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憲法 ─ 新憲法の制定で日本再生を
平成15年5月3日 第3回憲法フォーラム

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■特別報告■
弟の基本的人権を奪った
北朝鮮と「平和憲法」

蓮池透 「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会」事務局長

●基本的人権の保障などどこにある?

私は文化人でも憲法学者でもありませんので、お役に立つお話ができるかどうか、分かりませんが、日頃考えていることを、二十五年間考えて来たことを、少しだけお話しさせて頂きたいと思います。
北朝鮮による日本人の拉致問題。この事件を日本国憲法という視点で捉えた場合に、やはり第十一条(*)の基本的人権ということを考えずにはいられません。果たしてこの日本という国において、基本的人権の保障などということが存在するのだろうか、誰がそれを保障してくれるのか。二十四年間、弟の帰りを待ち続けて、ずっと考えて来たのはそのことであります。
(*)日本国憲法第十一条「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は,侵すことのできない永久の権利として,現在及び将来の国民に与へられる。」

法務省の人権擁護局を訪ねたことがありました。「法務省人権擁護局」という立派な看板が掛かっているので、きっと私の弟の人権を擁護してくれるのではなかろうかということで、訪れた訳でしたが、「国外にいらっしゃる方の人権は対象外」と、そういう趣旨のご回答でした。これは私にとって一生忘れられない言葉です。
私の弟は、昭和三十二年九月二十六日に生を受けて、決して裕福とは言えませんけれども、普通の家庭に平和に育ちました。小学生時代に重篤な交通事故に遭って、あわや両足切断という危機に瀕したこともありましたが、それも見事に克服して、中学校では野球部のキャプテンとして活躍し、大学時代には皮肉なことにも中央大学で法律を勉強しておりました。これは後に分かったことですが、弟の残していった教科書である『日本国憲法』という本を見ておりましたら、その第十一条の基本的人権の部分に赤鉛筆で傍線が引かれていました。自分の基本的人権が問われるということなど、彼には知る由がなかったと思い、まことに複雑な気持ちが致しました。少なくとも彼は日本にいた頃には、日本国民としての恩恵を受けていたと思います。あの忌
まわしい昭和五十三年七月三十一日、その日の夕方までは……
弟が拉致されてからの気持ちというのは、一言では到底言い表すことができません。悲しみ、苦しみ、空しさ、たまには諦め、悔しさ、怒りなど、そういったいろいろな思いが頭の中を駆け巡りました。どういう因果か、昨年十月十五日に弟は二十四年振りに祖国の土を踏むことができました。そして自ら日本に残り、子供たちをこちらに迎えるという決意をした訳ですが、未だその子供たちは北朝鮮で捕らわれの身になっており、帰国しておりません。同様に、他の曽我さん、地村さんのお子さんやご家族も帰って来ておりません。更にまだ生存が確認されていない拉致された日本人が大勢います。
これらのことを考えますと、まだまだもろ手を挙げて喜ぶ訳にはいかないのが現状であると言えます。それが本当の気持ちです。

●二十五年以上も前から有事だった

基本的人権というのは、何事にも侵されることのない生命・自由・幸福を追求する権利であります。弟はあの日、そういった権利を全て一瞬のうちに奪い取られました。若者であれば誰でも集うであろう夏の日の夕方の海岸、それも日本国内の海岸で、外国から侵入して来た北朝鮮の手によって、突然自由を奪われ拉致されたのです。
国会等でも有事の際の云々という議論が為されておりますが、しかし既に二十五年前、横田めぐみさんの例で言えば二十六年前、更に寺越さんの場合にはそれ以上前から、他国の武力行使によって我々日本国民が連れ去られているのです。それも一人や二人ではございません。特定失踪者問題調査会(荒木和博代表)では、北朝鮮による拉致の疑いを排除できない方々が、三百人以上リストアップされています。即ち、巷間言われる有事という状況は、既に二十五年も前に生じているのです。そしてその有事が現在も継続しているのであります。
北朝鮮による日本人の拉致は、基本的人権侵害の極みです。そして何事にも侵されることのない権利が、他国によって侵されているのですから、これは国家主権の侵害です。到底許すことのできない凶悪犯罪であり、国家のテロです。どうしてこのような状態が二十五年以上も続いているのか、不思議でなりません。基本的人権を保障するのが、国家の役割ではないのでしょうか。

