国の体質を考える憲法臨調
三浦朱門 作家・元文化庁長官・民間憲法臨調代表世話人
私が考えますのに、憲法というのは英語では"体質"という意味がございます。その体質を言葉で表すことは大変難しいと思います。憲法あるいは日本の国、民族というものを一つの体質として捉えると、憲法はやはり変わらざるものとは限らない。変わらない部分と変わる部分が出来てくる。また憲法と国民さえあれば全ては決着するかというと、私たちの目の前には常に新しい問題が生じてきます。また或る時に重大であった問題も、十年二十年経つともう無視して良いものも出てきます。
そのような意味において、私はこの会が日本の国の体質である日本国の憲法が「どうあれば良いか。どうあってはいけないのか」を、皆さんと一緒に考える会であると思います。現在三つの部会に別れておりますが、これから先もこの会が永続するならば、更に新しい分科会を四つも五つも開いていかなければならない。そのような性格のものではないかと思います。私たちの日本及び日本国民の体質を、皆様方と一緒にここで考えていきたい。それがこの会の趣旨でございます。どうぞよろしくお願い致します。
◎各界からの提言@
安全保障行政における混乱
佐々淳行 初代内閣安全保障室長
安全保障行政の観点から憲法問題を振り返ると、昭和二十年に日本は敗戦し占領下に入ります。その一年後に憲法ができて、軍事力を否定した国家として再建の道を歩み始めました。僅か五年後に朝鮮戦争が勃発し、マッカーサー司令により警察予備軍が設置された。
私はこの昭和二十五年に東大法学部に入学して憲法の講義を受けておりました。宮沢俊義先生が教官でしたが、疑問に感じたことがありました。それは憲法九十八条第一項に憲法は最高法規であるとしながら、第二項には国際条約遵守の義務を定めていることです。日本が国連に加盟した時、また他国と攻守同盟など結んだ場合、九十八条第二項に従って兵力拠出の義務が生じるが、これは九条と相反する。憲法と条約どちらが上位なのかという疑問でした。宮沢先生は「憲法と条約は同格である」とおっしゃったが全然納得できなかったわけです。
昭和二十九年自衛隊法、防衛庁設置法が制定されましたが、国連に対する協力義務は明記されませんでした。昭和三十一年には国際連合に加盟し、昭和三十五年に日米安保条約を締結します。本来ならばここで集団的自衛権の問題を論じなければならなかったのです。この防衛行政の混乱は今日に至っており、国際協力の問題が次々と起こっています。PKO法を何とか特別法で作りましたが、国連警察行動に対しては憲法、自衛隊法に受け皿はありません。先頃の対テロ特措法も特別法でした。やはりもうこの辺りですっきりとさせるべきで、独自の憲法を考えなければならない段階に達しております。国民投票法を速やかに制定し、憲法改正国民会議のようなものを作り国民に呼びかけて、新憲法制定ということで臨むべきです。そして、その最後の条文に「昭和二十二年に制定の憲法は廃止する」とすればいいと思います。
●各界からの提言A
2004年、東アジア情勢の変化に備えよ
中西輝政 京都大学教授・「日本の安全保障と国際協力」部会長
国際政治の視点から見ると、冷戦後の世界は決して平和と協調の時代ではありません。ことにアジアは今、冷戦構造崩壊のプロセスに入って来ており、動乱の危機に直面しつつあります。にもかかわらず、日本では「二十一世紀はグローバル化の時代で、経済中心に世界が一つになる」との議論が今なおさかんです。
しかし、欧米の学者の中では「グローバリゼーションとリナショナリゼーション―再び国家が重要になる時代が来る」と言われております。私の認識では、昨年の米国でのテロ事件を境にグローバル化の流れが大きなピークを打ち始めたと思っております。今この国に求められるキーワードは主権国家であり、如何にして国家観を回復していくかが二十一世紀の国家目標であると思います。この国際情勢の変化を見据えた上で、憲法の改正をどれぐらいのタイム・スパンでいつぐらいにやらなければならないか。そういう「時間軸」を考えなければならない。
