《司 会》櫻井よしこ(ジャーナリスト)
《パネリスト》自民党 平沼赳夫(衆議院議員、前経済産業大臣)
葉梨康弘(衆議院議員)
民主党 西岡武夫(参議院議員、元文部大臣)
松原仁( 衆議院議員)
○借り物の憲法、有害な憲法
シンポジウムでは、まず、現行憲法の問題点として、その成立過程の問題が出された。
櫻井よしこ 浅野先生が「借り物」とおっしゃいましたが、いまの憲法は内容、構成、さらには国民の魂の発露である言葉遣いにおいても私たち日本人の憲法ではない。その私たちのものでない憲法に沿って、戦後六十年近く、我が国は運営されてきました。その歪みのあまりものひどさに気付いた人達が増えた結果が世論調査の憲法改正支持率の高さではないか。
平沼赳夫 いまの憲法は成立過程、出自に一番問題がある。米占領軍が、日本をして再び立ち上がれないように、属国化する目的でつくったのが日本国憲法であり、そのために、「菊と刀」つまり、皇室と武士道を破壊しようとした。この目的と、ニューディール思想にかぶれた若手将校の理想論が合体したのが日本国憲法だといっていい。憲法前文に「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」とあるが、現実の世界は自国の国益を守るエゴが支配している世界。憲法あっての人間社会ではなくて、人間社会あっての憲法であり、堂々と日本人の手になる、日本の伝統と文化と誇りを取り入れた憲法を制定していくべきだ。
西岡武夫 日本が戦争に敗れて占領軍から憲法を押し付けられた歴史的事実を、私たちは当時の時代の雰囲気と共に知っている。私は、かねてよりいつの日か、日本人の手で新しい憲法をつくるべきである、と一貫して考えてきたが、漸く、その空気が国民的に醸成されて来た。私たちの世代の義務として、ぜひこの機運を逃すことなく、政界の再編成も視野において憲法改正に取り組まなければならない。これに対して、戦後世代の葉梨氏からは別の視点が提出された。
葉梨康弘 我々戦後教育を受けた世代には、押し付けだからだめだ、時代にそぐわないからだめだ、といっても理解されにくい。今の憲法があること自体が我が国の安全保障にとって、あるいは我が国の社会のありようにとって極めて有害であるという視点が必要ではないか。憲法上、自衛隊は何の位置付けも歯止めもなく、ある意味何でもできる。外国からみてこんなに恐い憲法はない。平成六年、村山内閣が誕生し、社会党党首でもあった村山富一首相が一夜にして「自衛隊は合憲」と言い出したことに関して、当時、インドネシアの軍人から、「日本政府がいままでできないと言っていることも一夜にして憲法上できるようになるのではないか」と言われた。安全保障の話が憲法上何も決まっていない。こんな不気味な平和憲法≠ヘないではないか。
いわゆる援助交際について、学者の中には、児童にも売春をする自由がある、それは職業選択の自由である、というような議論をする人もいて、それが大手をふってまかりとおっている。これはやはり憲法の基本的人権の定め方に大きな問題がある。これに対して「日本は人権小国じゃないか」と国際会議で叩かれたことがある。その人権侵害を招いているのがこの人権憲法≠セ。このように、いまの憲法を放置することは真の平和主義、あるいは真の人権擁護の観点から極めて有害である。
櫻井 憲法は安保の問題だけでなく、日本人の心をもむしばんでいるのですね。
○日本人の可能性を阻害する憲法
松原仁 日本、中国、韓国、アメリカの高校生の世論調査が五年毎に行われているが、日本の高校生は七十パーセントが「自信がない」といい、その割合は、毎回増えている。ちなみにアメリカが四十パーセント、中国は十五パーセント。自信をもって行動するということは人間にとって重要なもので、例えば経済にしても、自信をもって日本の経済文化、日本固有の経済の在り方を世界に対して主張してこなかったことが不況の背景にはある。なぜ、日本人は自信がないのか。
その淵源は、憲法を自らの手でつくっていないことにあるのではないか。今の憲法は日本人のもつ民族的国民的エネルギーを阻害している。本来ならば、日本人は国際社会において有為な大きな存在になるべきであるのに、今の憲法はそれを制限してしまっている。それは、この憲法が日本の伝統文化、風情に即していないからだ。
かつてモンテスキューは「国民主権はどこでも同じだというのは間違いである。各国それぞれの事情に即した国民主権でなければ積極的ないい政治はできない」という趣旨のことを言った。いまの日本国憲法は日本という特殊性をほとんど除外して、日本の伝統風土を顧慮することなくつくられた。とすると、この憲法下での国民主権では積極的ないい政治が生まれるはずがない。あるいは、エドモンド・バークは「政治とは、過去の人と今の人と未来の人とが協同で行う作業である」と言っている。その意味でいまの憲法は極めて不十分。日本人のエネルギーが十全に導き出されない憲法は変えるべきだ。それでは、日本には、どのような潜在的エネルギーがあるのであろうか。
櫻井 明治初期、開国した日本を訪れた外国人が書き残した文献を読むと、なんと素晴らしい国かという驚きに満ちている。日本には福祉という言葉はなかったけれども、貧しい人も知恵遅れの人もみんな社会の中に溶け込んで暮らしていた。平等という言葉もなかったが、大英帝国の労働者よりもこの国の民は幸福な生活をしていた。リーダーたるものの資質=ノーブレス・オブリージュは、この国では武士道という形で、その責任と倫理が保たれていた。こういう国の姿があって、その後に明治憲法はできた。憲法は私たちのあとに来るものなのです。