●「平和憲法」の下で日本人の基本的人権は侵害され続けている

日本国憲法は平和憲法だと言われます。イラクでの対米協力や有事法制法案の国会審議などによって平和憲法の意義が危機的状況にあるなどという報道を目にしますが、日本人の普遍的な基本的人権が北朝鮮による国家テロ、主権侵害によって今も侵されている状態であるのに、平和だなどと言えるのでしょうか。平和憲法、平和憲法と唱えているだけのこの瞬間も、日本人の基本的人権が侵害され続けているのです。北朝鮮による日本人拉致問題に関していえば、憲法第十一条は本国においては全く遵守されておりません。憲法第九条がその足枷になっているのだとしたら、由々しき問題だと私は考えております。
来る五月七日の夕方六時半から、東京国際フォーラムのホールA―一番大きなホールです―で第五回国民大集会を開催致します。この問題を解決するには、動かない政府、外務省を、皆さんお一人お一人の大きな声で突き動かしていくしかありません。どうか皆様、我々に力を与えて頂き、そして政府・外務省を突き動かす大きな力を、大きな声を挙げて頂きたい。今日はどうもありがとうございました。



ブッシュ政権は憲法
改正の絶好のチャンス

田久保忠衛杏林大学客員教授

■「棍棒」を忘れた日本

不埒な工作船が日本の領海、領土に侵入していますが、これは国の防衛政策がしっかりしていれば起こり得なかったことです。いま経済や政治が悪いと言われますが、一番心配しなければならないのは防衛です。日本は先の敗戦で武装解除させられてから現在にいたるまで、精神面でもシステムの面でも真剣に防衛を回復しようとしてこないまま現在に至っている。特に精神面での武装解除の影響は大きく、国民が防衛意識に目覚めてきたとは言え「いざというときには、逃げる」という若者が七〇%以上いる。
ここで紹介したいのが、二〇世紀の前半にアメリカ大統領であったセオドア・ルーズベルトの言葉です。ルーズベルトは「『棍棒を片手に、猫撫で声で』これが外交の基本だ」と語りました。いまでもアメリカの外交史や政治史のテキストに外交の基本政策として載っています。一年程前にピューリッツァ賞を受賞したアメリカの伝記作家エドモンド・モリスが『セオドア・レックス』というセオドア・ルーズベルト大統領の伝記を書き上げました。昨年のクリスマスにブッシュ大統領はこの本をテキサスの別荘で二日間読みふけったそうです。ルーズベルトは実に巧妙に平和外交をやるんですが、肚にでっかい「棍棒」をもっている。この「棍棒」を日本は捨てて、あたかも経済力だけで世の中が渡れると思っている。この象徴が「文民国家」というまやかしの言葉なのです。かつてある外務省の高官が「日本はハンディキャップ国家だ」と、とんでもない発言をしました。「軍事面では何もできないのだから、国際貢献は程々にしてお金ですまそう」と、こういう人たちがずっと牛耳ってきたわけです。「棍棒」を忘れれば、銭を吐き出して逃げ回る以外に道はないのです。プライドも何もあったものではない。
自衛隊には優秀な方々が多いのですが、今のシステムは警察予備隊の形がそのまま続いている。一九五〇年に朝鮮戦争が起こったときに、マッカーサーが軍隊を作ろうとしたけれども、公職追放などで下級兵士しか残っていなかった。仕方なく警察のOBをつれて来たわけです。さらには憲法の根本に、国家の非常事態を想定していないし、国防の義務規定もない。そして警察予備隊のシステムのままで来ていて、旧内務官僚にかわって、※内局が軍令と軍政をにぎっている。防衛庁長官を官房長と局長が補佐をして、三幕の長に命令を下している。こんな国がありますか。根本的な欠点がここにあると申し上げたい。
【※内局(内部部局)…防衛庁内の部局。防衛庁長官を直接補佐し、政治による自衛隊のコントロール(文民統制)を行う局。国家公務員T種(行政・法律・経済)採用の職員が勤務し、防衛庁の法令・予算・人事・組織を統括し、防衛政策の企画立案を行う。「背広組」ともいわれる。】