現在の日本にとっては特に九五年が、大きな曲がり角の年であったのではないか。阪神大震災、地下鉄サリン事件、金融秩序の乱れ、沖縄米兵の婦女暴行事件、青少年のモラル崩壊、援助交際など日本の崩れを見せつけられた年でありました。そして台湾問題でミサイルが飛び交う危機が起こり、日本人が直感的な危機意識をはじめて抱いた。その三年後、テポドンが日本の上空を飛んだ。二〇〇四年か五年には朝鮮半島、米中関係を中心とした東アジア情勢の基本構図が変わる可能性があります。二〇〇四年、対テロ特措法の時限が終わり、有事法制も立法の期限をむかえる。この機会に、憲法九条二項で自衛権および自衛の為の軍隊の保持を謳い、併せて交戦権の確認をし、国際協力の為に日本の自衛力を積極的に活用しなければならないと思います。
●各界からの提言B
経営者は九条改正を
望んでいる
高坂節三 経済同友会憲法調査会委員長
主要経済団体の一つである経済同友会は、経営者が個人の資格で参加しておりますので自由な議論をしております。昨年本会に憲法問題調査会ができましたが、スタートして間もなく、米国でテロ事件が起こり、我々のメンバーの関係者も多数亡くなりました。そういう経緯からも安全保障問題を中心に取り組んできて、先週その中間報告をした次第です。
憲法問題調査会では、会員にアンケートを取りました。総数四百三十四名の経営者から回答があり「現憲法に不都合を感じたことがある」と九〇%が答えました。また九二%が「憲法を改正すべき」であると回答。さらには「九条を中心とする安全保障の項目を改正すべき」と九〇%が回答しました。
我々経営者は最も平和を愛している。平和でなければ商売は出来ないからです。そして平和にするためにはやらなければならないことがある。これが我々の基本的な考え方です。
現在、世界の海を航行している船の一五%は日本に関係する船です。近年、マラッカ海峡に海賊が出没するそうですが、どう対応するか尋ねると「海水をポンプで汲み上げホースで掛けて追い払っている」そうです。我々経営者は安全保障の問題を肌身で感じているのです。だから日本だけが「一国平和主義」などといってはいられないと考えるわけです。平和を守る為には、自分の国は自分で守るぐらいの覚悟は要ります。
当然九条は変えて欲しいと思います。それが駄目なら安全保障基本法を制定してもらいたい。それも駄目ならば、先日超党派の若手議員百六名で発会した、安全保障を考える連絡会が中心となって国会決議をする。議員立法でまずは集団的自衛権を認めるとしてはどうかということを私は提案します。
●各界からの提言C
日本国家の原則とは
坂本多加雄 学習院大学教授・「新しい国家社会の原理」部会長
私どもの部会では、憲法の理念的な面、即ち日本国家とはどういう原理・原則に立つ国家なのかということを議論してきました。現在の日本国憲法の前文は、人類普遍の原理が強調されていますが、主語である「日本国民」をとってしまうと、どこの国の憲法なのかわからなくなってしまう。各国の憲法前文と比べて、国の伝統や成り立ちへの言及が非常に希薄なのです。
よく日本国憲法によって初めて日本人は民主主義を知り、人権意識に目覚めたと言われます。しかし過去に民主主義の伝統のない国で、憲法に議会制民主主義を謳って考え方が定着した例などありません。それが定着しているのは、帝国憲法以来の立憲主義の伝統があるからです。そういったものを取り出し歴史との連続性を確認しながら憲法は編纂されるべきだと思うのです。
もりこむ原則としては、一つは律令国家以来、国民統合の中心としてある天皇の存在です。もう一つは、議会が権力をコントロールする議会政治の伝統です。これは聖徳太子の十七条の憲法以来の伝統です。また国民の義務が非常に足りないとの意見がありますが、国民の権利を保障する憲法十二条に「日本国の苦難に対して共に対処する義務を負う」と加えてはどうでしょうか。「一国平和主義」についても、これが日本の伝統なのか問う必要があります。日本は歴史的に見て好戦的な国ではありませんが、自衛権すら否定する伝統はない。この「平和主義」に代えて「国際協力主義」を掲げてはどうかと思います。例えば「自国の安全を保持するために、国際社会で承認された当然の措置をとる権利を保持し、また文明的で安全な、そして人類の恒久的福祉を目指す国際社会の建設に向けて積極的な活動を行い、そのために必要な行動を行う義務と権利を有する」という趣旨にしてはどうでしょうか。
