り通した男』
『南十字星に抱かれて凛として死んだＢＣ級戦犯の「遺言」』など。
－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>魂の外交官 重光葵に帰れ―吉田ドクトリンから重光ドクトリンへ<br />
</strong><br />
作家・歴史資料収集家　福冨健一氏に聞く<br />
<em>(『日本の息吹』平成23年12月号掲載)</em></p>
<p><strong>●大御心を体した外交官</strong></p>
<p><em>―なぜいま重光葵なのでしょうか。</em><br />
福冨<br />
教科書で戦後史のはじめに掲載されていたミズーリ艦上での降伏文書調印式の写真は、皆さん見たことがあると思います。あのとき、サインしているのが当時、誰もが嫌がる日本全権を引き受けた重光葵です。<br />
昭和２０年９月２日、調印式の日、重光はこう詠んでいます。</p>
<p>ながらへて甲斐ある命今日はしもしこの御楯と我ならましを<br />
願くは御国の末の栄え行き吾名さげすむ人の多きを<span id="more-3801"></span></p>
<p>また、調印式前には伊勢神宮に参拝し、斎戒沐浴して心を込めて祈っています。</p>
<p>我国を造りましたる大神に心をこめて我は祈りぬ</p>
<p>重光は、幼少より父の薫陶によって沐浴と教育勅語の朗読を日課としていましたが、後年には、書斎に掲げた日章旗を毎朝礼拝していました。</p>
<p>大君に答へまつらむ真心を捧げて今朝も御旗拝みぬ</p>
<p>これこそ日本人の本来の姿です。まさに大御心を体した外交官だったのです。</p>
<p><em>―上海の爆弾事件のときの姿も立派でした。</em><br />
福冨<br />
昭和７年４月２９日、上海で行なわれた天長節の式典に爆弾が投げられて、駐華大使として参列していた重光は一命は取り留めたものの片足を失う重傷を負うわけです。</p>
<p>当時は、国歌斉唱は２回続けて歌われていました。その２回目のときに、爆弾が２つ投げ込まれた。重光は、「爆弾が投げられたのは分かっていたが、国歌斉唱の最中に動くのは不敬であると考え動かなかった」と日記に書いていますが、動かなかったのは、重光だけではなかった。壇上にいた白川義則司令官、野村吉三郎司令長官（後の駐米大使）、植田謙吉師団長など、誰も逃げなかったのです。これは想像するだにすさまじい話だと思います。当時の日本人は、国家を背負って立つ気概、上に立つ者の覚悟が違ったんですね。</p>
<p>重光葵記念館（＊）に重光の義足が展示されていますが、墨で「恩賜」と記されています。陛下から賜ったこの義足をつけるたびに皇恩に想いをいたしていたのではないでしょうか。</p>
<p><strong>●「太平洋戦争史観」から「大東亜戦争史観」へ</strong><br />
<em><br />
―マッカーサーとの対決も見事です。</em><br />
福冨<br />
マッカーサーは当初、日本に軍政を敷こうとしました。それを重光が「ドイツと日本は違う。ドイツは政府が壊滅したが、日本には政府が存在する」として、日本での軍政施行は、ポツダム宣言違反だと猛抗議して、それを止めさせるわけです。もし軍政が敷かれていれば、日本の文化は根底から破壊されてしまったでしょう。</p>
<p><em>―今年１２月８日は、大東亜戦争開戦から満７０年の日です。重光は、文字通り大東亜戦争を貫徹しようとした外交官ともいえそうですね。</em><br />
福冨<br />
重光は、三国同盟に反対し日米開戦にも反対しました。しかし、いったん戦端が開かれた後は勝つために尽力し、そして途中で敗戦は避けられないとみてとって、この戦争の大義を後世に示す為に、昭和１８年１１月、東京にアジア各国の錚々たる代表を招き、大東亜会議を開催し、大東亜共同宣言を起草し、その採択を実現しています。<br />
重光はその意義について、「敵側の弱点の重大なるものは、アジアに対する差別概念である。チャーチルがなしたる大西洋憲章をインドに適用せずとのアジア差別概念を逆用し、我が大東亜政策の正義性を発揮せねばならぬ。我が大東亜政策が、アジアの解放に立脚しこの地域における民族国家を政治的に自主平等の基礎のもとに」導かなければならないと語っています。<br />
連合国の大西洋憲章は、人種平等を謳ってはいたが、それはあくまで白人間の平等であって、植民地の有色人種には適用されないものでした。そこで、日本は真の人種平等の実現を理想に掲げたのです。英国の歴史家、トインビーは、「第二次大戦において、日本人は戦争によって利益を得た国々のために偉大な歴史を残した。その国々とは、日本の掲げた短命な理想である大東亜共栄圏に含まれていた国々である」と日本を賛辞しています。</p>
<p><em>―重光は、東京裁判で、いわゆる「Ａ級戦犯」として禁固７年の刑を受けるわけですが、刑を終えて、鳩山内閣で外務大臣に就任します。このことは、「Ａ級戦犯」を日本国民が認めていなかったことの何よりの証左です。</em><br />
福冨<br />
戦後は、米占領軍によって与えられた「太平洋戦争史観」とソ連・中共による「帝国主義戦争史観」「抗日戦争史観」が幅を利かせますが、日本人が戦ったのはあくまで「大東亜戦争」です。我々は「大東亜戦争史観」を取り戻さねばならない。重光の軌跡を学ぶと、おのずとその大東亜戦争史観が浮かび上がってきます。その意味でも重光は戦前戦中にかけて日本の政治の第一線を歩き続けた稀有な政治家だったといえるでしょう。<br />
吉田ドクトリンを葬送しよう戦後の重光の仕事として特記すべきは、昭和３０年８月に行なわれた「重光・ダレス会談」です。日米安保条約の改定について、重光は、ＮＡＴＯ諸国のような対等な日米同盟を主張しました。重光は、吉田茂と違い、再軍備を国家存亡の問題と捉えていました。</p>
<p><em>―改めて吉田外交と重光外交の違いについて。</em><br />
福冨<br />
「降伏後における米国の初期の対日方針」は、「日本国が再びアメリカの脅威となり、または世界の平和と安全の脅威とならざること」を目指しましたが、その最も肝要な点は、軍隊と神道を排除したことです。つまり、日本から国家の本質的要素である軍隊と宗教を奪った。そうすれば日本は弱体化して二度と敵にはならないだろうと。これに吉田茂は従ってしまった。<br />
軽武装、経済優先のいわゆる吉田ドクトリンですね。それに対して、重光は、「自らの使命は、吉田の残した仕事の後始末をすることである」として、憲法改正、再軍備をやろうとしました。<br />
重光には国家の本質というものが、深く理解されていたのだと思います。<br />
今年４月、英国のウィリアム王子の婚礼が英国国教会のウェストミンスター寺院で行なわれ、王子は近衛歩兵第４連隊の名誉大佐の礼服姿でした。そして王子の所属する空軍の戦闘機がバッキンガム宮殿の上空を飛んでお祝いしました。宗教と軍隊と王室が一体なのです。そこに国家の高貴さや美徳が現れるのです。<br />
フランスの哲学者トクヴィルは、人間の自由について「自由であろうとすれば神を信仰しなければならない」と言っています。神のない自由は隷従の自由であると。重光も似たことを言っています。イギリスがなぜ、デモクラシーがしっかりしていて戦争に強いのか、それは、「英国の王室が無言の大なる感化力を持っているからだ」と。王室の権威が政治や外交や人々の社会生活を感化しているというのです。重光にはそういう感性がありましたが、吉田茂にはそれは欠けていたといわざるをえないと思います。</p>
<p>政治学者の高坂正堯は、『宰相吉田茂論』で、経済優先の吉田ドクトリンに対し、「しかし、真にそうであろうか。われわれは精神的な真空を持っていないだろうか」と指摘しています。<br />
「精神的な真空」に陥ってしまっている現下日本にあって、今こそ、吉田ドクトリンから重光ドクトリンへの転換を！と強く訴えたいですね。（文中敬称略）</p>
<p>－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－<br />
ふくとみ　けんいち<br />
昭和２９年栃木県生まれ。東京理科大卒、<br />
ハイデルベルク大学留学、ニューポート大学大学院中退。<br />
自民党政務調査会副部長。一貫して有事法制を研究。<br />
著書に『東条英機天皇を守り通した男』<br />
『南十字星に抱かれて凛として死んだＢＣ級戦犯の「遺言」』など。<br />
－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－</p>
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		<item>
		<title>「危険」で「無駄」な「人権侵害救済法案」－現行制度で、９９％の人権侵害は救済されている！</title>
		<link>http://www.nipponkaigi.org/opinion/archives/3760</link>
		<comments>http://www.nipponkaigi.org/opinion/archives/3760#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 19 Jan 2012 03:07:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator>nipponkaigi</dc:creator>
				<category><![CDATA[オピニオン]]></category>
		<category><![CDATA[人権]]></category>
		<category><![CDATA[人権擁護法案]]></category>

