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憲法 ─ 新憲法の制定で日本再生を
平成15年11月2日 第4回憲法フォーラム

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■特別報告■
国民の生命を守る政治家を

有本明弘 北朝鮮による拉致被害者家族連絡会

拉致された有本恵子の父親の有本明弘です。一九八八年の九月に、子どもたちから北朝鮮にいるという手紙が送られてきて、それから十五年間、政府、外務省、警察に対して、救済活動を行ってきました。その二年後の九月二十四日、自民党・社会党両党代表団が北朝鮮に訪問し、その結果、私たちの子供の問題が表に出てきました。マスコミが公表した以上、私たちも表に出て救済のお願いをしてきました。
十三年前、私たちは子どもたちを救済するために、北朝鮮で恵子と一緒にいるという石岡さんの母校の日本大学の憲法学の教授を訪ねました。先生は「これは国民の生命と安全の問題であるから、政府としては優先的に扱わなければならない。政治家に問うべきことは、政治の目的は一体なんであるのかということです。政治家は国民の一票によって職につくのであって、国民、即ち有権者の生命が脅かされている拉致問題から逃げることはできない」と言われました。
政治家の中には、とにかく「憲法を守ろう」と言う方もおりますが、「国民の生命と安全を守るには憲法を変えなければならない」という人も大勢でてきている。一票を投じる国民の生命を守ることは当然のことです。近く総選挙があると聞いて、夏頃からは集会でこのことを訴えてきました。政治家は国民の一票で決まるのであって、国民の生命と安全の問題を真剣に受け止めて、拉致の問題を重視する。この原則論で選挙を行うならば、日本の国は見違えるほど良くなると私は思います。


国をあげて隠蔽してきた拉致問題

有本嘉代子 北朝鮮による拉致被害者家族連絡会

恵子の母の有本嘉代子です。昨年の九月十七日以降、多くの国民の皆様が支援して下さっております。一ヶ月前の集会の時に特定失踪者問題調査会の荒木先生が言われていましたが、あの日以来「私のところも拉致じゃないか」という人が三百六十名あまりもこられて、そのうち百三十名ほどの方は間違いなく北朝鮮による拉致であるそうです。
私は金丸信さん、田辺誠さんの外交が間違っていたために、おかしくなったと言い続けていましたが、荒木先生は「もっと大きな問題だ。一番最初にいなくなった方は一九五二年で、現在まで拉致は続いている。いつ誰が連れて行かれるか分からない状況だ。しかしこの問題に絶対に取り組まなくてはならない政治家、外務省、警察、公安が、国をあげてこの問題を隠蔽してきた。その結果こんなに長くかかったし、大勢の方が連れて行かれた。これが大きな問題だ」と言うんです。本当に恐ろしいことです。
「家族会」の中で一番最初に拉致をされた横田めぐみちゃんは、今月の十五日で連れていかれて二十六年になります。私どもは子供がいなくなって二十年になります。いま五人の方が帰国されましたが、そのお子さんは北朝鮮にいます。昨年小泉首相が訪朝されて以降、国民の皆様が私たちに関心を持って頂いておりますので、きっと解決できると思っております。私たち「家族会」は子どもたちが今も元気でいることを信じて運動をしております。子供たちが帰ってくるまで、皆様お忘れにならないようにご支援をお願い致します。