■「交渉」と「要求」を区別せよ

もう一点申し上げたいことは、日本では外交における「交渉」と「要求」がはっきりと区別されていないということです。拉致問題でマスコミが「どういう交渉をするのか」などと言いますが、「交渉」は双方が譲る余地のある場合に行うもので、拉致問題の解決は「要求」するものなのです。ブッシュ政権はイラクや北朝鮮に対して交渉はしていない。
例えば五月三日に平壌でケリー国務次官補と北朝鮮の姜錫柱(カン・シャクチュウ)第一次官が会ったとき、ケリーは「これは交渉ではない、要求だ。あなた方はガスの遠心分離器を第三国から買っただろう」と問いただした。これを認めたら、核開発をしているということです。姜は一日おいてトップと相談したうえで、開発を認めた。その時に姜は「ブッシュ政権が我々の政権の継続を認めないような方向で圧力をかけるので、止むを得ずやった」と言ったので、ケリーは間髪いれず「待て!そっちが遠心分離器を買った時点では、ブッシュ政権はできていない」と机を叩いた。これが要求なんです。昨年の年頭の一般教書で北朝鮮を「悪の枢軸」と言い、その後圧倒的な軍事力でイラク攻撃を行ったアメリカは、大きな「棍棒」を片手に外交を展開しているのです。各国が大小は別にして、つかえる棍棒をもっているんです。これを持っていないのは、日本だけなのだと私は指摘したい。
武装解除したのは憲法全体がおかしいからなのですが、特に九条はシステムだけではなく、精神までおかしくしてしまった。ブッシュ政権は、北東アジアのバランスの変化を見ていて、強い日本になって欲しいというシグナルを発し続けている。この政権は少なくとも、二年弱は続く。私は、この時期に日本が一つの覚悟を決めて、行動に移さなければならないと思います。


政策を歪めてきた憲法の枠組み

森本敏拓殖大学教授

■政策判断を制限する憲法

国家とはどうあるべきかという観点から、国の安全保障と憲法との関係についてお話をいたします。
全ての国は、政策と法の相関関係について大きく二つに分けられます。一つはいわゆるコモン・ローの考え方です。英米を中心とする国々のことですが、この考え方は政治指導者が国の在り方を決めて、政策を決断する責任を負っているが、それが如何なる根拠に基づくかを明確にするのは法律家、あるいは立法府の仕事だという考えです。政治指導者は政策判断をするのみです。
もう一つの考え方は、ドイツやフランスなどヨーロッパ大陸の例で「政策は法に照らして合法的なものでなければならない」という考え方です。合法的でない場合、その政策を成り立たせるために必要な法律を作るか、国際法を作っていかなくてはなりません。
日本は恐らく明治時代に、プロシアやフランスから法の成り立ちと政治の在り方を学び、近代国家を作ってきた経緯から、ヨーロッパの大陸と非常によく似た考え方を取っているのではないかと思います。何か議論がおきれば、「これは憲法の解釈上はどうなるのか」とか、「できないならば政策のための法を作り直す必要がある」ということになる。憲法の枠内で根拠となる法律ができるか否かが、全ての政策の原点になるのです。
しかし不思議なことに、日本はこの百年間、コモン・ローの国である英米と同盟を結んできた。そこが日本の戦後の安全保障を歪めてきたのだと思います。本来ならば何か事態が起きたら、国益を考え、政策を選択するのが総理大臣であります。法に照らして、その問題点を考えるのは立法府が考えればいいことです。ところが官僚が憲法の解釈の中で何ができるのか並べ立てて、最も良いものを総理大臣に進言してきたわけです。これが我が国の政策が、憲法の枠組み内でしか選択できなかった弊害であります。
しかし、もうそろそろ限界を迎えつつあります。この問題を考えることは、結局は、国益を見直し、考えて、定義してみることで、これが第一に提起したい問題点であります。
そもそも憲法自体、まだ主権が回復していない時に、現在の国連憲章の精神に基づいて出来上がったものです。この国連憲章は、第二次世界大戦後、戦勝国である連合国側が共同管理していく枠組みを、国際法上に作ったものです。ですから正しくは「連合国憲章」であります。この精神を我が国の憲法に持ち込んで、憲法解釈をしてここまできたのです。

