思わず口ずさんだ七十年前のリズム
西澤潤一( 岩手県立大学学長)終戦以来、上向きを続け、特に最近三十年間は日本始まって以来の好況だったのに、あれよあれよと云う間にドン底まで落ちてしまった。少々明るく輝いたのは女子柔道、女子マラソンなど女性を先頭としたスポーツだけだった。
そんなときに、久々に朝日が昇った。内親王殿下の御誕生である。思わず口をついて出たのは、「夜明けだ、夜明けだ。鳴った鳴った、鐘々、ランランチンゴーン… 」と云ったか、間違いだらけの七十年前のリズムだった。
妃殿下が余り表情が変わらないので、内親王かなと思っていたのが当った訳だが、これで次に親王がお生まれになれば万々才だが、高年出産の場合、一人生まれると次々とも云われているから、賑やかな御家族になられるかも知れないが、余り余計なことを望んで圧力をおかけするのはよくない事だ。兎に角、嬉しいことだ。
両殿下の御意志に深い感銘
森下洋子(財) 松山バレエ団団長、プリマバレリーナ)新宮様ご誕生おめでとう存じます。
心からのお慶びを申し上げます。
"敬う"ことを人として最も大切な心、"愛する"ことを人として最も大切な行いとしてご称号御名前におとり入れあそばされた両殿下の御意志に深い感銘をおぼえております。日本中をほのぼのとよろこびに包んで下さった愛子内親王様、お健やかなご成長が楽しみでございます。
生命(いのち)より尊い愛
藤岡弘、(俳優)愛子内親王殿下の御誕生おめでとう御座居ます。心より御慶び御祝い申し上げます。全国民が心より願っておりました愛子内親王殿下の御誕生は、我が国の希望の光明となって21世紀を照らして、ゆく事と思われます。生命(いのち)より尊いものは愛だと思います。
すばらしい愛を中心に全国民、いや全世界に愛の輪を広げて行こうと思いやられる、深きやさしさと願いを感じずにはおられません。まさしく日本国民全体の総意と思われます。誠に尊い御命名をなされました。愛深き御皇室の御心が一滴の雫となって日本及び全世界に伝わり感動の波となって広がって行く事と確信致しております。愛子内親王殿下のお健やかなご成長と御皇室の弥栄を心よりお祈り申し上げます。合掌
希望の光が世界に発信された
宮下富実夫( ヒーリング・ミュージック作曲家)皇太子妃雅子殿下御出産おめでとうございます。
そして愛子内親王殿下におかれましては、ご誕生おめでとうございました。輝かしい21世紀の希望の光が、日本国から世界に発信されたと確信しております。国民が本当に喜ばしく、感動を共有できたことは、素晴らしい事と思います。ありがとうございました。皇室の弥栄と、愛子内親王さまの健やかな御成長をお祈り申し上げます。
とびきりの吉報
弘兼憲史( 漫画家)愛子内親王殿下のご誕生は日本中の国民を勇気づけるとびきりの吉報でした。衷心よりお祝い申し上げます。また、愛子さまの健やかなご成長と雅子さまの健全なお肥立ちをお祈り申し上げます。
敬宮愛子内親王!
すばらしいお名前!出雲井 晶( 作家・日本画家)
何とすばらしいお名前でしょう! 敬宮愛子内親王さま!
今の世の中で一番薄れていることは、敬(うや)う敬(つつし)む心ではないでしょうか。殊に目には見えないが遍(あまね)く満ちて凡てを生かし凡てを調和あるかたちに動かして下さっています大いなるもの= 創り主=神への敬い、敬みの念が、です。
その思いの大切なことを国民に蘇らせて下さいました。そして凡てを恕( ゆる)し大らかに愛する創り主が万のものを愛しく思い慈しみ愛(め)で可愛がる思いの大切なことを、さりげなく教えて下さいました。皇孫殿下への天皇・皇后両陛下と、御父母殿下のご慈愛が凝って顕わされた絶妙な御名と拝しました。母殿下のお手の中でおやすみになられるお顔の、お鼻が高く髪は黒々として早くも冒(おか)し難い気品を感じたのは、私だけではありますまい。
これまでなし得なかった全員一致で、衆参両議院も賀詞を奉りましたとか。まさに愛子内親王さまは天降られました大和の天使でありましょう。
日本の春
川上源太郎( 社会学者)愛子内親王さまの御誕生は、久しく暖められることのなかった日本国民のこころに、穏やかな春の陽がそそがれたように、慶びあふれる訪れであった。
この日本のこころの春は、私のはるかな記憶のなかにもあって、その夏の朝には、私たちがすでに席にあった新幹線のこだまの車中に、美智子妃殿下と御手をつなぐ、愛らしい日の皇太子殿下、秋篠宮殿下がお乗りになった。御皇室とおつきの方々が座られた車両の半分より、私たちのいる半分の席のほうがずっと空いていて恥ずかしかった。しかし、そこにも春の陽があふれていた。
