『日本の息吹』平成9年2月号掲載
神武天皇とはいかなるご存在か―。神話に描かれた神武天皇像に迫る。
高森 明勅
國學院大學文学部講師
たかもり あきのり 昭和32年、岡山県生まれ。國學院大學文学部卒。同大学院博士課程、日本文化研究所研究員を経て現職。専攻は神道古典・祭祀研究。著書に『天皇と民の大嘗祭』、近刊に『歴史から見た日本文明』
■ 建国への回想
日本人は古くから、時代の大きな危機や困難に直面したり、新しい社会の飛躍を目指そうとする時、日本の原点、建国のいにしえに思いを馳せ、そこから歴史を越えた理念やメッセージをつかみ出し、これを未来開拓の力強い原動力としてきました。
古代東アジアの激動のさなかに、国内における王権の衰微と豪族層の専権、人民の窮乏化などを克服しつつ、わが国ではじめての統一国家形成に乗り出した大化改新、封建社会を脱却して対外的な主権を確立すべく、近代文明国家の建設をすすめた明治維新などは、そのよい例です。
建国への回想の深さが、そのまま現状を超克する壮大な構想につながったのです。
現下のわが国のいびつな姿を是正する為には、そうした民族の知恵に真撃に学ぶことが大切でしょう。
■ 古伝の大切さ
戦前の尋常小学校教科書に描かれた神武天皇
日本のはじめは、わが国の最初の「天皇」とされる神武天皇の建国にあるというのが、古典・古文献の共通一致した伝えです。現今の学界では、かかる古伝を無造作に否定しようとする傾向が顕著ですが、神武天皇の非実在が学問的に証明されたわけではありません。
むしろ『古事記』『日本書紀』などに見える神武天皇をめぐる伝承の原型は、予想以上に古いのです。細部はともかく、その骨格は西暦四世紀以前にさかのぼり、日本列島における文字文化の移入と活用の実情についての最近の知見も考え合わせると、大和王権が生まれた奈良の地に政治拠点を打ち立てた初期のリーダーについての古伝承が、早くから文字化されていた可能性も一概には否定できません。
いずれにしても、建国の始祖がいらっしゃったことは確かな事実です。それは遥か速い昔のことで、その方のことをいつの頃からかカムヤマトイワレビコノミコトと申し上げてきたのです。大化改新の頃には「始治国皇祖(はつくにしらししすめみおや)」という呼び方もあったし、『日本書紀』にもさまざまな呼称が載せられています。「神武天皇」という漢風諡号(かんぷうしごう)は、八世紀後半になって淡海三船(おうみのみふね)なる人物が、天皇の勅をこうむって撰進したものです。
建国の始祖をめぐる物語が、長い歳月にわたって伝えられてゆく間に、また『帝紀』や『古事記』『日本書紀』といった書物に収められる際に、いろいろと展開し、新しく付け加えられた部分もあることはもとよりでしょう。しかしむしろそこに、上古の人々の天皇観や国家理想が託され、集約されていると見るべきです。そこに潤色や誇張はあっても、まったくの架空として否定するのは妥当ではありません。
とくに『記』『紀』は古代統一国家確立の時代に、その国家意志を担って成立した古典ですから、そこに描かれた神武天皇像には、深い理想や信仰が込められていると言えましょう。
■ 神武天皇の神話的な位置
神武天皇に至る神々の系譜
―『歴史から見た日本文明』
(展転社刊)より
『記』『紀』に描かれた神武天皇の物語は、有能・強力な戦闘的軍事的リーダーによる一方的な勝利や征圧を強調するものではありません。むしろ「天上の神々の世界に由来する神聖な権威をおびたリーダーの敢闘と、そのもとへの在地勢カの自発的な帰順」を語るのが、そのモチーフになっています。
これは近年、古代史学者の中から、大和王権による国内統一の過程において、大規模な軍事的征圧が行われた形跡がないことを重視し、在地の豪族・首長層が自発的に王権のもとに結集して行った可能性を主張する声が出ている(考古学の岩崎卓也氏、文献史学の長山泰孝氏・小林敏男氏ら)のと対応して、興味深いものがあります。
だがそれはともあれ、ここで注意すべきは、神武天皇の神話的な位置づけです。
まず神武天皇は、「天上」株序の中心的神格である天照大神の直系の子孫とされます。
天照大神は太陽神として、万物に光や熱、エネルギー、生命を与え、しかも一切の返済、返礼を求めない、万物化育、無償の慈愛の神であって、天上の神々の世界のかなめと仰がれています。その直系の子孫であることが、「原初の天皇」の第一の条件とされます。
ただし、それだけでは充分ではありません。さらに天上においては、非秩序的な巨大なパワーを体現するスサノヲノミコトや、生成力そのものの神格化である高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)、地上では非農耕的な生業生活世界として重要な山や海などをつかさどる神々(大山砥神(おおやまつみのかみ)・海神(わたつみ))などの神威、神徳が導入され、包摂されて神武天皇の出現が準備されます。
その上で神武天皇ごじしんは、苦戦・敢闘の末に神助を得て大和平定をなしとげられ、しかるのちに農耕的な生業生活世界をつかさどる神の系統の娘(『記』−大物主神(おおものぬしのかみ)の娘イスケヨリヒメ、『紀』−大己貴神(おおあなむちのかみ)の子である事代主神(ことしろぬしのかみ)の娘イスズヒメ)と結婚されて、その神徳を自ら取り込んでおられます。
このような過程をへて、建国の始祖たる資格を完成されるというのが『記』『紀』神話のポイントで、神武天皇の物語はその決着点に位置しています。
■ 調和と発展をもたらすもの
古典の神話において、世界は天上と地上、地上における農耕的生業世界と非農耕的なそれ(山・海)など、多元的に構成されるものと捉えられています。さらに株序は、非株序的なエネルギーや生成力などを含み込むことによってこそ、いきいきと活性化し、柔軟性に富んだものになり得るとの洞察も示されています。そして神武天皇は、それらのすべてを包摂し、統合する主体として描き出されているのです。
そこには、世界は多様多彩なものとして成り立ちながら、天照大神の系統を中心として結び合わされることによって、調和し発展することが約束されるとの世界観が表明されていると言えるでしょう。
『記』『紀』に収める神話と建国の物語は、単なる史実を超えた、古代人の魂の真実の表現です。私らはこれと真剣に向き合うことによって、日本の本姿への眼を開かれ、現状を乗り越えてゆく想像力の糧を与えられるに違いありません。
[参考文献]拙著『歴史から見た日本文明』(平成八年・展転社)
歴史 ─ 悠久の歴史と先人の歩みに学ぶ