■憲法の枠を越えたイラク派遣

私は一昨年、テロ特措法が通り、インド洋に海上自衛隊を出した時から、「これは日本国憲法の枠組みを越えている」と考えておりました。これまで日本国家の安全は、日米の安全保障体制と日本の防衛力で守られてきました。決して平和憲法で平和が維持されてきたわけではありません。この安保条約は、第五条で「日本の領域に対する武力攻撃に対し、アメリカは日本を防衛する義務がある」と定めて、その代わりに六条で「極東の平和と安全のために、日本が施設区域をアメリカに貸す」と定めています。イラク攻撃の場合、テロ、大量破壊兵器という脅威が、アメリカの国益にとって受け入れ難い状況が起きて、アメリカは個別自衛権を行使した。これに対して、日本は後方支援でイージス艦をだしている。しかしイージス艦というのは、あの区域に集積している連合軍全体―艦艇約五十隻―の情報を一手に引き受けている。これは集団的自衛権の行使と見なさなければならない。
国民に説明をしていないだけで、既にインド洋に自衛隊が行った時点で、事実上我が国の憲法解釈を乗り越えているのです。今後、日本が協力のためにイラクへ行くときは、憲法の解釈を国民に明示してから行くべきであると考えます。

■運命共同体の再構築が鍵

今回のイラク攻撃は誰の目から見ても、アメリカを始めとする連合軍の圧勝であることは明らかです。しかし我々にとって非常に深刻な問題は、この五十年間アメリカはずっと戦争をやり続けているが、一方の日本はこの五十年間、一度も戦争をせず、我が自衛隊は一人の戦死者も出していないということです。これは同盟国である我が国のみならず、NATO諸国もアメリカにはとても追いつかない状況になっているということです。戦術、戦略、或いは兵器システムにおいても、兵隊の練度、士気においても、空地の統合作戦の能力、後方支援においても、圧倒的な力を持ってしまい、今や同盟国は殆どお荷物にしかならない状態であります。この日米の同盟協力が、真の意味でのイコール・パートナーになる為に課題を克服していくことは、深刻な問題であると思います。
国連という連合軍による共同管理の世界構想は、今回のイラク問題で明らかなように、安保理内に深い亀裂が入って殆ど機能しませんでした。国連に国際社会の平和を期待することは不可能であり、我が国としては国連の安保理決議に基づく諸活動を考える時代は終わっていると思います。
従って我が国が考えるべきことは、自らの国家価値、目的をもう一度定義し直して、それを共有できる国々と同盟関係をつくり直すことです。特にアメリカとの関係が必要だとは思いますが、二国関係だけではなくても良いと思います。例えばイギリスであれ、オーストラリアであれ、価値観を共有できる国があるとすれば、国際連合に代わるものとして、運命共同体となるある種の同盟連合を率先して作り出していく。これが日本が、五十年後、百年後を生きていく最後の鍵になるのではないかと思います。しかし、今の憲法の枠内でこのような政策は採用し得ない訳で、もう一度、日本の国家価値や国益を見直して、国家の安全保障をどのように担保するかをまず考え、その中で日本国憲法を考え直すというアプローチを取らなければならないのではないかと思います。



