皇太子(浩宮)殿下のご誕生を当時どのようにお祝い申し上げたか
(昭和35年2月23日から29日までの朝日、読売、毎日、日経新聞より抜粋)
日本会議事務局調べ
1:経緯(出産予定日は3月1日で、予定よりも約1週間早いご誕生となった。)
@昭和35年2月23日 午後4時15分 ご誕生
宮内庁発表「皇太子妃殿下は「本日午後4時15分宮内庁病院でご出産、親王がご誕生になりました。御母子ともにお健やかであります。」
A23日 午後5時半 「贈剣」昭和天皇が守刀を贈られる。
B24日 午前9時から正午まで
両陛下は、皇居内宮内庁玄関で、さらに渋谷の東宮仮御所でも、各大臣、各国大公使などの参賀の記帳をお受けになる。
C2月24日 午前9時から正午
天皇・皇后両陛下へは皇居内宮内庁玄関において、皇太子殿下へは東宮仮御所において、各大臣、各国大公使などが参賀の記帳。
24日 午前10時
各皇族方、旧皇族、ご親類、岸総理、清瀬・松野衆参両院議長、田中最高裁長官、宇佐美宮内庁長官ら各界代表約50人が皇居拝謁の間で、天皇・皇后両陛下と皇太子殿下にお祝いを申し上げた。(英女王、米副大統領などからの祝電は620通)
D24日 午後12時半から4時まで(午後1時の予定を30分繰り上げ)
25日 午前9時から正午まで
皇居内宮内庁舎前において一般の参賀(記帳)が行われた。
イ:記帳者数は約1万人で、立太子礼、ご成婚式の数を上回った。
ロ:京都、札幌など各地でも記帳が行われた。
E29日朝
宮内庁病院で「浴湯の儀」、東宮仮御所で「命名の儀」が行われた。
午前11時5分、宮内庁発表「本月23日ご誕生になった親王殿下は、御名を徳仁(なるひと)と命ぜられ、浩宮(ひろのみや)と称されます」
F29日昼
東京都主催の祝賀音楽パレードと、都教育委員会主催の祝賀大会が開催
2:ご誕生直後の様子
@23日当日
イ:夜の町に電光ニュースで親王殿下のご誕生を伝える。
ロ:午後5時ごろから慶祝の人々が三々五々二重橋前に集い、君が代を斉唱したり、万歳を叫んだ。
ハ:午後7時すぎ、仮御所に、町内会の常盤会が、「奉祝皇子さま誕生万歳」の書いたボンボリをオート三輪に乗せ、荷台の太鼓を鳴らしながら、200名ぐらいの行列とともにやってきた。お車寄せ前では「皇子さま万歳」と叫び、祝意を表した。23日、浅草仲見世、新仲見世で日の丸の小旗を配布。
ニ:上野広小路通りでは、270本の日の丸を街路灯に取り付けた。
ホ:渋谷駅前の目抜き通り、日の丸の小旗で飾られ、ビルには、「親王さまご誕生おめでとうございます」の垂れ幕やポスターが貼られた。
ヘ:歌舞伎座では、幕間に猿之助が紋付羽織に着替え、舞台から「高うございますが、おめでたいニュースをお知らせします」と宮内庁発表を読み上げた。
ト:浅草国際劇場では、観客に、日の丸の小旗1500本を配り、舞台のネオンを背景に観客も踊り子も一緒に「万歳」を三唱。
チ:明治座では、花柳章太郎、水谷八重子らが舞台にたち、久保田万太郎師匠の「祝盃をあげたり春をよろこびて」の句を読み上げた。
リ:池袋の西武の屋上から「祝 皇孫殿下ご誕生」と記した吹流しを下げたヘリコプターが飛び立ち、皇居、東宮仮御所、正田邸上空を慶賀飛行。また、朝から受け付けていた「御安産祈念」の記帳を、午後4時40分より「祝 御誕生」に切り替え、兵庫県明石市からお祝いのタイ7尾を日航機で取り寄せた。
ヌ:東宮仮御所前で太鼓を打ちながら、紅白の提灯を手に慶びの万歳をする民衆
ル:夕方、江東区の映画館の屋上から「おめでとう ご親王さまご誕生」のアドバルーン
ヲ:現地時間23日朝、オリンピック村では赤飯を炊いて、選手達がお祝い。
ワ:氷川町会では、各戸に日の丸を掲げ、皇太子殿下が新宮さまと対面される際、小旗を振ってお見送りする。(午後5時55分ごろご出発)
カ:午後9時25分、「親子対面」を果たされて東宮仮御所にお帰りになった皇太子殿下を万歳でお迎え。
A24日以降
イ:日本航空では、24日の国内線乗客全員およそ1700人に「祝親王ご誕生」としるした菓子箱を配った。
ロ:午後12時半と2時、コロムビアKK主催の「親王様ご誕生慶祝歌発表会」が日本橋三越の屋上ステージで開催。
ハ:25日から銀座通り連合会は、銀座1丁目から8丁目、数奇屋橋から三原橋までの都電大通り両側の街路灯120本に三角旗型の紫のベニヤ板を飾り、菊のご紋と「皇孫ご誕生」の文字を入れて、日の丸と連合会の旗を添えて町を装飾する。
ニ:25日から浅草商店連合会は、「おめでとう、親王ご誕生」の文字を入れた横断幕を15商店街に一斉に飾り付ける。