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		<description><![CDATA[「危険」で「無駄」な「人権侵害救済法案」－現行制度の下で、９９％の人権侵害は救済されている
昨年１２月１５日、法務省は、「人権救済機関設置法案」の概要を発表しました。同日、法務大臣は次期通常国会でこの法案を提出する方針を発表。
与党民主党内の手続きも終わり、いつ提出されてもおかしくない状況です。
政府が進める「新たな人権救済機関」は、共産国家の秘密警察を新たに作るようなもの。
しかもこれは、内閣から独立し強大な権限を有する言論監視機関です。
日本が独裁国家同様の、言論統制国家になっても良いのでしょうか？
今、「人権救済」という美名の下に、私達の大切な思想・言論の自由が奪われようとしています。
日本大学の百地章教授は、「人権救済機関設置法案」の危険性について以下のような点を指摘しています。
詳しくは、本ページに掲載したチラシをご覧ください。
●今回の法案では「強制調査」や「過料」もなく、問題はないように見えますが、危険な本質は変わらない。
・「人権侵害」の定義は、これまでと変わらず曖昧なため、濫用の危険は依然、解消されていない
・この法案（概要）では、従来の「差別的言動」に代えて「差別助長行為」を禁止しているだけだが、実体は変っていない
・憲法で保障された表現の自由を侵害し、自由社会を崩壊させる危険がある
※法案では「マスコミ規制」は対象外とされているが、メディア関係者も一個人としては当然、規制の対象となりうる
・今回の法案（概要）では、令状なしの「強制調査」がなくなり、拒否した場合の「過料」も見送られたのだから、問題はないとする意見も見られるが、これは安易すぎると思われる
・「任意調査」しか行わない組織を、なぜ「３条委員会」にする必要があるのか
●現在でも様々な制度があり、人権侵害は救済されているのだから、人権委員会など無駄である
・現行制度（法務局、人権擁護委員）の下で、９９％の人権侵害は救済されている

◎チラシをダウンロード↓↓↓

◎ダウンロード↓↓↓

]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>「危険」で「無駄」な「人権侵害救済法案」－現行制度の下で、９９％の人権侵害は救済されている</strong></p>
<p>昨年１２月１５日、法務省は、「人権救済機関設置法案」の概要を発表しました。同日、法務大臣は次期通常国会でこの法案を提出する方針を発表。<br />
与党民主党内の手続きも終わり、いつ提出されてもおかしくない状況です。<span id="more-3760"></span></p>
<p>政府が進める「新たな人権救済機関」は、共産国家の秘密警察を新たに作るようなもの。<br />
しかもこれは、内閣から独立し強大な権限を有する言論監視機関です。<br />
日本が独裁国家同様の、言論統制国家になっても良いのでしょうか？</p>
<p>今、「人権救済」という美名の下に、私達の大切な思想・言論の自由が奪われようとしています。</p>
<p>日本大学の百地章教授は、「人権救済機関設置法案」の危険性について以下のような点を指摘しています。<br />
詳しくは、本ページに掲載したチラシをご覧ください。</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>●今回の法案では「強制調査」や「過料」もなく、問題はないように見えますが、危険な本質は変わらない。</strong></span><br />
・「人権侵害」の定義は、これまでと変わらず曖昧なため、濫用の危険は依然、解消されていない<br />
・この法案（概要）では、従来の「差別的言動」に代えて「差別助長行為」を禁止しているだけだが、実体は変っていない<br />
・憲法で保障された表現の自由を侵害し、自由社会を崩壊させる危険がある<br />
※法案では「マスコミ規制」は対象外とされているが、メディア関係者も一個人としては当然、規制の対象となりうる<br />
・今回の法案（概要）では、令状なしの「強制調査」がなくなり、拒否した場合の「過料」も見送られたのだから、問題はないとする意見も見られるが、これは安易すぎると思われる<br />
・「任意調査」しか行わない組織を、なぜ「３条委員会」にする必要があるのか</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>●現在でも様々な制度があり、人権侵害は救済されているのだから、人権委員会など無駄である</strong></span><br />
・現行制度（法務局、人権擁護委員）の下で、９９％の人権侵害は救済されている<em><br />
</em></p>
<p><a href="http://www.nipponkaigi.org/wp-content/uploads/2012/01/jinkenrf231213.pdf" target="_blank"><strong>◎チラシをダウンロード↓↓↓</strong></p>
<p><img class="alignnone size-full wp-image-3763" title="jinkenrf2312131" src="http://www.nipponkaigi.org/wp-content/uploads/2012/01/jinkenrf2312131.jpg" alt="jinkenrf2312131" width="371" height="526" /></a></p>
<p><a href="http://www.nipponkaigi.org/wp-content/uploads/2012/01/mudakiken-231219jinken.pdf" target="_blank"><strong>◎ダウンロード↓↓↓</strong><br />
<img class="alignnone size-full wp-image-3764" title="mudakiken-231219jinken1" src="http://www.nipponkaigi.org/wp-content/uploads/2012/01/mudakiken-231219jinken1.jpg" alt="mudakiken-231219jinken1" width="444" height="310" /></a></p>
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		</item>
		<item>
		<title>石垣市から力強く発信、「尖閣諸島開拓の日」－中山市長「上陸要請を継続」宣言</title>
		<link>http://www.nipponkaigi.org/activity/archives/3746</link>
		<comments>http://www.nipponkaigi.org/activity/archives/3746#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 17 Jan 2012 03:43:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>nipponkaigi</dc:creator>
				<category><![CDATA[国民運動]]></category>
		<category><![CDATA[安全保障]]></category>
		<category><![CDATA[中国問題]]></category>
		<category><![CDATA[尖閣諸島]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.nipponkaigi.org/?p=3746</guid>
		<description><![CDATA[１月１４日、沖縄県石垣市の市民会館に２００名が集い、石垣市主催の「尖閣諸島開拓の日」記念式典が開催されました。
式典の前日から当日にかけて尖閣諸島では、中国の漁業監視船「漁政２０１」が周辺海域を航行し、「われわれの管轄海域で、正当な公務を執行中だ」などと主張。そのような中、石垣市では「尖閣諸島開拓の日」式典が開催され、尖閣諸島が日本固有の領土であり、石垣市の行政区域であることが内外に力強く発信されました。
また全国１８都府県で、「尖閣を守れ！」署名活動が行われました。

