main_01.gif
皇室 ─ 皇室敬慕の伝統を守ろう
天皇陛下御即位十年国民祭典
記念講演

期日:平成11年11月11日
会場:皇居前広場

○記念講演T
世界は日本の再興を待っている
ーフランスより御即位十年をことほぎて
オリヴイエ・ジェルマントマ
作家、フランス国営文化放送プロデューサー
[通訳]竹本 忠雄(筑波大学名誉教授)

世界の画一化に如何に抗すか

 こんにち、地球上の至るところで人間社会は一つの問題に遭遇し、この間題の複雑性は二十一世紀に向かって増大の一途をたどりつつあります。それは何かと申せば、恐るべき世界の画一化に対して、国家のアイデンティティを如何にして守るかということであります。
 これについて真実は既に明白であるにもかかわらず、まだ十分に理解されるには至っておりません。この真実とは、世界の画一化が進めば進むほど、それぞれの民族は己のルーツと国の独立に忠実であらねばならず、さもないかぎり諸民族はすべて風のなかの藁くずのよう忙恢きさらわれるほかはないということ、この ことであります。
 これについて日本の生んだ国際的映画女優であり、またフランス人が大層敬愛しております岸恵子さんが、最近つぎのようなことを日仏間で述べておられます。「日本は、いまこそ、その本姿を取り戻す造に邁進すべきです」と。
 日本の天皇陛下が比類なき役割を演じられたのは、まさにそのような意味においてでありました。天皇の御存在あればこそ、日本民族は、一直線に、連綿として絶えることなく、その最も遠い歴史の淵源と今なお結び合わされているのであります。世界広しといえども、このような国は、たった一つ、日本しかないのであります。
 日本国民の統一と安寧を守るために、日夜、天皇が御心を砕き、民族の偉大性をも不幸をも一身に持しておられることを、私共はよく存じあげております。貴国の長い歴史にわたって天皇は、武士と歌人と神宮と、貴賎を問わず民草の頂点に立ってこられました。最も貧しい百姓といえども、遠つ世においては、この大いなる血筋の末裔であることを誇りとする、そのような国柄だったのであります。
 そして何よりも、天皇をとおして日本の皆さんは、『古事記』『日本書紀』の物語る神話に結ばれ、また神道に結ばれてきました。
 神道なくして日本の存在はありません。
 天皇は日本国の無窮の象徴であらせられ、その御存在を拠り所として皆さんは、来るべき二十一世紀に臨んで必要なる霊力を身におびられるであろうと、私は確信いたします。
 伝統に忠実であるとともに、他の異文化に対しても開かれてあることが、この場合、必須の条件となります。けだし、自らのルーツに忠実なる者のみが異文化に心を開くことを恐れないからであります。
 人類文明の問題とは、物質的サブカルチャーが諸民族のルーツの根幹そのものを揺るがしているという事実であって、これに対して、自然と一体化した神聖と調和の文化の保持者たる日本が、どう貢献しうるか、これを皆さんが望んでいらっしやるのか否かが、問われているのだと申したいのであります。