日本のこれからの方向性を考えるに際し、歴史を振り返ることがとても重要だと思う。秀吉の時代、当時の世界で、十万単位のプロフェッショナルな軍勢を動かすことができたのは、日本とオスマントルコだけだった。江戸時代の日本の文化水準の高さは大英帝国も及ばないほどだった。明治になって日清日露の戦争に見事に勝利した。第二次世界大戦で負けて叩きのめされたが、その後経済大国として蘇った。どの時代をみても、違う色合いではあるが、世界のトップ水準を生きてきたのが日本国なんです。その実績をまず認識していくことが大事で、そうすれば、二十一世紀の日本が国際社会に貢献していく可能性も見えてくるはずです。
平沼 かつて大東亜共栄圏という理想は挫折したが、しかし、今日でも、中国の台頭に危機感をもつアセアンの指導者たちは、日本にこそ信頼と期待を寄せている。人口三十億、GDP七兆ドルというアジア圏において、日本人は民族的な自覚をもってアジアの共存共栄のために、リーダーシップを発揮していくべき。勤勉、ものづくりの卓越した優秀性、一宗一派に偏しない幅広い包容力など日本人の潜在力は、アジア、ひいては世界の安定と平和に貢献しうるものだ。憲法にも我が国の伝統文化、特性を踏まえて、日本人が果たすべき使命について盛り込んでいくべきだ。
○誇りある国民が育つ憲法を
葉梨 いまの憲法には世界市民主義はあるけれども、国家や地域社会などの共同体が軽んじられている。世界市民的なものばかり脚光をあびるような教育をしてきたことが、例えば、拉致問題の放置につながっているのではないか。さらにその背景には、国家観の問題がある。インドネシアやアメリカは、多民族を統合するために憲法や教育で箍(たが)をはめなければいけない。つまり、人工国家である。
これに比して日本は自然国家。文明の入れ物としての国は、古来から領土も民族もほとんど変わっていない。自然国家においては、国を大事にするということは社会と郷土、家族を大事にすることであり、その連続性を教育のなかで教えて行くべき。私たちの考えている国というのは文明、歴史、生活の受け皿としての自然国家であることを内外に明らかにしていくことが大事だ。
櫻井 ここに、拉致議連会長の平沼先生もいらっしゃいますが、アメリカは、この四月二十九日に出した国務省のグローバル・テロリズム・レポートに、「北朝鮮をテロ国家とした理由」に「日本人拉致」を明記しました。アメリカ政府が日本人の拉致問題をかくも正面からとりあげているときに、日本国政府の中に、拉致問題を全面に出してはならないという声がある。政・官界の中にあるこのような価値観をどう理解したらいいのか。
平沼 それは、つまるところ、自国の安全と生存を他国にゆだねてきたことに帰するのではないか。拉致問題の解決には、力強い外交の推進が不可欠であり、そのことは憲法を改めていくことにつながっている。
松原 今年の通常国会の予算審議の前に経済制裁法案としての外為法改正が成立した。日本が独自に経済制裁を発動できるという点において、これは日本の外交史上画期的なことであって、我が国が自立するための、戦後はじめての武器、剣を手に入れたと思う。成立した以上は、これを発動するのは当然で、政府に対してその実施を迫りたい。自らを守らないものは、自らに誇りをもつことはできない。誇りをもつ国民が生まれることこそが大事なのであって、そのためには、国は毅然とした外交をしなければならない。近隣諸国に気兼ねしたり、阿ったりして弱腰の外交姿勢を国が取りながら、子供たちに自信をもて、といっても何の説得力もない。
一つの国の国民が誇りをもつかどうかは、外国との交渉において、どれだけ自国のプライドや名誉を重んじて毅然として行動するか、にかかっている。拉致問題しかりである。
また、今日一番の問題は人口の減少。年金問題もこの少子化に対する抜本的な対策を練らない限り真の解決はない。日本の伝統文化が素晴らしいものと思うならば、これを継承する人を産み育てようとするのが自然だ。いま子供を産もうとしないのは、日本の国が自信を持っていないからだ。自信を取り戻すためには憲法を自らの手でつくることだ。
西岡 新しい憲法をつくるときに最も肝心なことは、国家として自分の国の安全は自分で守るという決意だ。その意味で、憲法改正に賛成している国民にも改めて、その決意が問われていると思う。
○改憲への具体的プログラムとは
葉梨 まず国民投票法案を早くつくること。次に、発議に必要な国会議員の三分の二以上の確保だが、改憲であれ創憲であれ加憲であれ憲法を見直そうという議員の数が衆参両院で三分の二以上の議席となった、戦後五十七年間の歴史上初めての憲法記念日をきょう迎えたのではないか。このチャンスを逸してはならない。
西岡 二段階でやらないと実際には進まないのではないか。両院議員総数の三分の二でなく、二分の一で発議できるように、まず憲法第九十六条《註》を改正することが現実的だ。
松原 きょうの新聞に大きく読売の憲法試案が載っていたが、現実の憲法問題は、議員だけではなく、有識者やマスメディアの議論も含めて国民全体の盛り上がりが必要。そういう国民的議論も各地で起こしていきたい。
櫻井 国民の側からみると、拉致問題が憲法改正を望む動きと深いところで繋がっている気がする。国民はこの国が私たちを守ってくれるはずだとずっと思ってきていたのが、そうではなかったんだと具体的に突きつけられたのが、この拉致問題だった。この問題を通して、国民は、この国は果たして国家なのか。日本は国家なりやと問い始めました。日本が国家たりうるために憲法改正は不可欠です。この次の選挙、あるいはその次の選挙で私たち国民が、どの候補者を選ぶか、どの政党を支持するかという基準は、この人は、この政党は、憲法改正をするのかどうか、ということになっていくのではないかと思います。
《註》憲法第九十六条一項この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。
憲法 ─ 新憲法の制定で日本再生を