石垣市の式典で、石垣市の中山義隆市長は、「尖閣諸島には絶滅危惧種としてレッドデーターブックにも掲載されている貴重な動植物が数多く存在しているが、人為的に持ち込まれたヤギにより生態系が崩され、絶滅の危機がさけばれている。今後、尖閣諸島の本格的な学術調査が必要だ」と指摘。また石垣市が来年からスタートさせる「海洋基本計画」について、前日の13日に有識者を招き第1回策定委員会を開催したことに関して、「政府が平成19年4月に施行した海洋基本計画の理念に基づいて、石垣市は海洋基本計画の策定に着手した。今後、海洋資源の確保・有効活用や、日本の領土領海の堅持に貢献していきたい」と述べられました。最後に、大戦中の昭和20年6月30日に、疎開中の石垣町民180名が米軍機の銃撃を受けて漂流し多数の死者を出した事件について「昭和44年に当時の石垣喜興市長が、魚釣島に上陸して尖閣遭難者の慰霊祭を行ったが、その後今日まで慰霊祭は一度も行われていない。政府には、是非とも御霊に対し心から哀悼の誠を捧げる機会を創出して頂きますよう格段のご配慮をお願いするとともに、本紙の行政区域である尖閣諸島への上陸が実現できるよう本式典を通し再度、上陸の要請を継続していくことを宣言いたします」と決意を表明されました。
式典には、自民党の島尻安伊子参院議員、みんなの党の山内康一衆院議員、「国家主権と国益を守るために行動する議員連盟」座長の原口一博衆院議員（民主党）が来賓として出席されました。
たちあがれ日本代表の平沼赳夫代表からは、祝辞寄せられ、海上警察権強化に向けた法改正の決意が表明されました。

続いて、石垣市と八重山青年会議所の共催で開催されたシンポジウム「東シナ海と八重山の振興」が開催されました。シンポジウムでは、コーディネーターに山田吉彦・東海大教授、パネリストに中山義隆・石垣市長、西田浩之氏(海上技術安全研究所主幹)、清野聡子・九州大学准教授、加藤登・東海大教授、池田元・八重山漁協組合長代理、西表晋作氏(八重山青年会議所理事)の６名が意見を交わし合いました。山田吉彦・東海大学教授は「島は政府が管理しているが、岩については管理していない。石垣市が岩に建造物を造るなど管理してはどうか」など提言が行われました。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>１月１４日、沖縄県石垣市の市民会館に２００名が集い、石垣市主催の「尖閣諸島開拓の日」記念式典が開催されました。<span id="more-3746"></span><br />
式典の前日から当日にかけて尖閣諸島では、中国の漁業監視船「漁政２０１」が周辺海域を航行し、「われわれの管轄海域で、正当な公務を執行中だ」などと主張。そのような中、石垣市では「尖閣諸島開拓の日」式典が開催され、尖閣諸島が日本固有の領土であり、石垣市の行政区域であることが内外に力強く発信されました。<br />
また全国１８都府県で、「尖閣を守れ！」署名活動が行われました。</p>
<p><a href="http://www.nipponkaigi.org/wp-content/uploads/2012/01/240114ishig-2870.JPG"><img class="alignnone size-full wp-image-3747" title="240114ishig 2870" src="http://www.nipponkaigi.org/wp-content/uploads/2012/01/240114ishig-2870.JPG" alt="240114ishig 2870" width="546" height="336" /></a><br />
石垣市の式典で、石垣市の中山義隆市長は、「尖閣諸島には絶滅危惧種としてレッドデーターブックにも掲載されている貴重な動植物が数多く存在しているが、人為的に持ち込まれたヤギにより生態系が崩され、絶滅の危機がさけばれている。今後、尖閣諸島の本格的な学術調査が必要だ」と指摘。また石垣市が来年からスタートさせる「海洋基本計画」について、前日の13日に有識者を招き第1回策定委員会を開催したことに関して、「政府が平成19年4月に施行した海洋基本計画の理念に基づいて、石垣市は海洋基本計画の策定に着手した。今後、海洋資源の確保・有効活用や、日本の領土領海の堅持に貢献していきたい」と述べられました。最後に、大戦中の昭和20年6月30日に、疎開中の石垣町民180名が米軍機の銃撃を受けて漂流し多数の死者を出した事件について「昭和44年に当時の石垣喜興市長が、魚釣島に上陸して尖閣遭難者の慰霊祭を行ったが、その後今日まで慰霊祭は一度も行われていない。政府には、是非とも御霊に対し心から哀悼の誠を捧げる機会を創出して頂きますよう格段のご配慮をお願いするとともに、本紙の行政区域である尖閣諸島への上陸が実現できるよう本式典を通し再度、上陸の要請を継続していくことを宣言いたします」と決意を表明されました。<br />
式典には、自民党の島尻安伊子参院議員、みんなの党の山内康一衆院議員、「国家主権と国益を守るために行動する議員連盟」座長の原口一博衆院議員（民主党）が来賓として出席されました。<br />
たちあがれ日本代表の平沼赳夫代表からは、祝辞寄せられ、海上警察権強化に向けた法改正の決意が表明されました。</p>
<p><a href="http://www.nipponkaigi.org/wp-content/uploads/2012/01/240114ishigaki_2884.JPG"><img class="alignnone size-full wp-image-3748" title="240114ishigaki_2884" src="http://www.nipponkaigi.org/wp-content/uploads/2012/01/240114ishigaki_2884.JPG" alt="240114ishigaki_2884" width="547" height="368" /></a></p>
<p>続いて、石垣市と八重山青年会議所の共催で開催されたシンポジウム「東シナ海と八重山の振興」が開催されました。シンポジウムでは、コーディネーターに山田吉彦・東海大教授、パネリストに中山義隆・石垣市長、西田浩之氏(海上技術安全研究所主幹)、清野聡子・九州大学准教授、加藤登・東海大教授、池田元・八重山漁協組合長代理、西表晋作氏(八重山青年会議所理事)の６名が意見を交わし合いました。山田吉彦・東海大学教授は「島は政府が管理しているが、岩については管理していない。石垣市が岩に建造物を造るなど管理してはどうか」など提言が行われました。</p>
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		</item>
		<item>
		<title>１/１４石垣市が、「尖閣諸島開拓の日」記念式典・シンポジウムを開催します</title>
		<link>http://www.nipponkaigi.org/activity/archives/3741</link>
		<comments>http://www.nipponkaigi.org/activity/archives/3741#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 13 Jan 2012 11:09:33 +0000</pubDate>
		<dc:creator>nipponkaigi</dc:creator>
				<category><![CDATA[国民運動]]></category>
		<category><![CDATA[安全保障]]></category>
		<category><![CDATA[中国問題]]></category>
		<category><![CDATA[尖閣諸島]]></category>