日本よ、独立国家たれ

 しかし、そのためには、一つの条件がクリアされねばならないこと、
申すまでもありません。日本は、アジアおよび世界において、日本本来の均衡の役割を果たされんことを望まれており、それは貴国が何を措いても独立国家でなければ叶えられないという、この条件なのであります。
 いかにも、戦後、我々は、外国の軍隊によって祖国が占領されるという不運を共通に味わってきました。たしかにそのような歴史的条件がさまざまにありました。だが、状況は一回転した(revolue)のです。いまや、日本にとって、真の独立達成、主権回復の時であります。この裏の独立、其の主権を、次世代が「日本人とは何か」ということを忘れはててしまうまえに、確立しなければなりません。しかも、どこかアジア大陸の大勢力の国家が覇権を確立するまえに、それを達成しなければならないのであります。
 かくいうフランスは、ではお前はどうなのかと言われれば、私共も、何度にもわたって主権喪失を経験してまいりました。お国の明治維新以後の時代にかぎつても、一八七〇年と、一九一四年と、一九四〇年とで、三回も外敵に侵略されてきているのです。第二次世界大戦においては、恐るべき野蛮なナチの軍隊によって四年間も占領されました。
 かくして、大戦下において、シャルル・ド・ゴールの指揮下にレジスタンス運動が生まれたのでありました。そしてド・ゴール将軍は一九五八年に、国民的要請によって政権の座につくや、二つの大事業を達成したのでありました。すなわち、新憲法制定による第五共和国の創建と、核抑止力による完全独立の国防の二つであります。
 ド・ゴールのおかげで生まれた現代フランスの制度は、大黒柱として七年間任期の大統領を元首とし、大統領は国軍の長として独立を保証します。では、かかる制度をもたらしたド・ゴールその人の心中は那辺にあったかと問えば、いかにして往年のフランス王国の長い伝統を、フランス革命によって生まれた共和国の理想に結ぶかということにありました。
 フランス人とて、過去を忘れたわけではないのです。一七八九年の革命が、その二年後、王の首を斬って達成されたことで、いつまでも胸の痛みは消えることはありません。この断絶は、ド・ゴール将軍の天才を保って初めて越えることができたのであります。ここから、フランスは、歴史のなかで再統合されることを得たのでした。
 国と民族の、この再統合以上に、民族の存続のために必要なるものがあるでしょうか。
 「国際的役割を演ずる上において肝要なことは、自らの手で、自らの所を得て存することである。まずもって国家的現実ならざる如何なる国際的現実もないのである」。いみじくもこれは、一九五九年十二月十三日に発せられたド・ゴール大統領の宣言であります。

神道は人類の文化財

 この一介のフランス人をして、あえて日本に対しては、かく言うことをお許しください。
 貴国の天皇に対して、もっと大きな役割をお認めしてしかるべき時代が、ついに到来したのである、と。
 なぜならば、大和朝廷以来の歴史に即して、天皇御一人のみが、全き精神の独立をもって遠くまで見そなわすことがおできになるからであります。天皇御一人のみが、個々人の利害をこえて、日本民族に対してその未来をお示しになることができるからであります。必要とあらば、いかなる犠牲を払って唯物主義的消費社会の悪弊から逃れるべきか、その道をお示しになれるからであります。
 天皇の権威は、ひとえに、歴史が天皇をとおして語ることに由来しております。
 しかし、また、神道が、天皇をとおして語ることにも由来しているのであります。神道こそ、日本の最も貴重なる文化財にほかなりません。神道こそ、あなたがたが世界でユヒークなる民族たることの証であり、万邦の繁栄のためにユニークでありつづけなければならないことの証であります。
 今度で七度目の訪日をつうじて、神道との接触は、つねに自分にとって最も豊餞なる経験をもたらしてくれました。伊勢、大神神社、出雲、熊野、富士山、筑波山、…このほか多くのお社をめぐって日本中を歩きました。最後には自分の子供たちをも呼び寄せ、これらの聖地の幾つかに連れ歩いては、こう言って聞かせました。「ここでたっぷりと霊感を受けなさい。日本の魂はここにあるのだから!」と。
 もちろん、明治神宮に参拝したことをも申し添えなければなりません。明治神宮なくして東京が「水遠の日本」に結びあわされることはありえないことでしょう。
 日本神話をもって、皆さんは、来るべき二十一世紀文学の糧となる、
波めども尽きせぬ宝を手にしておられるのであります。そうであればこそ、一個の異邦人にとりましては、この宝が、どうもお見受けしたところ、学校なり映画なりによって次世代にほとんど伝えられていない、これも外からの圧力によってそれを強制されている様子を見て、驚きを隠しえないのであります。
 日本神話は、もはや人類の文化財です。今後、私は、日本神話と神道の豊饒さを我がフランス人の同胞に伝えることをもって、もちろん異邦人としてですから、虔しやかにしかできませんけれども、これをもって我が天職といたしたいと、こう考えてさえおります。
 神道がその開かれた精神を汲みとる源泉は、その自然の表しかたにあり、そして自然は普遍的存在なのであります。自然の神聖化(sacralis ation9)への内的欲求がますます高まりつつあるこんにち、神道の霊的影響を日本の国外に及ぼすべき機会がついに到来したといえるでありましょう。