◎来賓祝辞
憲法は一人一人の生き方に繋がる
木村治美 共立女子大学教授
憲法とは、すぐれて国家観の問題ではありますが、私たち国民一人一人の生き方に繋がるものであることは言うまでもありません。私は中学一年という大変微妙な時期に終戦を迎えました。学校の先生たちが手の平を返すように、発言の内容を変えたこと、また教科書を墨で黒く塗りつぶす異様な体験をしました。あらゆるものに不信感を抱く性質が、その時に身についたと思っております。物事を受け入れるのに斜に構えた姿勢を取り、理想や理念は語らずに生きていきたいと思っているのがこの世代の特徴です。
いま日本人の魂の崩壊が取りざたされております。いまの子供たち、若者たちを育てた親の資質を問うとき、そのような親を育てたのは誰かと遡るとき、自分自身に唾をするような思いにかられる方が多いのではないでしょうか。私たちが何も理想を語らず、原理原則を見つめなかった、それが今の日本の現状をもたらしている。生きている間にこの半世紀手つかずに置かれたことを見つめ直し、正すべきものは正す責任を痛感しております。
日本人として、あるべき姿の大本である憲法。時代の変化も踏まえ、安全も含めたあるべき姿を求めようとする志そのものが若い人々を勇気づけ、崩壊しているといわれる日本精神の回復に繋がることを念じて止みません。
可能な限りコンセンサスを
吉井眞之造船重機労連中央執行委員長
フォーラムにお集まりの皆さんは、労働組合の一代表が憲法に関してどのような挨拶をするのか、半ば興味半分でいるんじゃないかと思います。実は、本日私どもの仲間も会場に来ておりますし、さらに多くの先輩も参加しております。皆さんは、労働組合は護憲派だろうとのイメージを持っているかと思いますが、私の労働組合では年一回の大会、中央委員会に国旗を掲揚しております。この様な組合が多くあることをご認識いただきたい。
現在、わが国の最大のナショナルセンターである「連合」では、お互いの共通認識として日米安保体制を認め、かつ自衛隊を容認するという基本的なコンセンサスが出来上がっています。ただ憲法の問題は非常に難しいところがありますが、連合は国を代表する労働運動をすすめる組織ですので、如何に難しい問題があってもその議論を避けて通れない、というのが現在の連合のトップ・リーダーの考えです。昨年末に国の基本政策に対する検討委員会を設置し、現在憲法問題、有事法制問題について連合としての対処、考え方を議論しつつあります。
極めて困難な課題でありますが、可能な限りコンセンサスを得なければ、日本国民の皆さんから労働組合に対しての評価が得られないと思っております。
時宜を得た民間憲法臨調の活動
三好達 日本会議会長・前最高裁長官
今日は憲法記念日でありますが、私が強調したいのは、本年は日本国が独立を回復した日、昭和二十七年四月二十八日から五十年の節目の年にあたるということです。日本国憲法はわが国の主権が連合国の支配の下におかれている時につくられました。そうであるならば、主権が回復を迎えた時に速やかにその内容を再検討し、改むべきを改める。それが独立国として当然のありかたであったろうと思います。
いまや憲法の条文と現実との乖離、矛盾は誰の目から見ても明らかであり、憲法に対する国民の意識の変化が、その端的な現れと言えます。最近の各紙の世論調査では憲法改正の支持が既に過半数を超え、憲法改正は国民世論の趨勢と言っていい。また、七割を越える国会議員が憲法改正を支持するというアンケート結果も出ています。