■ 提言■
立憲君主制を堂々と明記せよ

市村眞一 国際東アジア研究センター顧問

●憲法解釈を歪めた学者の責任

現在の日本国憲法の基本をアメリカが準備したものであることが最も明確になるのは、一九五二年にコロンビア大学のマクネリー氏が提出した博士論文です。これはマクネリー氏が占領軍の将校として憲法改正に携わった経験を元にまとめられた論文です。これが池田内閣時代に第一回憲法調査会の報告書の下書きとして使用されたのです。その報告書はマクネリー氏の博士論文の引用ではなく、そのものでありました。
この憲法を現在のように解釈したことは、東京大学の一連の憲法学者の責任が極めて重く、中でも宮沢俊義教授は最もその責任を負うべき学者です。宮沢教授は岩波新書の憲法講話の中で「日本国憲法が今のようになったのは、敗戦の時に革命が起こったからである」と書かれています。宮沢教授は戦前でも、大日本帝国憲法の一条から三条までを講義したことがない人です。私が京都大学の学生であったときに、現憲法制定時に唯一反対票を投じた佐々木惣一先生の憲法論の講義を聴いたことがありますが、先生が「宮沢俊義のごときに日本国憲法の何が分かるか」と痛罵されたことが忘れられません。日本国憲法の制定及び解釈に重い責任を負うべき人の考えが、現在の法制局の解釈に繋がっているのです。
このような考えは全て否定されるべきですが、現に日本国憲法が施行されている事実は否定出来ない。しかしソ連の崩壊、冷戦の終結など国際状況が激変する中で日本の置かれる立場も変わって来ました。冷戦後もアメリカは日本を中心にアジア諸国が集結する動きがあると「大東亜共栄圏の復活である」と強い抵抗を示してきました。マハティール首相が東アジア経済共同体の主張を発表した時もそうでした。しかしヨーロッパがアメリカの一極主義に対して強い反対を示すようになって、ブッシュ政権以後は、EU、NAFTAに対応する第三の地域連合として、東アジア諸国を認識する考えが広まって来たのです。

●国民の意思で新憲法を

ところで東アジアにも大きな変化が起こりつつあります。第一はインドネシアの指導者の消滅で、第二はマレーシアのマハティール首相の引退です。今やアセアンは中心を失おうとしています。東アジアが結集するためには韓国、台湾、日本、そして中国がどれだけ友好関係を確立できるかにかかっています。
しかし中国は自国の領土を拡張し、勢力圏の確立を望んでいます。中国が今のような主張を取り下げない限りは東アジアの結集は不可能です。ところがその中国で変化が見え始めております。最近『戦略と管理』という雑誌に書かれた人民大学の教授の論文と人民日報に発表された南という方の論文には「中国は世界的戦略上で日本批判は止めるべきである。日本に対して歴史問題を繰り返すべきではない。謝罪は十分である。もっと友好関係を確立すべき」と堂々と書かれている。これは中国の対日政策が変化する兆しだと思います。
このような状況で東アジア共同体を結成する上で、大きな障害は、第一は北朝鮮問題。第二は台湾問題。第三は日本に対する歴史問題の主張をどう扱うか。そしてアジア諸国の自由貿易協定をどう扱うかであります。これらに対する最大の難点は、日本が国家としての防衛力に手かせ、足かせをしていることです。日本国憲法に第九条がなければ、我が国は堂々たる国家として世界に闊歩できるし、国際協調を強く主張して、それに準拠して行動することができると思います。しかし国際協調をするためには、日本が他の国連常任理事国と同等の力を持たねばなりません。
その点で日本には第九条だけではなく、それ以外に重大な欠陥があります。日本は君主を戴いている国です。そして世界には立憲君主制をとる国は沢山あります。そのなかでなぜ日本だけが、象徴天皇制という特異な形を取らなければならないのか。その理由はなにもありません。戦争に負けたときにアメリカが日本の君主制の力を恐れたというだけです。
日本の国民が如何に穏健であるかは歴史を見ても明らかです。我々は、堂々と日本国は立憲君主制であると憲法に明記すべきです。しかしながら全てを行うことは現実の問題として困難です。まず我々が手がけなくてはならないのは、占領下で作られた憲法と教育基本法を少しでもいいから変えるということです。たとえ条項を変えることができなくても、最低限、前文に「日本国民は日本国民の意思によって新しく憲法を制定する」と謳うことです。
皆さん、憲法を変えましょう。