世界は真の日本を
待望している

 「一国の名誉は、まず第一に、その国が何を世界にもたらしうるかにかかっている」と、アンドレ・マルローは、彼がド・ゴール大統領の文化大臣だったときに宣言しております。日本は、その文化をとおして、すでに多くを世界にあたえてきました。日本は、さらに多くをあたえることができるのです。もし、ふたたび、自らの伝統的価値に信頼を置きさえするならば。
 私は、貴国のことばかりを考えてそう申しあげているのではありません。日本がそうなってくだされば、フランスのためにも、ヨーロッパのためにもありがたいと思って申しあげているのです。独立とアイデンティティは、万邦の間にあって、互いに友愛的であり、支えあうべきものであります。
 日本が自己信頼を回復するためには、天皇の御役割こそ絶対必要であります。たとえ、アマテラスの鏡のごとく、その御存在が隠れてありましょうとも。そもそも一個の西洋人にとりましては、日本文化の最大の教訓の一つは、幽なるもの(陰影のうちにあるもの)は白日のもとの顕なるものより、しばしばはるかに勝って強力なのでありますから。
 日本の皆さん、私は地球の反対側から、一つのことを申しあげるためにやってまいりました。それは、このよケであります。
《世界は、其の独立国家日本を待望している。自己の伝統に忠実で、しかも万人に開かれた日本を。願わくば、この日本が、全人類の典型として仰ぎ見られ、あの有名なる明治天皇の御製のように世界に伝わっていきますように!》
(日本語で)
 四方の海みな同胞と思ふ世になど
 波風のたち騒ぐらむ
(日本語で)
ニッポン・バンザイ!
  [本稿は当日の講演の抄録です]



○記念講演U
皇室と日本人

―世界に示す日本の誇り
渡部 昇一
上智大学教授

私は「天皇陛下」と言うときには、必ず「第百二十五代」と前につけることにしています。なぜなら、「第百二十五代」の中に天皇の御存在の本当の意味がこめられていると思うからです。
 私は昭和のはじめに生まれ、「日本は比類のない国である」と教えられてきました。比類がないと言えば、どの国も比類はないのですが、私は、日本は掛け値なしに比類がないということを、初号丁甲に
偶然ヒントを与えられて分かりました。
 私達が習うドイツや英国の歴史は、キリスト教が入ってからの話ばかりですが、ゲルマン部族の酋長は、皆、天皇と同様、先祖を辿ると神の系図に繋がる歴史を持つ、ということを私は留学先でゲルマン学者から初めて聞きました。ところが、この系図は、歴史の途中で消えてしまいます。国境を越えた宗教が入って来たためです。国境を越えた宗教は、必ず、哲学や神学などの議論の術を持ち、先祖崇拝を基本とした民族的宗教は消されてしまいます。
 留学時代、私はこの講義を聞いているうちに、当然、日本のことが比較されました。天皇の系図で言えば、神武天皇の以前は神様の系図になります。この構造はゲルマンの部族と同じで、そのような国は昔は世界中にありました。しかし、それらは全部消えて、日本だけが残りました。私は、これが日本の比類なき国体の意味だ、とその時に分かりました。戦争に敗れ、そして異国の地に一人でいる私にとって、このような日本への自信を持つことができたのは本当に心強いことでした。

山上憶良、日本への二つの誇り

 山上憶良は、万葉集に、「神代より言ひ伝て来らくそらみつ 倭の回 すめろぎ いつく  ことだま さきは皇神の厳しき国言霊の幸はふ国と語り継ぎ言ひ継がひけり」と言う長歌を詠んでいます。私は帰国してから、憶良は私と同様な経験をしたのではないかと思うようになりました。
 この歌には、日本を定義した二つの言葉があります。「皇国の厳しき国」、「言霊の幸はふ国」ということです。日本は、白村江の戦いで百済を助けに出たものの新羅と唐の連合軍に敗けて引き揚げてきました。憶良は、その中の一人で、当時まだ少年だったという説もあります。彼は、朝鮮半島で強大な唐の存在を意識せざるを得なかったに 違いありません。また憶良は後に唐にも渡って数年間滞在しています。
 憶良が帰国し、日本が自慢できるものとは何かと考えたとき、深く自覚したことが、「皇国の厳しき国と「言霊の幸はふ国」ということだったと思うのです。「皇国の厳しき国」とは、万世一系で王朝が変わらないということです。易姓革命で帝王の姓が入れ替わるシナと違って、我が国は神代から王朝が変わらない。憶良にとってこれは揺るぎない自信であったに違いありません。
 「皇国の幸はふ国」とは、国民文学がある」ということです。日本の国民文学は王朝とともに古いのです。日本人が自分達を日本人として自覚し、自分達の言葉だと感じたもの、それがやまとことばです。古事記はやまとことば、日本書紀の地の文は漢字ですが、神名、人名、地名、長歌、短歌は全部表音記号として用いています。
 漢字を表音記号として使うことは、すぐに慣れますから、万葉集、そして仮名文字文学などにつながっていきます。源氏物語は世界で一番古い小説ですが、その背旦属には膨大な国民文学がぁり、その系譜は神話の記述にまで逆上るわけです。その根の深さと広がりは、シナに比べても膨大なものがあり、やはり目慢できることです。
 山上憶良が日本の自慢として、この二つのことを言った気持ちは、私の留学体験から痛いほどわかるのです。