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		<description><![CDATA[1月14日　石垣市で「尖閣諸島開拓の日」記念式典・シンポジウムが開催されます。
また、記念式典にあわせて「尖閣諸島の開拓の歴史と自然展」も開催され、貴重な写真、資料が多数展示されます。
概要は下記のとおりです。
■「尖閣諸島開拓記念の日」行事
日時：１月１４日（土）１５時～
場所：沖縄県石垣市・市民会館中ホール
１）記念式典　（15時～）
中山義隆市長、来賓からのご挨拶など
主催：石垣市
２）シンポジウム「東シナ海と八重山の振興」（16時～）
コーディネーター：山田吉彦・東海大教授
パネリスト：中山義隆・石垣市長、池田元・八重山漁協組合長代理
西田浩之氏(海上技術安全研究所)、清野聡子・九州大学准教授
加藤登・東海大教授、西表晋作氏(八重山青年会議所)
共催：石垣市、八重山青年会議所
３）「尖閣諸島の開拓の歴史と自然展」
日時：14日から1週間
場所：市民会館・展示ホール
●日本会議では、1月14日に全国各地の街頭で「尖閣を守ろう！」街頭署名活動を行います。
詳細はこちら→　http://www.nipponkaigi.org/opinion/archives/3677
・昨年(平成23年)、石垣市展示場のセレモニー映像や、東京での街頭活動の
映像は、こちら→　http://www.youtube.com/user/nipponkaigi
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>1月14日　石垣市で「尖閣諸島開拓の日」記念式典・シンポジウムが開催されます。<br />
また、記念式典にあわせて「尖閣諸島の開拓の歴史と自然展」も開催され、貴重な写真、資料が多数展示されます。</p>
<p>概要は下記のとおりです。<br />
<strong>■「尖閣諸島開拓記念の日」行事</strong><br />
日時：１月１４日（土）１５時～<br />
場所：沖縄県石垣市・市民会館中ホール</p>
<p><strong>１）記念式典　（15時～）</strong><br />
中山義隆市長、来賓からのご挨拶など<br />
主催：石垣市</p>
<p><strong>２）シンポジウム「東シナ海と八重山の振興」（16時～）</strong><br />
コーディネーター：山田吉彦・東海大教授<br />
パネリスト：中山義隆・石垣市長、池田元・八重山漁協組合長代理<br />
西田浩之氏(海上技術安全研究所)、清野聡子・九州大学准教授<br />
加藤登・東海大教授、西表晋作氏(八重山青年会議所)<br />
共催：石垣市、八重山青年会議所</p>
<p><strong>３）「尖閣諸島の開拓の歴史と自然展」</strong><br />
日時：14日から1週間<br />
場所：市民会館・展示ホール</p>
<p><strong>●日本会議では、1月14日に全国各地の街頭で「尖閣を守ろう！」街頭署名活動を行います。</strong><br />
<a href="http://www.nipponkaigi.org/opinion/archives/3677" target="_blank">詳細はこちら→　http://www.nipponkaigi.org/opinion/archives/3677</a></p>
<p><em><strong>・昨年(平成23年)、</strong></em><em><strong>石垣市展示場のセレモニー映像や、</strong></em><em><strong>東京での街頭活動の<br />
</strong></em><a href="http://www.youtube.com/user/nipponkaigi" target="_blank">映像は、こちら→　http://www.youtube.com/user/nipponkaigi</a></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.nipponkaigi.org/activity/archives/3741/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>１月14日は「尖閣諸島開拓の日」ー全国各地で「尖閣を守ろう！」街頭活動！</title>
		<link>http://www.nipponkaigi.org/opinion/archives/3677</link>
		<comments>http://www.nipponkaigi.org/opinion/archives/3677#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 10 Jan 2012 00:25:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator>nipponkaigi</dc:creator>
				<category><![CDATA[オピニオン]]></category>
		<category><![CDATA[外交]]></category>
		<category><![CDATA[安全保障]]></category>
		<category><![CDATA[中国問題]]></category>
		<category><![CDATA[尖閣諸島]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.nipponkaigi.org/?p=3677</guid>
		<description><![CDATA[●１月14日は、明治28年に尖閣諸島が日本領土に編入された日です。
石垣市は、この日を「尖閣諸島開拓の日」と条例で定めています

尖閣諸島は、今からおよそ１１７年前の明治２８年、わが国政府が国際法に則り領土として編入した日本固有の領土です。この島々はその後、古賀辰四郎氏をはじめ多くの人々の手により開拓され、一時はカツオ節工場などに従事する人々ら２００余名が生活を営んでいました。
尖閣諸島を行政区とする石垣市は、昨年、１月１４日を「尖閣諸島開拓の日」と定め、同市では当日、記念式典や展示会などが開催されます。
（※昨年の式典動画は、このページの最下部をご覧ください。）

●領海を守るための署名運動にご協力を！
尖閣諸島周辺海域は豊かな漁場として知られ、また地下資源にも恵まれ、わが国と沖縄の将来を支える「宝の海」といっても過言ではありません。
しかしながら、中国の国際法を無視した一方的な尖閣諸島に対する領有権主張後、周辺海域では中国漁船による違法操業が常態化し、中国公船による威示行動が行なわれるに至りました。特に一昨年９月の中国漁船衝突事件以来、中国公船までが頻繁に領海侵犯し、領有権を主張するに至りました。
この深刻な事態を打開すべく、一昨年来、尖閣諸島をはじめ我が領土領海を守るための国民署名がスタートし、国民署名は２００万を超え、賛同する国会議員は２５０名を突破しました。政府は今通常国会で領海侵犯などを厳しく取り締まる海上警察権強化の法整備を行うことを明言しています。
１月１４日には、各地で街頭活動が行われます（一覧を下記に掲載）。国民署名にご協力をいただきますようお願い致します。
◎チラシをダウンロード↓↓↓（※下記画像をクリック）