■ 提言■
日本の国家戦略と道徳

長谷川三千子 埼玉大学教授

●国家主権を封じ込めてきた九条

私たちはこの半世紀、国家戦略を持つことができずに来ております。そのことが色々な問題として現れているのではないかと思います。先程、控え室で有本さん夫妻が、私どもに「国民が拉致をされたままで、生命を脅かされている時に、日本の国は何もしてくれないのですか。憲法には何かしなければいけないと書いていないんですか」と痛切な質問をされました。一瞬絶句しました。国が自分の力をどう使うかについて、しっかりとした図を描くことが国家戦略なんです。国民の生命が他国に脅かされている時に、立ち上がることも国家の責務として国家戦略に組み入れられるべき事項になるわけです。
国家戦略が成り立つためには先ず国が力を持つことが必要ですが、これだけでは国家戦略は成り立ちません。一番必要なことは、その力を自分の力としてしっかりと意識して持っていることなのです。確かに昨年の小泉首相の訪朝以降、拉致問題に使命感をもって取り組む政治家が出てきておりますが、国家の動きとしてはじれったい程にのろのろしております。これは日本が半世紀の間、国家戦略を描くことができずにきたことと深く結びつい
ている気がしてならないのです。
国民の生命と安全と財産を守ることは、日本国憲法の基本的人権という条項で謳われておりますが、そのために力を行使する条項には欠陥を抱えています。これが正に憲法第九条の欠陥であります。第一項には「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し」とあります。これは全く正しいのです。
だからいかなる国に対しても、不当に拉致された同胞を安全に帰すように要求するのです。ところがその後に「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」とある。これは一九二八年の不戦条約を殆どそのまま踏襲したものと言われております。だとするとこれは自衛権を決して放棄することを意味しないのです。従って国民が他国に連れ去られて生命を脅かされていることに対して、我々が自衛権を行使することは全く妨げがないはずです。しかし一般的には「永久にこれを放棄する」という言葉だけを見て日本は戦争ができないんだとの誤解を生んでおります。
さらにひどいのは第二項で「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」となっている。人類はまだいかなる犯罪も絶対に犯さないという段階にまでは進化しておりません。国は力を保持しなくては平和、安全を保持していくことはできません。第二項はこれを全く放棄している。このような条項があっては、日本が国家戦略として国家主権をどう使うかという発想そのものが出てきようがない。第九条、ことに二項を修正しない限りは生命を尊重することもできなくなります。
この日本国憲法第九条の実態を見るにつけ、一体どうしてこんなものがという思いがします。やはりこれは日本が国家としての主権を失っている時に作られた憲法だからです。形式としては国会での審議を経て天皇陛下の上諭という正式な帝国憲法下での改正の手続きを踏んで作られてはおります。国会での審議以前には小委員会でも細かい審議がなされました。ところがその審議は逐一GHQに報告され、GHQからお墨付きがもらえるかどうかをいつも気にしながら委員たちが討議をし続けてきたんです。
さらにこの第九条二項はマッカーサーが日本に来る前に出された占領政策の初期の対日政策の基本にある「日本が将来にわたって決してアメリカの脅威にならぬこと」との一項に由来しています。それに従って日本は自衛のためであっても軍事力を持ってはならないという憲法原則でGHQの民政局員が一週間の作業で憲法を作ったわけです。こういう経緯で憲法第九条二項ができあがり、日本の国家主権を最初から封じ込んでいる。これをきちんと削らない限りは、日本はいつまで経っても胸を張って歩むことができないのであります。

●国家戦略と道徳

国が戦略を持つために非常に大事なことは道徳です。更にはその国の君主がいかなる道徳を持っているかということが大事なのです。憲法はそれを表現することも求められている。これは明治憲法を作る際、その起草者である井上毅をはじめとする方々が最も苦心した点であります。井上毅の私案には「日本国は万世一系の天皇の統すところなり」とあって「統す」という言葉を使っております。
これは力で民を統制する西洋的な君主と違い、君徳を含んだ君主制の表現です。天皇が民を思う姿は日本書紀をはじめとして何度も出てきて、日本の確固たる伝統になっています。同時にこれはかつて中国が絶えず君徳を政治の中心に置いていた時代の政治道徳と一致しており、韓国もそれを良いと思い事大主義をとって、中国に付き従うことを誇りとしてきたのです。
現在の中国は覇道政治です。これを正道に戻すのは、ある意味で日本の使命であると思います。日本自身がその伝統を忘れていたならば、東アジアの同胞たちに呼びかけることはできません。その意味で本当に国家戦略を持つために一番大事なのは、実は道徳なのです。



