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歴史 ─ 悠久の歴史と先人の歩みに学ぶ
「世界に生きる神武建国」
名越二荒之助(『日韓2000年の真実』著者)

『日本の息吹』平成8年2月号掲載

日本の教科書には出て来ない日本神話の神々の物語−。ところが、何とアメリカやフィリピンの教科書には堂々と登場しているではないか!!


名越 二荒之助  高千穂商科大学講師


■ 日本は独立国か―建国のいわれが語られない

 アメリカのビル・トッテン氏は『目を覚ませ、お人好しの日本』(ごま書房)という本を書いている。その彼は昨年の十二月の始めに都内で講演した時、「アジア諸国はすべて独立したが、その中で唯一つまだ独立していない国がある。それは日本だ」と言っていた。
 「日本は独立国でない」と言われれば、我々はすぐ、@極東裁判史観から脱却できず、日本を犯罪国家のように見ているとか、A外国製の欠陥憲法を今も有難がっているとか、B天皇陛下が靖國神社に参拝して頂くことのできない国情とか、C中・韓の圧力に屈して大臣の首がすげ替えられるとか、挙げ出したらきりがないが、トッテン氏は独立できない日本の体質的な病根を指摘するのである。本号は建国記念の日に関連することに触れてみたい。

 我らの祖国・日本という国は、どんな経過をたどり、どんな精神をもって創建されたのであろうか。太古の昔に形成された国のエキス(天皇と神道)が、成熟しながら現代にまで続いている国は、世界の中で日本しかない。なぜそうなのか。その数奇ともいうべき原点を確認するのが、建国記念の日の意義ではないか。
 ところが二月十一日になると、マスコミは「魏志倭人伝」というシナ製の歴史書を下敷きにした報道やら、考古学による古代の調査を紹介する。文部省の歴史教科書でも、邪馬台国・卑弥呼は出てくるが、高天原や天照大神・神武天皇は出てこない。現代は考古学が盛んであって、教科書もページを割いている。しかし考古学は、いわば歴史の補助学であって、生活史に過ぎない。古代人の衣食住のことは判るが、我々の祖先の信仰や芸術、思想の世界は判らない。我々の祖国は、ポツンと何の前ぶれもなく出来あがったのではない。そこには民族の苦難があり、ドラマがあり、それを表現する歌声も起った。それらを知るには、古事記・日本書紀によるしかない。

■ グリフィス博士とアメリカ教科書への驚き

アメリカの世界史教科書に登場する
イザナギ・イザナミの国生み神話の絵

 幕末に福井薄の松平春獄から招かれて来日したアメリカ人にW・E・グリフィス博士(一八四三〜一九二八)がいる。彼は南北戦争に参加した後に、来日したので、明治維新を目撃した。明治維新の成果が余りにも見事なのに驚き、その原因を研究し、『ミカドの帝国 THE MIKADO EMPIRE』という大著を著した。この中で彼は、「明治維新の成功の原因はミカド主義にあり、日本では建国する前から、ミカド主義があった」というのである。一般に建国されてから、天皇中心主義が形成されたと思い勝ちだが、彼は天皇への信仰的帰依が先にあったから、神武建国に成功したと見るのである。
 私はグリフィスの着眼に驚いたばかりではない。アメリカの世界史教科書(Afro-Asia World,HISTORY&LIFE等、中等教育用)を見て、更に驚いたのである。これらの教科書は「日本概説」の章で、伊邪那岐・伊邪那美二柱の神の国生み神話の絵(ボストン美術館所蔵)を載せ、建国の由来を古事記・日本書紀に基いて書いている。両神による国生み、太陽の女神・天照大神、三種の神器、瓊瓊杵尊の天孫降臨、神武建国、二月十一日、万世一系、最古の王朝、というように、日本の教科書が触れていない事柄ばかりで書かれている。もちろん邪馬台国や卑弥呼は出てこない。ある教科書には、「大日本ハ神国也」に始まる神皇正統記の冒頭を紹介しており、三種の神器の由来や神道の起源はどの教科書も触れている。(詳しくは拙著『世界に生きる日本の心』展転社刊、参照)
 占領政策では、天孫降臨のような実証できない神話を教えることを禁じた。日本はその指示を今も忠実に守っているのに、アメリカはそれを無視しているのである。アメリカは日米戦争が始まる前から、日本の本質について研究を深めていたから、日本についても、ここまで書けるのであろうか。そう思っていたら、フィリピンの教科書『アジア史』(一九九一年刊)も、日本の古代史を語るに当たって、アメリカと大同小異なのである。

■ 昭和天皇の崩御と神話の復活
   −注目すべきフィリピンの教科書−

 特にフィリピンの教科書で驚くのは、昭和天皇の御大喪の写真を冒頭に掲げているのである。その写真には、「多くの日本人は、ヒロヒト天皇の死を嘆き悲しんだ」とキャプションをつけている。そしてなぜかくも多くの日本人が悲しんだかを、古事記・日本書紀から説くのである。
 「日本には、太古の重要な伝承をまとめた『コジキ』(七一二年)と、日本の歴史書である『ニホンギ』(七二〇年)という二つの本があった。この二つの本は日本の起源を明らかにしている。言い伝えによれば、イザナギという神とイザナミという女神が、日本(国土と神々)を産んだ。彼らの子供の一人のアマテラスという太陽の女神は、孫のニニギに、天降って日本を統治するように伝えた。ニニギは統治のための三つのシンボルを持って出かけた。三つのシンボルとは、太陽の女神の象徴である鏡と、劔と真珠のネックレスである。この三つは、現在までこの国を統治するシンボルとなっている。
 ニニギの孫である天の子・神武天皇は、ヤマト国を建設し、初代の天皇となった。それ以来日本人は、天皇を神聖な人と崇めるようになった。ところがこの信仰は、ヒロヒト天皇が第二次大戦に負けた時だけ中断した。しかしヒロヒト天皇が亡くなった時、多くの日本人は嘆き悲しんだ。かくして、天皇を神聖視する心の甦りが起った。少数だったが、天の子の使者の死と受けとめた人もいた。かくして、君主国の伝統は現在も日本に生きているのである」
 以上は私の直訳だし、読者の中には、この記述に物足らない方もあろうが、日本の現行教科書やマスコミの動向に較べて、我国本来の姿に触れようとしているではないか。ついでに紹介しておけば、この教科書は、日本の国歌・君が代の意味についても、正しく書いている。君が代は歌っても、意味が定まらない我が国としては、参考になる。
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 平成元年から、ソ連を中心とするイデオロギー国家が、次々に崩壊した。これらの国々には、それぞれ伝統への回帰現象が起りつつある。ポーランドを除く旧ソ連・東欧諸国には、皆帝政復活の動きがある。まだ経済の混乱から脱しきれず、正常な国体の誕生までには至っていない。我が国も占領の病巣を今も抱えていて、正常な独立国とは言えない。平成八年は、七転びから八起きする末広がりの年たらしめたい。日本真姿顕現元年を目指して…。