◆「尖閣を守れ！」署名活動・全国統一行動一覧
□東京
日時　１月１４日（土）午後２時～４時
場所　新宿駅西口　小田急デパート前
※情宣カーにて街頭演説、駅前広場にて署名活動
主催　日本会議、日本会議東京都本部、日本会議地方議員連盟
【連絡先】℡０３－３４７６－５６１１（日本会議事務総局）
□宮城
日時　１月１４日（土）午後１時～３時
場所　国道４号線沿い旧佐々重ビル脇、藤崎ファーストタワー脇
（日本協議会宮城県支部　担当・渡辺）
□千葉
日時　１月１４日（土）午後５～６時
場所　市川駅北口
【連絡先】０４３－２６１－３２９３（日本会議千葉・前原）
□神奈川
日時①　１月２２日（日）午後１時～３時
日時②　１月２４日（火）午後１時～３時
場所　ＪＲ相模原駅南口
【連絡先】０９０－９２０１－００３１（日本会議神奈川相模原支部・野田）
□群馬
日時　１月１４日（土）午後１時～３時
場所　ＪＲ高崎駅西口ロータリー
【連絡先】０９０－２５５１－１６１２
□三重
日時　１月１７日（火）午後５時半～６時半
場所　津駅西口
【連絡先】０９０－２３４９－０３９０（担当・松谷）
□大阪
日時　１月１４日（土）午後３時～５時
（当日、雨天で中止の場合には翌15日の同時刻に開催）
場所　なんば高島屋前
【連絡先】０９０－２５９８－６４９７（日本会議大阪・丸山）
■兵庫（詳細・検討中）
日時　１月１４日（土）午後１時半～３時半
場所　神戸市元町・大丸前①西北側・元町商店街入り口側
（※①に先約が有る場合　東北側・三宮神社側）
【連絡先】０７０－５５０８－２５７７（日本会議兵庫県本部・市橋）
０９０－５１６８－１５８０（日本会議兵庫県本部・見野）
■鳥取
日時①　１月１４日（土）午後３～６時
場所　境港駅前
（日本会議鳥取境港支部）
日時②　１月１５日（日）午後１時～４時
場所　倉吉駅前
（日本会議鳥取中部支部）
□愛媛
日時　１月１４日（土）午後１時半～３時
場所　松山市駅前  坊ちゃん広場
【連絡先】０９０－９７７３－１８１６（日本会議愛媛県本部・越智）
□徳島
日時　１月１５日（日）午後１時～３時
場所　ＪＲ徳島駅前（徳島駅とアミコ間のエスカレーター下）
【連絡先】０９０－４９７９－０５０４（担当・倉本）
□高知
日時　１月１４日（土）午後１時半～２時半
場所　高知市中央公園北口
【連絡先】０８８－８２３－４３０４（日本会議高知・福田）
□熊本
日時　１月１４日（土）午後１時～３時
場所　熊本市下通り・ダイエー前
【連絡先】０９６－３２２－７４８４（日本会議熊本・片岡）
□宮崎
日時　１月１４日（土）午後１時～３時
場所　宮崎市・山形屋前
【連絡先】０９８５－７３－８２４１（日本会議宮崎・和田）
■長崎（詳細・検討中）
日時　１月１５日（日）午後５～６時
場所　浜市アーケード旧大丸前
【連絡先】０９５－８２３－９１４０（日本会議長崎・竹下）
□鹿児島県
日時　１月１４日（土）１４時～１５時半
場所　鹿児島市・天文館Ｇ３アーケード内　ナンニチパチンコ店前
【連絡先】０９９－２２５－３５３３（日本会議鹿児島・高橋）
□沖縄
日時　１月１４日（土）午後２時～３時半
場所　沖縄県庁・パレットくもじ前
【連絡先】０９０－６８３１－０９８９（日本会議沖縄県本部・坂本）
※その他、予定している地区がございましたらご連絡ください。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>●１月14日は、明治28年に尖閣諸島が日本領土に編入された日です。<br />
石垣市は、この日を「尖閣諸島開拓の日」と条例で定めています</strong><br />
<span id="more-3677"></span><br />
尖閣諸島は、今からおよそ１１７年前の明治２８年、わが国政府が国際法に則り領土として編入した日本固有の領土です。この島々はその後、古賀辰四郎氏をはじめ多くの人々の手により開拓され、一時はカツオ節工場などに従事する人々ら２００余名が生活を営んでいました。<br />
尖閣諸島を行政区とする石垣市は、昨年、１月１４日を「尖閣諸島開拓の日」と定め、同市では当日、記念式典や展示会などが開催されます。<br />
<em>（※昨年の式典動画は、このページの最下部をご覧ください。）</em><br />
<strong><br />
●領海を守るための署名運動にご協力を！</strong></p>
<p>尖閣諸島周辺海域は豊かな漁場として知られ、また地下資源にも恵まれ、わが国と沖縄の将来を支える「宝の海」といっても過言ではありません。<br />
しかしながら、中国の国際法を無視した一方的な尖閣諸島に対する領有権主張後、周辺海域では中国漁船による違法操業が常態化し、中国公船による威示行動が行なわれるに至りました。特に一昨年９月の中国漁船衝突事件以来、中国公船までが頻繁に領海侵犯し、領有権を主張するに至りました。<br />
この深刻な事態を打開すべく、一昨年来、尖閣諸島をはじめ我が領土領海を守るための国民署名がスタートし、国民署名は２００万を超え、賛同する国会議員は２５０名を突破しました。政府は今通常国会で領海侵犯などを厳しく取り締まる海上警察権強化の法整備を行うことを明言しています。<br />
１月１４日には、各地で街頭活動が行われます（一覧を下記に掲載）。国民署名にご協力をいただきますようお願い致します。</p>
<p><strong>◎チラシをダウンロード↓↓↓（※下記画像をクリック）</strong></p>
<p><a href="http://www.nipponkaigi.org/wp-content/uploads/2012/01/240114senkaku-k-t.pdf" target="_blank"><img class="alignnone size-full wp-image-3678" title="240114senkaku-k-t1" src="http://www.nipponkaigi.org/wp-content/uploads/2012/01/240114senkaku-k-t11.jpg" alt="240114senkaku-k-t1" width="334" height="473" /></a></p>
<p><strong>◆「尖閣を守れ！」署名活動・全国統一行動一覧</strong></p>
<p><strong>□東京</strong><br />
日時　１月１４日（土）午後２時～４時<br />
場所　新宿駅西口　小田急デパート前<br />
※情宣カーにて街頭演説、駅前広場にて署名活動<br />
主催　日本会議、日本会議東京都本部、日本会議地方議員連盟<br />
【連絡先】℡０３－３４７６－５６１１（日本会議事務総局）</p>
<p><strong>□宮城</strong><br />
日時　１月１４日（土）午後１時～３時<br />
場所　国道４号線沿い旧佐々重ビル脇、藤崎ファーストタワー脇<br />
（日本協議会宮城県支部　担当・渡辺）</p>
<p><strong>□千葉</strong><br />
日時　１月１４日（土）午後５～６時<br />
場所　市川駅北口<br />
【連絡先】０４３－２６１－３２９３（日本会議千葉・前原）</p>
<p><strong>□神奈川</strong><br />
日時①　１月２２日（日）午後１時～３時<br />
日時②　１月２４日（火）午後１時～３時<br />
場所　ＪＲ相模原駅南口<br />
【連絡先】０９０－９２０１－００３１（日本会議神奈川相模原支部・野田）</p>
<p><strong>□群馬</strong><br />
日時　１月１４日（土）午後１時～３時<br />
場所　ＪＲ高崎駅西口ロータリー<br />
【連絡先】０９０－２５５１－１６１２</p>
<p><strong>□三重</strong><br />
日時　１月１７日（火）午後５時半～６時半<br />
場所　津駅西口<br />
【連絡先】０９０－２３４９－０３９０（担当・松谷）</p>
<p><strong>□大阪</strong><br />
日時　１月１４日（土）午後３時～５時<br />
（当日、雨天で中止の場合には翌15日の同時刻に開催）<br />
場所　なんば高島屋前<br />
【連絡先】０９０－２５９８－６４９７（日本会議大阪・丸山）</p>
<p><strong>■兵庫</strong>（詳細・検討中）<br />
日時　１月１４日（土）午後１時半～３時半<br />
場所　神戸市元町・大丸前①西北側・元町商店街入り口側<br />
（※①に先約が有る場合　東北側・三宮神社側）<br />
【連絡先】０７０－５５０８－２５７７（日本会議兵庫県本部・市橋）<br />
０９０－５１６８－１５８０（日本会議兵庫県本部・見野）</p>
<p><strong>■鳥取</strong><br />
日時①　１月１４日（土）午後３～６時<br />
場所　境港駅前<br />
（日本会議鳥取境港支部）</p>
<p>日時②　１月１５日（日）午後１時～４時<br />
場所　倉吉駅前<br />
（日本会議鳥取中部支部）</p>
<p><strong>□愛媛</strong><br />
日時　１月１４日（土）午後１時半～３時<br />
場所　松山市駅前  坊ちゃん広場<br />
【連絡先】０９０－９７７３－１８１６（日本会議愛媛県本部・越智）</p>
<p><strong>□徳島</strong><br />
日時　１月１５日（日）午後１時～３時<br />
場所　ＪＲ徳島駅前（徳島駅とアミコ間のエスカレーター下）<br />
【連絡先】０９０－４９７９－０５０４（担当・倉本）</p>
<p><strong>□高知</strong><br />
日時　１月１４日（土）午後１時半～２時半<br />
場所　高知市中央公園北口<br />
【連絡先】０８８－８２３－４３０４（日本会議高知・福田）</p>
<p><strong>□熊本</strong><br />
日時　１月１４日（土）午後１時～３時<br />
場所　熊本市下通り・ダイエー前<br />
【連絡先】０９６－３２２－７４８４（日本会議熊本・片岡）</p>
<p><strong>□宮崎</strong><br />
日時　１月１４日（土）午後１時～３時<br />
場所　宮崎市・山形屋前<br />
【連絡先】０９８５－７３－８２４１（日本会議宮崎・和田）</p>
<p><strong>■長崎</strong>（詳細・検討中）<br />
日時　１月１５日（日）午後５～６時<br />
場所　浜市アーケード旧大丸前<br />
【連絡先】０９５－８２３－９１４０（日本会議長崎・竹下）</p>
<p><strong>□鹿児島県</strong><br />
日時　１月１４日（土）１４時～１５時半<br />
場所　鹿児島市・天文館Ｇ３アーケード内　ナンニチパチンコ店前<br />
【連絡先】０９９－２２５－３５３３（日本会議鹿児島・高橋）</p>
<p><strong>□沖縄</strong><br />
日時　１月１４日（土）午後２時～３時半<br />
場所　沖縄県庁・パレットくもじ前<br />
【連絡先】０９０－６８３１－０９８９（日本会議沖縄県本部・坂本）</p>
<p>※その他、予定している地区がございましたらご連絡ください。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>[報告]日本会議大阪女性の会　「陸上自衛隊第３師団」に千羽鶴と色紙を持参</title>
		<link>http://www.nipponkaigi.org/activity/archives/3667</link>
		<comments>http://www.nipponkaigi.org/activity/archives/3667#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 24 Dec 2011 04:39:25 +0000</pubDate>
		<dc:creator>nipponkaigi</dc:creator>
				<category><![CDATA[国民運動]]></category>
		<category><![CDATA[女性]]></category>
		<category><![CDATA[東日本大震災]]></category>
		<category><![CDATA[自衛隊]]></category>