■ 提言■
憲法改正を望む国民の声

高坂節三 経済同友会憲法問題懇談会委員長

●経済界も望む憲法改正

私たち経済同友会は一年前に中間報告を出し発表しました。しかし、その頃は非常に反応が悪くてどの新聞も殆ど取り上げませんでした。
ところが今年、最終報告書を出したところ期待以上の反応がありました。やはり拉致問題で国民の意識が変わってきたのだと思います。驚いたことにあの護憲の朝日新聞が、私にインタビューを申し出て半ページの記事を掲載しました。評判が良いので英語版も出来ました。
先日、韓国を訪問した時に、その英文と私たちの意見書を配りまして、憲法改正を提案しているがどう思うか訊ねると、その場にいた中国の外交学会の元会長や元駐独大使から「それは当然でしょう」と言われました。日本の憲法改正に、政治的には反対するかも知れませんが本音はそうじゃないんです。我々自身が、自らの意志で物事を決定する仕組みを作らない限り、いつまでも揺さぶられるのです。
提案書にも発表しましたが、経済界の九割以上の人が現在の憲法に矛盾を感じております。中でも九二パーセントが「九条が一番の問題である」としています。経済界が憲法改正の必要性を訴えた反響は大きく、発表したその日に中山太郎衆院議員から電話があったり、自民党の戦略本部から講演の依頼も受けました。
この状況下で憲法問題が未だ続いている。軍隊であるものを自衛隊であるとか、集団的自衛権は発動しないと言いながらイージス艦をインド洋まで行かせている。誤魔化しだと思いながらも何もしてこなかった。そこに精神の腐敗がある。これが日本の最大の問題であります。

●嘘の文化からの訣別を

先日、韓国に訪問したときには外務大臣、ソ連のプリマコフ元首相、明石元国連代表、米駐韓大使などにより討論が行われていましたが、そこで感じたことは、北朝鮮問題について日本人は拉致問題によって目覚めつつある。しかし韓国は太陽政策を打ち出してから精神構造が変わってしまった。元米国務長官のウイリアム・ペリー氏も警鐘を鳴らしていました。私は六カ国会談もまとまらず、ずるずると続けられると思います。更に東アジアほどまとまりの悪いところはありません。だからこそ国民の中に、いざとなったときに日本は何を守るのかのコンセンサスが必要なのです。即ち憲法に戻るわけです。諸国民の公正と信義に信頼して軍備を持たなければ、日本が守れないことは拉致問題でも明らかです。
湾岸戦争の時に私はニューヨークにおりましたが「なぜ日本はアメリカを応援しない。アメリカ軍が湾岸戦争に行ったら、ペルシャ湾は殆ど日本向けのタンカーだった」という声が聞かれました。実際はそこまでではないにしても、日本は最大の石油輸入国であり、七億トン近い原材料と一億トンの製品を輸入しており、輸出は僅か一億トンであります。どこで紛争が起こっても日本に影響があるのです。それに対して日本は何か起きたら慌てて、そのつど立法して誤魔化してきました。ウォールストリートジャーナルは「日本は嘘の文化から訣別しなければならない」と批判しています。
ここで思い起こされるのは阿久悠さんが日本経済新聞の「私の履歴書」のなかに書いていたことです。終戦の時、阿久さんは小学三年生でした。秋になると教科書が配られて、墨を塗らされました。阿久さんは先生に「これから何を信頼したらいいのですか」と聞きました。先生は「今までの反対をやりなさい」と答えた。阿久さんのお父さんは警察官です。反対というのは泥棒も認めるような国家になるということなのかと思ったそうです。阿久さんは「ずっと考えてきたが、その答えをいまだにもらっていない」と書かれていました。戦前は全て悪いと、過去を否定しては国は成り立ちません。我々はもう一度、日本はどういう国なのか思い起こして、みんなで議論しない限り日本は良くならないだろうと思います。