二人のお子様が手洗いに立つ時、お母様の美智子妃殿下は、お手を引かれ、しばらく扉の外におられて、またご一緒に席にもどられた。緊張している私のそばを通られるときには、やさしいお母様の笑顔で会釈された。日本人に生まれて本当によかった。
御皇室のお慶びは、日本のとこしえの春
新宮さまの笑顔は日本護る輝き
村松英子(女優・詩人)敬宮愛子さま、御誕生を心からお祝い申し上げます。
この数年にひき続き、昨年はとりわけ衝撃的な暗い報道ばかりで暮れようとしていた年でしたが、新宮さまの御誕生は、日本を明るくして下さったと思います。
日本は、その二千年の歴史が、常に皇室を中心にまとまって続いてきた、世界でも稀有な文化国家です。この雅( みやび) な文化が日本を護っているのだと、西洋の歴史学者が指摘していますが、その誇りを失う時、日本は「日本」でなくなるのでしょう。可愛らしい新宮さまの笑顔は、「日本」の私たちを護る輝きに見えます。
脳裏に浮かんだ"敬天愛人"
蔡 焜燦(偉詮電子股分有限公司薫事長)昨年十二月、内親王殿下の御名前が台湾に伝わってきたとき、ふと私の脳裡を過ぎったのは、敬天愛人≠ニいう言葉だった。西郷隆盛が好んで使ったこの敬天愛人≠ヘ、「天を敬い、人を愛する」という意味であり、まさしく敬宮愛子さまを象徴しているように思えたのである。
今日の殺伐とした世の中にあって、我々が忘れかけた「敬い」そして、「愛する」ことを、その御名前によって喚起させられた人も多かったにちがいない。それはまた神の啓示の如きであった。
もとより、日本国民をはじめ日本の御皇室に親しみをもつ多くの台湾人にとって、内親王殿下のご誕生は、暗い事件が相次いだ2001年の中で、もっとも明るくそして喜ばしいニュースであったことはいうまでもない。私は、昨年十二月一日に台北で開かれたあるパーティで、十数名の日本人から拙著にサインを求められ、次のように書き送った。
2001年、内親王殿下ご誕生の日に%熕e王殿下・敬宮愛子さまの御生誕をはるか台湾の地から謹んでお祝い申し上げます。
「本家」と「分家」
中山大三郎( 作詞・作曲家)皇室と、一般の国民とのカンケイは、「本家」と「分家」のようなものだと思うのである。本家の繁栄は、もちろん、分家の希望である。ねがいである。いのりである。
本家の慶事なら、分家の分家、そのまた分家まで、こぞって祝うのである。それは「自分」もふくめた「よろこび」に他ならないからである。
愛子内親王のご誕生、めでたいめでたい。
親しみをこめてか。わたしは、そう呼んで、「本家」の姫さまのご成長を見守りたいのである。この「本家」と「分家」の気分、外国人には、わからないだろうなア。
日本繁栄の秘密
入江隆則( 明治大学教授)日本が世界に誇るべきものはいろいろあるが、皇室の存在はその最たるものである。神話と歴史の境界の問題はしばらく措くとしても、千五百年以上にわたって存続し、百代以上も受け継がれてきた王朝というものは、世界広しといえども、日本にしか存在しない。
皇統が長く続いたということは、正統としての価値がそれだけ確固として定まっているという意味であって、日本の皇室が早い時期から実務権力とは一線を画して、政治的・文化的な権威としての役割に徹してきたことが、この長い皇統の秘密である。
日本の現在の政治制度は、そういう伝統的な権威と権力の分離に加えて、近代的な三権分立を据えているので、世界で最も見事で安定した政治が実現している。経済の好況と不況の波はあるにしても、日本の長期にわたる繁栄の秘密がここにあるのは、明らかである。その皇室にこの度内親王殿下がご誕生になった。これにまさる慶事はない。心から奉祝を申し上げる。
親王さまも内親王さまも
ご誕生のめでたさに変りなし長谷川三千子( 埼玉大学教授)
十二月二日、午後五時近く、二重橋前で地下鉄を降りると、改札口を出たあたりから、もう人の流れができてゐた。方向音痴の私も、今日ばかりは迷はず、その流れにのつて歩いてゆくと、前方の皇居前広場からは早くも拍手の音が響いてくる。あまりの人出に入口でうろうろしてゐるのを、奉祝委員会の方が見つけて、空いた席へと誘導して下さつた。
今日の奉祝集会は、お祝ひを述べる人々も、正装あり、コート姿あり、また「いまスタヂオから駆けつけました」と本当に息を切らしてゐる人ありで、まつたく何の衒ひもない。
皆がただもう、よかつた! 嬉しい! めでたい!と馳せ参じてゐる。その一つ一つに拍手し、日の丸を振る内に、それまでかすかに心の内にあつた中途半端な思ひが、きれいに霧散してゆくのを覚えた。親王さまも内親王さまもご誕生のめでたさに変りなし― さういふ確信
が心の底から湧きのぼつてきたのだつた。内親王殿下のご誕生おめでたうございます!