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		<description><![CDATA[日本会議大阪女性の会では、日本女性の会の呼びかけに応じて、この度の東日本大震災に於ける自衛隊の皆様の救援活動に対して、１１月１６日、感謝と激励の５千羽の折鶴と、５枚の寄せ書きの色紙を女性の会メンバー６名で、伊丹市の陸上自衛隊第３師団に持参しました。

私達のために特別に編集してくださった、地震・津波・原発の被害の状況や、自衛隊の活動等ついて、スクリーンの映像を見ながら中村広報室長より、ご説明頂きました。この第３師団からも約５００名の隊員が、「入浴・給水・給食・衛生の各支援、行方不明者の捜索」の任務で派遣されたが、派遣された隊員５名（女性２名を含む）の方達と親しく懇談させて頂きました。
隊員の皆さんからは、被災から数カ月は経っているものの、いまだ厳しい生活環境の中にあり、それでも真摯な態度で触れられることや、両親を亡くしながらも「ありがとう」と明るく接してくれる子どもの姿に、自分の方が反対に元気をもらったことなど、感動的なお話しを伺いました。
千羽鶴と色紙の贈呈式が済み、中村室長は謝辞の最後を「しかし、私たちの任務は国を守ることです。」と力強い言葉で締めくくられました。
今、私たちの平和で穏やかな日々の暮らしは、自衛隊の方々が自らの命を懸けて日夜、国の安全を守って頂いているお陰であると感謝の心で一杯になった。自衛隊の方々の志を無にしないためにも、そして、自分の国は自分で守るためにも、１日も早く憲法を改正し、自衛隊を軍隊にしなければならない。こよなく愛する日本の「美しい誇りある国づくり」に向けて、自分達も為すべきことを一歩、一歩為してゆこうと誓いました。
翌日、早速お礼のお言葉と、記念の写真をメールにてお送り頂いたが、そこに添えられた大和魂ここにありの言葉をご紹介いたします。
「第３師団は、皆様の信頼に応えるべく、いつ如何なる任務にも即応できる部隊を目指し更に精進を重ねていく所存であります。」
（日本会議大阪女性の会）

]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>日本会議大阪女性の会では、日本女性の会の呼びかけに応じて、この度の東日本大震災に於ける自衛隊の皆様の救援活動に対して、１１月１６日、感謝と激励の５千羽の折鶴と、５枚の寄せ書きの色紙を女性の会メンバー６名で、伊丹市の陸上自衛隊第３師団に持参しました。<span id="more-3667"></span><a href="http://www.nipponkaigi.org/wp-content/uploads/2011/12/231116osakajosei9981.JPG"></p>
<p><img class="alignnone size-full wp-image-3668" title="231116osakajosei9981" src="http://www.nipponkaigi.org/wp-content/uploads/2011/12/231116osakajosei9981.JPG" alt="231116osakajosei9981" width="500" height="281" /></a></p>
<p>私達のために特別に編集してくださった、地震・津波・原発の被害の状況や、自衛隊の活動等ついて、スクリーンの映像を見ながら中村広報室長より、ご説明頂きました。この第３師団からも約５００名の隊員が、「入浴・給水・給食・衛生の各支援、行方不明者の捜索」の任務で派遣されたが、派遣された隊員５名（女性２名を含む）の方達と親しく懇談させて頂きました。</p>
<p>隊員の皆さんからは、被災から数カ月は経っているものの、いまだ厳しい生活環境の中にあり、それでも真摯な態度で触れられることや、両親を亡くしながらも「ありがとう」と明るく接してくれる子どもの姿に、自分の方が反対に元気をもらったことなど、感動的なお話しを伺いました。</p>
<p>千羽鶴と色紙の贈呈式が済み、中村室長は謝辞の最後を「しかし、私たちの任務は国を守ることです。」と力強い言葉で締めくくられました。</p>
<p>今、私たちの平和で穏やかな日々の暮らしは、自衛隊の方々が自らの命を懸けて日夜、国の安全を守って頂いているお陰であると感謝の心で一杯になった。自衛隊の方々の志を無にしないためにも、そして、自分の国は自分で守るためにも、１日も早く憲法を改正し、自衛隊を軍隊にしなければならない。こよなく愛する日本の「美しい誇りある国づくり」に向けて、自分達も為すべきことを一歩、一歩為してゆこうと誓いました。</p>
<p>翌日、早速お礼のお言葉と、記念の写真をメールにてお送り頂いたが、そこに添えられた大和魂ここにありの言葉をご紹介いたします。<br />
「第３師団は、皆様の信頼に応えるべく、いつ如何なる任務にも即応できる部隊を目指し更に精進を重ねていく所存であります。」</p>
<p>（日本会議大阪女性の会）</p>
<p><a href="http://www.nipponkaigi.org/wp-content/uploads/2011/12/231116osakajosei9395.JPG"><img class="alignnone size-full wp-image-3672" title="231116osakajosei9395" src="http://www.nipponkaigi.org/wp-content/uploads/2011/12/231116osakajosei9395.JPG" alt="231116osakajosei9395" width="400" height="225" /></a></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.nipponkaigi.org/activity/archives/3667/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>[報告]日本女性の会１０周年記念「東日本大震災チャリティー講演会」、1800名参集のもと開催</title>
		<link>http://www.nipponkaigi.org/activity/archives/3657</link>
		<comments>http://www.nipponkaigi.org/activity/archives/3657#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 17 Dec 2011 09:47:25 +0000</pubDate>
		<dc:creator>nipponkaigi</dc:creator>
				<category><![CDATA[国民運動]]></category>
		<category><![CDATA[女性]]></category>
		<category><![CDATA[東日本大震災]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.nipponkaigi.org/?p=3657</guid>
		<description><![CDATA[「女性も元気に国づくり人づくり」を合い言葉に、家庭の価値を再評価し、子供に夢と誇りを与える教育の実現を目指して活動してきた「日本女性の会」が、設立より１０周年を迎えました。１２月８日、東京・明治神宮会館には、１8００名の人々が集い、日本女性の会１０周年記念「東日本大震災チャリティー講演会」が盛大に開催されました（記念講演：財団法人小野田自然塾理事長の小野田寛郎氏）。