仏教の受容

 憶良が自慢したのはこの二つですが、私はもう一つ加えてもよいと思います。それは、仏教の受容です。仏教は国境を越える宗教であり、仏教を入れた周辺の国は、それ以前の先祖崇拝の宗教は消えています。
 このような圧倒的な力を持つ仏教に対して、いかに対処したか。日本人が仏教を受け入れるに際し考えたのが本地垂遽説というものです。それは、もし仏の教えが真理であれば、それはあらゆる国にその真理は現れているに違いない、インドではお釈迦様や大日如来などとして現れた、それは日本では既に先祖の神として現れていたということです。この考えによって、日本人は、神道、仏教両方を成立させたのです。
 このような問題はゲルマンの世界にも起こりました。国境を越えてキリスト教が入り込み、日本の場合と同様、ドグマなき先祖崇拝の宗教がいかに対抗できるかという問題がおこったのです。
 あるゲルマン人酋長のラートボートという人は、音薮師の話を聞いて感心し、教会を建て洗礼も受けることにしました。ところが、洗礼を受ける段になり、疑問が生じました。それは、自分は天国に行くらしいが先祖はどうなのだ、ということです。それを宣教師に聞いたところ、宣教師は「洗礼を受けていないので地獄にいます」と答えました。それを聞いたラートボートは怒って、教会を焼き宣教師も殺してしまえということになったのです。こういう問題が頻々としてゲルマン地域で起こりました。
 これに対し、ローマ法王の聖グレゴリウス一世は、ゲルマン人が怒るのももっともだと考え、それで「煉獄」を作ったのです。「キリスト教を知らないで死んだ人は煉獄というところにいる、そこで、あなたが洗礼を受けて煉獄にいる霊のために祈るのを待っているのだ」としたわけです。それで全西ヨーガッパは改宗し、先祖崇拝の宗教
は消えてしまいました。
 この宗教の受容の仕方が、ゲルマン人の場合と比べると日本の方が非常に柔軟だと思います。結局、現在、両方の宗教が栄えているのは日本だけです。ですから、ロにおられ仏教を受容できたお陰で、日本は王朝が途絶えず、皇室の根本的な宗教と国境を越えた宗教とが両立し得たのだと思います。かくして我々は、神話の時代から断絶なく生きてきました。日本の誇りへの自覚と危機の克服 日本人は危機がある度に、このような日本の原始記憶に帰ってきました。十九世紀の中頃、黒船来航の危機のときも、やはり昔に戻りました。普通の国であれば、幕府を倒したところで内乱になって白人に乗り込まれて植民地になるところですが、神代以来の首主神の厳しき」ということを、もう一度みんなの意識に復活させて、明治維新をやり遂げたのです。
 そして「言霊の幸はふ国」であり、日本語は決してなくならないことはみんな知っている。それで外来語を恐れることなく全て翻訳してしまいました。さらに仏教と同じく、良いものは取り入れようということで、近代化を成功させ戦艦大和まで作ってしまいました。
 要するに、我々日本人の特質というのは、千数百年前からできあがっているのです。そしてこれは如何なる危機の時でも、日本人を乗り越えさせ、太古から先祖崇拝を宗教としながら、高度の文明を保った唯一の国として今日あるわけです。その象徴が第百二十五代の天皇陛下であり、今上陛下がご即位されて十年になる、ということは誠にめでたい限りです。(※本稿は、講演内容の要約を先生にご校閲頂いたものです)