皇室と国民の一体感がある限り
中西輝政( 京都大学教授)昨平成十三年十二月一日、皇太子妃殿下雅子さまには、内親王殿下をご出産になられましたが、私はこのニュースを出張中の新幹線の車内の電光ニュースで知りました。そのニュースが流れた瞬間、車内の人々の雰囲気は一転したように感じられました。互いに知り合いとは見えない人同士が、急に会話を交わし始め、久しぶりの明るいニュースに車内には自然と笑みが広がり、何ともいえないなごやかなムードに包まれました。日本人がみな、皇室と国民の一体感を自然に素直に表現している姿ではなかったかと思います。
その後、内親王殿下には御称号が敬宮さま、御名が愛子さまと御命名になられました。皇太子殿下、雅子妃殿下のお慶びはいかばかりかと拝察致し、心よりお祝いを申し上げます。
現在、日本はこれまでにない多くの問題に直面しておりますが、たとえどんな時代になっても、こうした皇室と国民の一体感がある限り、この国は永く栄えゆくことを改めて確信させて頂きました。皇室の益々の御繁栄を願ってやみません。
御名にこめられた祈り
木村治美( 共立女子大学教授)自分のこと以外に、心から「よかったなァ」の気持ちになるのは、人生に幾度もあることではない。このたびはその数少ないお喜びの気持ちを私はかみしめている。この御慶事は、国民の一人として、まさに自分のことと感じられるからだろう。
敬宮さまの御称号、愛子さまの御名が、とりわけうれしくてならない。昨今、日本人の名前は、思いの伝わらぬ、意味のないものになってしまった。語呂あわせのような、イメージ先行の、おしゃれっぽい漢字を並べるのが流行である。名前から哲学と思考が消えた。
日本人が漢字にこもる心を忘れ、薄っぺらくなった証拠のようにも思えるのである。かっては、誰か、あるいは何かに因んだり、意味を考えたりして、祈りをこめて命名したものであった。
孟子を出典とする愛子さまのお名前が、これからの日本の命名事情に大きなインパクトを及ぼして下さることを期待したい。
愛子様、おすこやかに
市田ひろみ( 服飾評論家)或る新聞社から、雅子妃御出産の時は、すぐに知らせますからコメントを頂きたいと言われていたので十一月二十日頃から毎日毎日気をもみながら過ごしていた。
十二月一日。その日は大阪N H K でおしゃれ工房の収録をしていたのだ。「内親王御誕生」のニュースはスタジオをかけめぐった。私は本番までの間、楽屋で必死でコメントを書いた。
3102グラム。49・6センチメートル。
御健康そのもの。車に乗っても、人に遭っても「良かったね」「良かったね」まるで身内、親戚のごとしだった。
初めて授乳なさったと言う日も「母乳なのね」「雅子妃は御健康だもの」。これまた身内、親戚のごとしなのだ。
開かれた皇室。御結婚も御出産も、身内、親戚のごとく身近になったことはまことに象徴として素晴らしいことではないか。それにしても皇太子様のお人柄が素晴らしい。
台湾のメディアも選挙報道を一時中断
櫻田淳( 評論家)敬宮愛子内親王殿下の御誕生は、我が国の人々が斉しく待ち望んだ慶事であります。私は、あらためて謹んで奉祝申し上げます。
内親王殿下の御誕生は、現下の我が国の多事多難な折柄、幾多の人々に燭光を投げ掛けるにも似た出来事でした。私は、訪問していた台湾にて殿下御誕生の報に接しましたが、台湾のメディアもまた、当日の選挙報道を一時中断して、殿下の御誕生を伝えていたようです。
内親王殿下におかれましては、その御名の通り、我が国のみならず世界の人々の「敬」と「愛」とを一身に受けられ、健やかに成長あそばされることを、ここに謹んでお祈り申し上げる次第であります。
いたわりと敬慕に満ちたご家庭
上之郷利昭( 作家)平成十二年二月二十三日、皇太子殿下は誕生日を前にした記者会見で、前年末、悲しい思いに堪えられた妃殿下にたいして、「雅子は非常によく辛抱したと思います」といたわりの言葉をかけられた。その少し前、平成十二年の新年歌会始で、雅子妃殿下は「七年をみちびきたまふ我が君と語らひの時重ねつつ来ぬ」と詠んでおられた。
天皇・皇后は初めて子供を手元でお育てになった。そのお陰で家庭の大切さを知ったと天皇は皇后に感謝の言葉をかけられ、それを可能にするため天皇は陰陽に支えてくださったと皇后は敬慕の意を表しておられる。
平成十一年末には、雅子妃殿下はいうにおよばず、皇太子、天皇、皇后などご一家が悲しい思いをされた。その悲しみを乗り越えて、いたわりと敬慕に包まれた、羨ましいばかりの温かいご家庭にお子さまが誕生したということの慶びは如何ばかりかと、心からお祝いを申し上げたい。