(『日本の息吹』平成10年2月号掲載)
虫の音に耳を傾け、相手を察する人間関係。この古代に根差す日本的感性こそが日本の成功をもたらした。そしてそれは限りない世界的可能性を秘める人類の宝なのだ
呉 善花 エッセイスト
おそんふあ
1956年韓国済州島生まれ。83年来日。大東文化大卒。東京外大大学院修士課程修了。ビジネス通訳、翻訳業を通して日韓ビジネスの現場を体験。比較文化にユニークな視点を提示している。現在、新潟産業大学講師。著書に『スカートの風』『攘夷の韓国/開国の日本』(山本七平賞)など多数。
■ ナチュラル指向
― 先生は来日当初から日本に原始的な匂いを感じておられたそうですね。
呉 東京という最も近代化された都会なのに人と話をしていると、何かしら古代的な感じがしてならないのがずっと不思議でした。
日本の特徴としてよくいわれるのは農耕社会的な集団主義ですが、それは日本に限らずアジア各国に共通してあるものです。しかし、どうも日本には他のアジア諸国にはみられない、農耕社会以前の匂いがする。そこでこれを私は「前アジア世界」と名付けました。
― 具体的にはどのようなことを指すのですか。
呉 ひとつにはナチュラル指向が上げられます。化粧品でも厚化粧の段階を越えていった先にはナチュラル性を訴えた化粧品が出てくる。ホテルなどのサービス業でもマニュアル化されたサービスの段階を越えると、さりげなく気配りされたサービスとなる。つまり、ひとつの道を極めようとすると無意識のうちに自然体なものに回帰していくのが日本人なのです。
これは日本人の美意識に通ずるものです。「もののあはれ」や「わび」「さび」はその典型でしょう。鈍色に沈んだ美、枯れた美、歪形の美、地肌そのままの美などに風情を感じるのは他のアジア諸国にはみられない特徴です。
■ 自然と人間が対等
呉 日本と他のアジア諸国との違いのよってくるところは何か。その最も本質的なものに気付いたのは『日本人の脳』(角田忠信著)という本を読んだときです。私が日本人のことをどうしても理解できないと感じていたのはこういう根本的な感性の違いの部分だったのだと納得がいったのです。
《日本人の脳…角田氏の研究によると日本人とポリネシア諸島の人たちのみが虫の音を言語脳(左脳)で聞く。つまり、人間の言葉と同じように聞いている。欧米人や中国人は雑音として非言語脳(右脳)で聞く。角田氏は母音の多い日本語に原因があると分析している》
― 虫の音に対する反応が欧米人は違うというのはわかる気がしますが、韓国人が違うというのは 意外ですね。
呉 日本には虫を籠に入れてその音を楽しむ習慣があるということや、日本の子供たちが虫の音をひとつひとつ聞き分けてその虫の名前をいうことができるということには驚きました。また、テレビの時代劇に効果音として使われていた虫の音が一緒に見ていた日本人の友人は自然に心地よいものとして聞こえるために気にもとめていないのに対して、韓国人の私にはそれが耳障りな雑音として聞こえてしまうのです。
虫の音をあたかも意味のある言葉であるかのように聞いている、という事実のなかに日本人の本質的なものが示されているように思います。つまり、日本人は自然物や自然現象を人間のように感じているのです。私は日本人のおばあさんが道端の小さな一輪の花と会話している光景を見たことがありますし、風と会話するという人も知っています。多くの日本人が直接的な経験はなくても、その気持ちはよくわかると答えます。もちろん韓国人でもアメリカ人でも植木に話しかけるとよく育つような気がするという人はいます。しかしそういう意識的な擬人化とは違って日本人の場合は無意識のうちに自然を擬人化してしまうのです。
― それはすべてのものに神が宿るというアニミズム的なものですか。
呉 それが高度に洗練された形で現代に残っているのです。つまり日本人の中にはアジア的農耕社会の前、日本でいえば縄文時代以前に自然と一体化して生きていた時代の感性が現代になお生きている。日本人の意識の歴史的な深度は一万年を越えるものなのです。ですから今日でも日本人のモノに対する愛着はまるで神様にあい対するかのようです。モノを神様とみているから、モノをつくるときにもいいかげんな気持ちではつくれません。日本製品がすぐれている秘密です。
このように日本では自然を神として人間と対等のものと見ている。これに対してアジア的農耕社会には人間が自然を支配していく方向があるのです。そこでは人間と自然とが対立しています。ですから韓国では人間の生活空間に緑や池をつくるという発想がない。緑や池は町や村からずっと離れた山に行って見るものなのです。ところが日本人は家の中に山や池をつくってしまう。日本人はそれら自然物と人間とを対等のものとして調和させて、ひとつの宇宙をつくっているのです。
■ 総中間層社会の由来
― そういう美意識は日本の企業体質などに反映されているのですか。
呉 企業だけでなく、あらゆる人間関係に表れています。日本人は相手との調和を何よりも優先的に考えます。相手を察するのです。それで自分の主張を押さえても相手との一致点を見いだそうとします。こういう付き合い方は相手を自然と同じく神とみなしているからこそできるのだと思います。
こういう人間関係を元に日本は世界史にも稀な豊かで平等な社会を生み出しました。経済的に分配平等な社会は社会主義国にではなく、日本に実現したのです。アメリカは今好況といわれますが、それは中間層を破壊して貧富の格差を広げた犠牲の上に成り立ったものです。一方日本は九〇%もの中間層を維持し、それゆえに治安も安定しているのです。今改革論議がさかんですが、私は日本のこの一億総中間層社会は絶対崩すべきではないと思います。
そしてそれはまさに前アジア的な世界観に根差した組織づくり、モノづくりがもたらしたものなのです。それはとても未来性のある、これから世界が範にするに足ることだと思います。日本人はそのことに自信をもってほしい。
経済不況が伝えられる中でその肝心の日本らしさを捨てようという主張もありますが、行き詰まったのは欧米的なあるいはアジア農耕社会的なものであって、前アジア世界を根っこにもつ日本独自のものはまだ全然行き詰まってはいない、と思います。これからの日本人に望みたいことはこの無意識な「日本人なり」のやり方を自覚意識に基づいて実践し、そこに未来への可能性を見いだしてほしいということです。そのことがひいては日本への世界の様々な誤解を解き、また日本が世界に貢献する道につながると思います。
(平成九年十二月十七日インタビユー)
歴史 ─ 悠久の歴史と先人の歩みに学ぶ