第１部｢設立10周年記念式典｣では、国歌斉唱の後、東日本大震災の犠牲者に黙祷を捧げ、３月16日ご発表の「東日本大震災に際する天皇陛下のおことば」を拝聴しました。
国会議員、各種団体代表、日本会議・日本女性の会役員・女性の支部の会長らが参列されるなか、三好達日本会議会長が代表してご挨拶されました。

三好会長は、「大震災以後、有識者やマスコミが人と人との絆について色々と述べているが、本当の絆とは人工的に作り出せるものではなく、健全な家庭と教育によって自ずから醸し出され強固になっていくものだ。当面の運動目標としていた、選択的夫婦別姓の阻止と教育基本法の改正については、日本女性の会が５周年を迎えた平成１８年に教育基本法が全面改正され、夫婦別姓制度についても皆様のお力により今日まで導入を押しとどめている。しかし推進勢力は以前として強力であり、決して油断をせず、監視を怠ってはならない。内政においても外国人地方参政権の問題や選択的夫婦別姓制度導入問題だけではなく、皇室典範にかかわる問題、国立追悼施設建設の問題、人権救済機関設置の問題など、ど、現政権・与党はとんでもないことをしてしまう危険がある。日本女性の会の皆さん、そして支援していただいてる皆さんがこれからも力を尽くして頑張って頂かなければ日本は危うい。国民の覚醒を促し、ご先祖様から受け継いだ国を、誇るべき国として子々孫々に引き継いでいくために、皆様いっしょに頑張ろうではありませんか」とエールを送られました。

主催者の日本女性の会・小野田町枝会長は「日本女性の会は、平成13年に結成され、夫婦別姓反対に立ちあがった。日本の家族の絆を破壊する夫婦別姓反対運動は全国に広がり、昨年平成22年、東京ビックサイトで２５２万名の反対署名を積み上げ反対の大集会を展開。私達の勢いに政府も法案提出を諦め、私達は勝利したのです。しかし、現政権では油断は許されません」と述べ、また、「大震災から9カ月が経ち、厳しい冬を迎える中で被災者の人達がたくましく生きている姿を見て心が打たれた。私も南三陸町に行って津波にさらわれた町の姿を見た時には、涙が止まりませんでした。微力ながら復興に役立ちたいと誓った。
会長に就任して5年。役員と共に全国を隈無く歩き、現在39支部に拡大したのは全国の皆様の暖かい情熱の賜です。
今の日本には、子供は国の宝という基本的な考え方が欠けている。次代を担う子供たちをたくましく、健やかに育てるのは女性の力、母親の愛情。女性は子供を宿し、生み育てるという神様から与えられた特権があります。子供たちや男性に勇気を奮い起こさせる魔法の力も持っています。その魔法の力で、家庭や地域社会で良い家庭を作るのが「誇りある国づくり」で、それが日本女性の会の役割です。
大きな国難の時ほど気高い女性の力が必要。日本国が栄え、さらに誇り高い国になってほしいという一念で会長をお引き受けしていますが、皆様、共に力を合わせて良い国を作ろうではありませんか」と挨拶されました。

第２部では、「極限を生きて～国のありがたさ～」と題して、(財)小野田自然塾理事長の小野田寛郎氏が講演されました。
小野田氏は始めに「本日12月8日は今から70年前に開戦の詔勅日。当時19歳で商社に勤務していたが、あと一年経ったら自分も戦争に行くのだと思った。非常に記憶に新しい」と述べ、フィリピンのルバング島で29年間戦い続けることになった経緯について詳しくお話しされました。小野田氏は、「『戦争は終わった。銃を捨てて出て来い。必ず命は保証されている』と呼びかけられたが、（朝鮮戦争やベトナム戦争で）自分の上空を米戦闘機が飛び、軍艦もたくさん見ていたので、戦争が終わっていないと思った。大東亜の安定を目的に戦っていたので、たとえ日本が占領されも、あくまでその目的に立って戦争を続けていると考えていた。『各民族をして所を得しむる』のが目的であり、あくまで大東亜の安定のために戦っていた。戦い続けたのは、負けたくなかったから。また任務を任されたのに、見かけ倒しだった、見損なったなどと言われるのがいやだった。途中で敵に倒されてなるものかと思っていた」と島で戦い続けた思いを語られました。
また「フィリピンの島で敵中で油断も隙も無い中で２９年３カ月戦ったが、本当に安心できるのは自分の母国しかない。父国という言葉はないが母国という言葉はある。家の中心になって子供を育てていくのは母親。母親が一番の団結力の中心になる。女性が一番の原点であり、家、国が出来ている。
日本が負けて残念だったが、経済的にだけは成長した。しかし、その間、随分置き忘れたものがある。一番置き忘れたものは、自由・権利のもとに、団結力・家がおろそかになっている。戦争が始まった時から今まで生きていた者が、一番変わったと思うのは、各家庭における団結力。そして国が無ければ生きていけない。それをすっかり忘れている。先祖から受け継いできた者を子孫につなぐために私達は生きている。自然も後世のためのものであって私のものではない」とお話しされました。会場からは大きな拍手が沸き起こりました。
講演後、小野田氏に、日本女性の会の代表から、また佐賀県から会場に駆けつけた陸軍中野学校の後輩（８８歳）からの花束が贈呈された。