ホ:25日から品川区の武蔵小山商店街連合会は、「慶祝 皇子誕生」のプレート25本をアーケードに飾り、各柱に日の丸の小旗を取り付ける。
ヘ:27日朝、神戸に入港中の米海軍航空母艦上で30分かけて「オメデトウ」の人文字が描かれた。「ヒップ・ヘップ・フレー」とアメリカ式の万歳三唱を繰り返した。
ト:常盤松町、氷川町両町会は、妃殿下が退院された週の日曜日(3月6日)に提灯行列と旗行列で御所にお祝いする。
チ:3月8日から3月13日まで、日本橋三越において朝日新聞社主催の新宮さま「ご誕生」慶祝展が開催。(後援:東京都立博物館・神社本庁)
リ:東京都商店街連合会は、3月中旬から1ヶ月間を「皇孫ご誕生奉祝月間」として都内全商店のウインドーに10センチ大のステッカーを張る。
ヌ:電車やタクシーに日の丸の小旗が取り付けられた。
ル:奉祝菓子が作られた。
3:各地で開催されたお祝いの催し
イ:23日午後4時半すぎ、美智子妃殿下のご実家の館林市では、ご誕生の報に20発から30発の花火が打ち上げられ、市役所前に集まった市民から万歳と拍手が沸き起こった。駅前通りや繁華街には国旗日の丸やお祝いの横断幕を張られ、郷土名物の八木節を歌ったり、踊ったりする祝賀行事が行われた。
ロ:23日午後6時半からのオーストリア国立アカデミー・ウイーン合唱団による来日演奏会で、「皇孫にささげる子守唄」が合唱。
ハ:24日午前10時、品川区の立正幼稚園児約180人が「祝おうじさまごたんじょう」の字幕を先頭に幼稚園のまわりを旗行列した。
ニ:24日午前11時から、墨田区向島文化幼稚園では、ひな祭りをかねたお祝いが行われた。庭の正面に両殿下のお写真を飾り、日の丸の小旗を振って、「皇太子さま、美智子様おめでとうございます」とひな祭りの歌や遊戯でお祝いした。
ホ:24日、日本橋の三越店では屋上ステージで慶祝歌の発表会が開催。「かわいい赤ちゃんお生まれになった・・・」。ベビー用品売り場やショーウインドウには、皇太子同妃両殿下のお写真が飾られた。
ヘ:24日から1日3回、日本橋高島店では、1階正面ステージを特設し、日本雅楽研究会が「慶祝 皇孫お誕生雅楽舞楽」を奏上。
●東京都の動き
イ:23日朝、公立学校や出先官庁に国旗掲揚を指示。
ロ:23日午後8時、都庁舎の壁面にお祝いの文字「祝 親王殿下御誕生」が貼られた。
ハ:24日、都庁舎の屋上には、大きなこいのぼりが揚げられた。
ニ:29日午前10時開会の定例都議会において、皇孫の御誕生をお祝いするお言葉を起草し、内田議長と東知事が皇居と東宮仮御所を訪れ、「お祝いの言葉」を差し上げることを決めた。
ホ:29日午前11時半から都庁新庁舎で知事など約300人が出席して、祝賀式典が開催。
ト:29日正午から、東京都は盛大な「祝賀音楽パレード」を開催。日比谷野外音楽堂には陸・海・空各自衛隊、警視庁、皇宮警察、愛国学園、日大富山高など9団体600人が集結。「君が代行進曲」、「軍艦マーチ」を演奏しながら、田村町から新数奇屋橋、鍛冶橋を経由して都庁までパレードした。
チ:29日午後1時より、都の教育委員会が主催して、「男子ご誕生をこどもたちでお祝いしよう」との祝賀大会が九段会館で開催。会場には、都内の小学生から高校生までの約1500名が参加。ブラスバンド、踊り、鼓笛隊の演奏、映画上映など多彩な催し。午後2時には、代表のこども約20人が宮内庁にお祝いの言葉を伝える。
4:ご誕生をお祝いする広告が掲載
ベビー用品会社をはじめ、百貨店等がお祝いの広告を掲載した。
イ:森永乳業の一面広告・・・皇孫ご生誕記念として、2つのプレゼント
「3月生まれの赤ちゃん1万名に記念アルバムとドライミルク1缶を抽選でプレゼント」
「ドライミルクをお買い上げのみなさんに抽選券をプレゼント(家庭用品、ベビー用品、特製アルバムなど)」
ロ:明治乳業の半面広告・・・皇孫ご生誕記念として、慶祝特製アルバムを先着150000名にプレゼント。
ハ:日本橋高島屋の広告・・・皇孫殿下と同じ誕生日の赤ちゃんに抽選で記念品をプレゼント。締め切りは、皇孫のご誕生日より15日目まで。
ニ:作家の武者小路實篤氏による見開き3分の1広告
「皇孫の御誕生を祝って」
皇太子様おめでとう。皇太子妃様おめでとう。お祖父様、お祖母様、さぞ御喜びと思います。國民も大喜び。御三方の御姿見たら萬歳の声も一段と力が入りましょう。健かに御育ちになり我々をいく久しく喜ばせて下さい。其處に日本の繁榮と平和が約束されております。誠におめでとうございました。新しくお生れになった方、萬歳。
5:議会の動き
イ:各党共同で皇孫殿下のご誕生慶祝決議案を提出。
ロ:参院から天皇陛下と皇太子殿下に院議をもって、賀詞の奉呈。