日本会議では、平成三年に『新憲法制定宣言』を発表、平成五年には、これを『新憲法の大綱』として取りまとめ、昨年、日本会議新憲法研究会が、その成果を『新憲法のすすめ』として発表。また各地で憲法シンポジウムを開催し各界、各層の国民による憲法論議の活性化に積極的に取り組んできております。憲法改正の発議権は国権の最高機関である国会にあり、衆参両院での憲法調査会の論議も既に三年目。この時期憲法に関する世論を一層喚起し、国民の声を強く国会に発していくことが益々重要になっております。有識者懇談会の発足は、まことに時宜にかなったもので、活発な活動により多大な成果がありますことを衷心より祈念いたします。
特別声明
平成十二年一月、国会の両院に憲法調査会が設置されてから、すでに二年半が経過しようとしている。本会は、この憲法調査会に対して民間の側からも忌憚のない意見を表明するとともに、広く憲法論議の活性化に資するべく、各界各層の多数の有識者の賛同を得て、昨年十一月三日に発足した。爾来、「新しい国家社会の原理」「日本の安全保障と国際協力」「日本の政治システム」の三部会を設け、鋭意研究を進めてきたが、憲法記念日を迎えるにあたり、次のようにその成果の一端を発表し、世に問うものである。
一、憲法論議にあたっては、歴史と伝統に基づく国家原理を構想すべきである。
そもそも憲法は、その国の歴史、伝統、文化を踏まえて編纂されるべきものである。日本国の本来あるべき憲法の基底をなす国家社会原理は、古代から律令国家を経て今日まで連綿と続く日本国の国家制度の歴史、とくに大日本帝国憲法下で確立された立憲主義その他の諸原理を確認し、戦後半世紀余の日本国憲法下での経験への評価と反省を踏まえたうえで、国民の大方の合意が得られるように構想すべきである。
一、有事に対応する十全な法整備のためには、憲法に明確な根拠規定を設けるべきである。
憲法は、平時のみならず、有事においてもその真価が発揮されなければならない。しかるに、日本国憲法には有事に国家の主権・領土を確保し、国民の権利・自由を守るため国家としてとるべき基本事項について明確な規定がなく、また有事に即応すべき包括的な法律も整備されていない。
冷戦後も内外情勢はいぜんとして厳しく、すみやかに有事法制を確立すべきである。その際、武力攻撃事態のみならず、大規模なテロや災害などの事態にも対応しうる法制を整備する必要があろう。このような事態に際し、国家は断固としてこれに対処するが、国民としてもこれに協力する必要があり、また、場合によっては国民の自由や権利が一部制約を受ける可能性もある。しかし、これは国家全体のみならず、国民個々の平和と安全を守るためでもある。
本来、独立国家である以上、自衛権と自衛力の保持および緊急時における国家の権限、国民の権利・義務のあり方については憲法に規定しておく必要があり、できる限り早くその実現に向けて着手すべきである。
一、すみやかに憲法改正のための国民投票法を規定すべきである。
日本国憲法九十六条は憲法改正のための国民投票を明記している。にもかかわらず、そのための法律がいまだに制定されていないというのは、国会の怠慢以外のなにものでもなかろう。その意味で、今国会に、憲法調査推進議員連盟がまとめた「日本国憲法改正国民投票法案」および「国会法の一部を改正する法律案」が提案される予定であることは、評価できる。国民投票にあたっての提案の方式、表現の自由および報道の自由と虚偽報道等の禁止規定との調整についての必要な詰めを行い、すみやかに上程されることを要望する。
なお、それにとどまることなく、きわめて困難な改正条件を定めた九十六条の規定についてもこれを緩和する方向で早急に議論を進めるべきである。近年の各種世論調査では、憲法改正の支持者は常に過半数を超えている。また、読売新聞の国会議員に対する調査では、回答者の七十パーセント以上が憲法改正に賛同している。いまや憲法改正は、国民の合意となりつつあり、焦点は具体的に憲法のいかなる部分をどのように改めるかに移りつつある。本会は、こうした時代の趨勢を踏まえ、憲法改正の実現に寄与すべく、今後も積極的な提言活動を展開していく。
右、第一回公開憲法フォーラムの開催にあたり声明する。
平成十四年五月三日
「二十一世紀の日本と憲法」有識者懇談会( 民間憲法臨調)