憲法は、北のミサイル危機に
対応できるのか

佐藤勝巳拉致された日本人を救出するための全国協議会」会長

■北のミサイルに対応できない日本

今、朝鮮半島情勢を見ていて、ひょっとすると日本にもミサイルや核弾頭が落とされるのではないかという危機意識が常に私の中にあります。北朝鮮は、日本に届くミサイル、労働(ノドン)一号を百基から二百基ほど持っていますが、このミサイルは一旦、大気圏外に出て再度突っ込んで来ます。これを打ち落とすことができるミサイルは、この地球上に存在しておりません。従って発射されますと、発射されたことが分かっても、あとは見ている以外に方法がありません。
アメリカの国防長官は「北朝鮮は初歩的な原爆を一個ないし二個保有している」と発言していますが、韓国に亡命した黄長Y(ファン・ジャンヨプ)元労働党書記は「五個持っている」と言っております。この原爆はミグ29を改造すれば、日本まで容易に運搬することが可能です。そして超低空で日本海を飛行すればレーダーには映りません。日本列島に近づいて東京上空まで飛んで来るのに約三十分。この間に自衛隊のレーダーで捉えることができます。これをパトリオットミサイルで打ち落とすことは、論理的には可能でありますが、その操作を担当する自衛官たちは「実際にやれるかどうかはわからない」と言っております。つまり金正日が決断をすれば、殆ど防御の方法はないというのが私の判断です。それぐらい日本の安全は脅かされている。そのような事態を防ぐためにどうしたらいいかが、我が国の安全保障上の最大の課題であります。しかもこれは緊急なことです。

■ミサイル危機に即応できる憲法へ

そこで北朝鮮にミサイル発射をさせないようにするには、どうするか、考えてみたいと思います。一番目の選択は、先制攻撃をすることです。防衛庁の説明によると、北朝鮮のミサイルは液体燃料を使用しているので、燃料を注入するときに多数のタンクローリーがある地点に集中する。従って軍事衛星からは比較的容易に発見できるというのです。しかし日本の自衛隊は空中給油機を持たないので、先制攻撃するためにはパイロットは敵地を爆撃したあと、帰ってこられないことを覚悟して行かなければならない。しかし、そのような命令が下されることは多分ないでしょう。
二番目の選択は、日米安保条約の発動です。しかし同盟国が狙われているからといって、アメリカが簡単に先制攻撃に踏み切るのかどうかは、よく分かりません。私の専門外なので、後程、森本先生に教えて頂きたいと思っています。
三番目の選択は、中山正暉衆院議員が「拉致問題なんかで、あまり強いことを言うな。ミサイルが飛んできたらどうするんです」と言っているように、白旗を掲げて降伏する考え方です。
四番目の選択は、金正日政権を政治的に崩壊させるというやり方です。今の日本の置かれている状況からみて、一番可能性があるのではないかと思います。具体的に言えば、お金を使って北朝鮮の金正日さんお一人に亡くなって頂くということです。しかしこれを実行するだけの度胸のある政治家が、我が国にはいない。私は、この四番目の選択を実行できる政治家が、今この国に求められているのだと思っております。
しかしながら、そもそも我が国が自国の安全をまともに考えているのならば、我が国の国民が暴力で拉致されているのを、二十年以上も放置しておくわけがない。現にミサイルが飛んでくる危険があるのに、それに対する議論もあまり聞こえてきません。この現実に即応できるような憲法を始めとするその他の法律の改正は、早くやって貰わないと非常に困る。そうしなければこの国がどうなるのか本当にわからない、というのが私の問題意識であります。
アメリカを中心として北朝鮮との交渉が進むのか。それともいきなり軍事行動に入るのか。その見極めには一定の時間を必要としますが、戦争を始めれば、在韓米軍三万七千人は、いわば北朝鮮の金正日政権と韓国の盧武鉉政権の人質となり、少なくとも半数は生物化学兵器でやられる危険性がある。ですから軍事行動に入るために在韓米軍の撤退が十月ごろまでにはほぼ実現すると思います。そして第二次世界大戦後ずっと続いてきた日・米・韓の同盟関係は、ここでピリオドが打たれるでしょう。そう考えますと、大至急、憲法とそれに関する諸法律を改正しなければ大変なことになるだろうと思います。