その後、日本女性の会の有志による合唱・日本の歌「金剛石」「日本」「ふるさと」のコーラスが行われ、最後に日本女性の会・安元百合子代表委員より閉会の挨拶がなされました。
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			<content:encoded><![CDATA[<p>「女性も元気に国づくり人づくり」を合い言葉に、家庭の価値を再評価し、子供に夢と誇りを与える教育の実現を目指して活動してきた「日本女性の会」が、設立より１０周年を迎えました。１２月８日、東京・明治神宮会館には、１8００名の人々が集い、日本女性の会１０周年記念「東日本大震災チャリティー講演会」が盛大に開催されました（記念講演：財団法人小野田自然塾理事長の小野田寛郎氏）。<span id="more-3657"></span><br />
<a href="http://www.nipponkaigi.org/wp-content/uploads/2011/12/231208jyo10-0.jpg"><img class="alignnone size-full wp-image-3659" title="231208jyo10 (0)" src="http://www.nipponkaigi.org/wp-content/uploads/2011/12/231208jyo10-0.jpg" alt="231208jyo10 (0)" width="600" height="386" /></a></p>
<p>第１部｢設立10周年記念式典｣では、国歌斉唱の後、東日本大震災の犠牲者に黙祷を捧げ、３月16日ご発表の「東日本大震災に際する天皇陛下のおことば」を拝聴しました。<br />
国会議員、各種団体代表、日本会議・日本女性の会役員・女性の支部の会長らが参列されるなか、三好達日本会議会長が代表してご挨拶されました。</p>
<p><a href="http://www.nipponkaigi.org/wp-content/uploads/2011/12/231208jyo10-1.jpg"><img class="alignnone size-full wp-image-3660" title="231208jyo10 (1)" src="http://www.nipponkaigi.org/wp-content/uploads/2011/12/231208jyo10-1.jpg" alt="231208jyo10 (1)" width="267" height="301" /></a><br />
三好会長は、「大震災以後、有識者やマスコミが人と人との絆について色々と述べているが、本当の絆とは人工的に作り出せるものではなく、健全な家庭と教育によって自ずから醸し出され強固になっていくものだ。当面の運動目標としていた、選択的夫婦別姓の阻止と教育基本法の改正については、日本女性の会が５周年を迎えた平成１８年に教育基本法が全面改正され、夫婦別姓制度についても皆様のお力により今日まで導入を押しとどめている。しかし推進勢力は以前として強力であり、決して油断をせず、監視を怠ってはならない。内政においても外国人地方参政権の問題や選択的夫婦別姓制度導入問題だけではなく、皇室典範にかかわる問題、国立追悼施設建設の問題、人権救済機関設置の問題など、ど、現政権・与党はとんでもないことをしてしまう危険がある。日本女性の会の皆さん、そして支援していただいてる皆さんがこれからも力を尽くして頑張って頂かなければ日本は危うい。国民の覚醒を促し、ご先祖様から受け継いだ国を、誇るべき国として子々孫々に引き継いでいくために、皆様いっしょに頑張ろうではありませんか」とエールを送られました。</p>
<p><a href="http://www.nipponkaigi.org/wp-content/uploads/2011/12/231208jyo10-5.jpg"><img class="alignnone size-full wp-image-3661" title="231208jyo10 (5)" src="http://www.nipponkaigi.org/wp-content/uploads/2011/12/231208jyo10-5.jpg" alt="231208jyo10 (5)" width="267" height="325" /></a><br />
主催者の日本女性の会・小野田町枝会長は「日本女性の会は、平成13年に結成され、夫婦別姓反対に立ちあがった。日本の家族の絆を破壊する夫婦別姓反対運動は全国に広がり、昨年平成22年、東京ビックサイトで２５２万名の反対署名を積み上げ反対の大集会を展開。私達の勢いに政府も法案提出を諦め、私達は勝利したのです。しかし、現政権では油断は許されません」と述べ、また、「大震災から9カ月が経ち、厳しい冬を迎える中で被災者の人達がたくましく生きている姿を見て心が打たれた。私も南三陸町に行って津波にさらわれた町の姿を見た時には、涙が止まりませんでした。微力ながら復興に役立ちたいと誓った。<br />
会長に就任して5年。役員と共に全国を隈無く歩き、現在39支部に拡大したのは全国の皆様の暖かい情熱の賜です。<br />
今の日本には、子供は国の宝という基本的な考え方が欠けている。次代を担う子供たちをたくましく、健やかに育てるのは女性の力、母親の愛情。女性は子供を宿し、生み育てるという神様から与えられた特権があります。子供たちや男性に勇気を奮い起こさせる魔法の力も持っています。その魔法の力で、家庭や地域社会で良い家庭を作るのが「誇りある国づくり」で、それが日本女性の会の役割です。<br />
大きな国難の時ほど気高い女性の力が必要。日本国が栄え、さらに誇り高い国になってほしいという一念で会長をお引き受けしていますが、皆様、共に力を合わせて良い国を作ろうではありませんか」と挨拶されました。</p>
<p><a href="http://www.nipponkaigi.org/wp-content/uploads/2011/12/231208jyo10-6.jpg"><img class="alignnone size-full wp-image-3662" title="231208jyo10 (6)" src="http://www.nipponkaigi.org/wp-content/uploads/2011/12/231208jyo10-6.jpg" alt="231208jyo10 (6)" width="278" height="327" /></a><br />
第２部では、「極限を生きて～国のありがたさ～」と題して、(財)小野田自然塾理事長の小野田寛郎氏が講演されました。<br />
小野田氏は始めに「本日12月8日は今から70年前に開戦の詔勅日。当時19歳で商社に勤務していたが、あと一年経ったら自分も戦争に行くのだと思った。非常に記憶に新しい」と述べ、フィリピンのルバング島で29年間戦い続けることになった経緯について詳しくお話しされました。小野田氏は、「『戦争は終わった。銃を捨てて出て来い。必ず命は保証されている』と呼びかけられたが、（朝鮮戦争やベトナム戦争で）自分の上空を米戦闘機が飛び、軍艦もたくさん見ていたので、戦争が終わっていないと思った。大東亜の安定を目的に戦っていたので、たとえ日本が占領されも、あくまでその目的に立って戦争を続けていると考えていた。『各民族をして所を得しむる』のが目的であり、あくまで大東亜の安定のために戦っていた。戦い続けたのは、負けたくなかったから。また任務を任されたのに、見かけ倒しだった、見損なったなどと言われるのがいやだった。途中で敵に倒されてなるものかと思っていた」と島で戦い続けた思いを語られました。<br />
また「フィリピンの島で敵中で油断も隙も無い中で２９年３カ月戦ったが、本当に安心できるのは自分の母国しかない。父国という言葉はないが母国という言葉はある。家の中心になって子供を育てていくのは母親。母親が一番の団結力の中心になる。女性が一番の原点であり、家、国が出来ている。<br />
日本が負けて残念だったが、経済的にだけは成長した。しかし、その間、随分置き忘れたものがある。一番置き忘れたものは、自由・権利のもとに、団結力・家がおろそかになっている。戦争が始まった時から今まで生きていた者が、一番変わったと思うのは、各家庭における団結力。そして国が無ければ生きていけない。それをすっかり忘れている。先祖から受け継いできた者を子孫につなぐために私達は生きている。自然も後世のためのものであって私のものではない」とお話しされました。会場からは大きな拍手が沸き起こりました。<br />
講演後、小野田氏に、日本女性の会の代表から、また佐賀県から会場に駆けつけた陸軍中野学校の後輩（８８歳）からの花束が贈呈された。</p>
<p><a href="http://www.nipponkaigi.org/wp-content/uploads/2011/12/231208jyo10-8.jpg"><img class="alignnone size-full wp-image-3663" title="231208jyo10 (8)" src="http://www.nipponkaigi.org/wp-content/uploads/2011/12/231208jyo10-8.jpg" alt="231208jyo10 (8)" width="559" height="282" /></a><br />
その後、日本女性の会の有志による合唱・日本の歌「金剛石」「日本」「ふるさと」のコーラスが行われ、最後に日本女性の会・安元百合子代表委員より閉会の挨拶がなされました。</p>
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		<title>【東京都】2/11　建国記念の日　奉祝中央式典</title>
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		<pubDate>Sun, 11 Dec 2011 14:59:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator>nipponkaigi</dc:creator>
				<category><![CDATA[イベント案内]]></category>
		<category><![CDATA[関東]]></category>
		<category><![CDATA[皇室]]></category>

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		<description><![CDATA[建国記念の日　奉祝記念行事
と　き：２月１１日（土）１３時～１５時
ところ：明治神宮会館（東京都渋谷区代々木神園町１－１　明治神宮内）
●奉祝記念行事
第１部：奉祝中央式典
第２部：奉祝神楽上演（高千穂の夜神楽）
◇参加方法：いずれかの方法でご入場下さい。
１．事前に「チケットぴあ」で入場整理券（大人1000円）を購入。
２．当日受付にて入場料（大人1000円）を支払う。
●奉祝パレード
と　き：２月１１日（土）１０時～午後０時３０分
ところ：原宿表参道周辺（明治公園～外苑西通り～青山通り～表参道～明治神宮）
主催：日本の建国を祝う会
［問合せ］０３－３３７９－８０１９
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>建国記念の日　奉祝記念行事</strong></p>
<p>と　き：２月１１日（土）１３時～１５時<br />
ところ：明治神宮会館（東京都渋谷区代々木神園町１－１　明治神宮内）</p>
<p><strong>●奉祝記念行事</strong><br />
第１部：奉祝中央式典<br />
第２部：奉祝神楽上演（高千穂の夜神楽）</p>
<p>◇参加方法：いずれかの方法でご入場下さい。<br />
１．事前に「チケットぴあ」で入場整理券（大人1000円）を購入。<br />
２．当日受付にて入場料（大人1000円）を支払う。</p>
<p><strong>●奉祝パレード</strong><br />
と　き：２月１１日（土）１０時～午後０時３０分<br />
ところ：原宿表参道周辺（明治公園～外苑西通り～青山通り～表参道～明治神宮）</p>
<p>主催：日本の建国を祝う会<br />
［問合せ］０３－３３７９－８０１９</p>
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