会長挨拶
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三好会長略歴
昭和二年東京生まれ。日本中学校(旧制)四年から、十八年海軍兵学校に入校し(七十五期)、終戦により二十年十月同校卒業。東京高等学校(旧制)を経て、二十八年東京大学法学部を卒業。同年司法修習生となり、三十年に裁判官に任官、以後各地の裁判官、最高裁事務総局勤務、各地家裁の所長、最高裁首席調査官などを経て、平成三年東京高裁長官、四年最高裁判事、七年十一月最高裁長官に就任し、九年十月定年で退官した。平成十一年の秋の叙勲で、勲一等旭日大綬章を受章。平成13年12月より第3代会長に就任。
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現今の我が国の有様は、どちらをみても、只々あきれ果てる事ばかりであります。どうして、このようになってしまったのでしょうか−。私は、いわゆる戦後民主主義による欠陥教育のツケが廻ってきたと考えております。それは、人それぞれの誇りを喪失させ、徒な個の尊重が、「自分勝手至上主義」を風靡させ、それによる精神の荒廃が、今や我が国全体を覆うに至ったからであります。その背景にあるものの一つは、愛国心の欠如でありましょう。「自分勝手至上主義」は、国家というものに対する意識を欠如させ、必然的に愛国心を欠如させます。
か仰ぐつて「公務員倫理の根幹は愛国心である」と言った先輩がありました。私は、それに止まらず、愛国心は公務員のすべての職務活動の根幹といって過言ではない、と考えて参りました。愛国心さえあれば、公金を窓にするような行動も、国益に反するような行動もできる筈もないのです。これは公務員ばかりではなく、ひろく国民にも求められるべき心の姿勢でありましょう。愛国心は、偏狭なナショナリズムなどではなく、それぞれの国民が国家の健全な発展に寄与する原点であり、ひいては世界各国が共栄する道である、とさえ私は考えております。
私共は、我が国をまともな国に引き戻すために、今何をなすべきでしょうか。人々に国家への意識を回復させ、国民としての自覚と誇りを持たせ、そして愛国心を養う。そのため、日本会議の掲げている敦育・憲法問題をはじめとする国民運動は、いよいよ重要性を増しております。大きな困難は伴いますが、今行動を起こさなければ、取り返しのつかない事態になってしまうおそれがあります。皆様、私共の誇りある国づくりの国民運動にご協力いただきますよう、心よりお願い申し上げます。
三好 達 日本会議会長
日本会議平成14年度総会会長挨拶
総会開催にあたり、一言ご挨拶を申し上げます。
初めてお目に掛かる方も多いかと存じますが、私は、昨年十二月十日、皆様のお薦めにより、会長をお受けさせて頂きました。私は、かねてより、誇りある国づくりを目指す日本会議の活動につき聞き及び、共感を覚えていたのでありますが、この度、ご縁を得て会長の重責を担わせて頂くこととなりました。もとより浅学非才ではございますが、皆様のご指導とご協力を得て、その重責を果たすべく、力を尽くして参りたいと考えておりますので、宜しくお願い申し上げます。
日本人を堕落させた「自分勝手至上主義」
改めて私から申し述べるまでもなく、現今の我が国の有様は、政治家をみても、官僚をみても、企業をみても、どちらをみても、只々あきれ果てる事ばかりであります。どうして、このような有様になってしまったのか。私は、いわゆる戦後民主主義による欠陥教育のツケが廻ってきたと考えております。
戦後民主主義教育が、人それぞれの誇りを喪失させ、本当の「個の尊重」は、同時に他や全体を慮り尊重することであるのに、このことをなおざりにした徒な「個の尊重」、―私はこれを「自分勝手至上主義」と呼んでおりますいたずらが、―この「自分勝手至上主義」を風靡させ、それによる精神の荒廃が、今や我が国全体を覆うに至った、それが我が国の頭脳から足腰までを麻痺させてしまうに至ったからであります。
戦後から今日に至るまで、既におよそ三世代、この三世代にわたっての欠陥教育が、先ず個々の人間を堕落させ、次いで家庭を崩壊させてその教育機能を喪失させ、遂には我が国全体を、このような有様にしてしまったもの、と考えております。
「自分勝手至上主義」が愛国心を欠如させた
我が国のこの無様な現状の背景にあるものの一つは、「愛国心の欠如」でありましょう。ぶざま「自分勝手至上主義」は、国家というものに対する意識を欠如させます。国家というものに対する意識の欠如は、必然的に「愛国心」の欠如となります。
そればかりではありません。欠陥教育は、逆に国家を各個人に対立するものとして意識させます。国家を、個々の人々、―彼らの言葉でいう「市民」、―彼らは、国民ではなく市民と呼ぶのでありますが、
―国家を市民に対立する「権力構造」として捉えるのであります。国家は市民に対立する「権力構造」、そして、彼らの捉え方は、「権力は即ち悪」でありますから、市民が国家を愛するという考えが出てくる筈はありません。それどころか、姑息な手段を弄してでも、国から奪える物を奪えばよい、そういう思想になるのであります。そのような思想からは、「愛国心」という言葉が出てくる筈はないのです。更にある立場に立つ者たちは、国家といえども離合集散を常とする多様な集まりの一つに過ぎない、極論すれば、仲良しクラブと同じである、という思想まで教え込むのであります。
その結果として、「愛国心」という言葉自体が、我が国では、まるでタブーのようになっています。少なくとも堂々とこれを唱える人は少なくなってしまっています。そして、心ある者が、愛国心の大切さを訴えると、彼らは、直ぐに悪意に満ちた「レッテル」を貼ります。「偏狭な国家主義者」という「レッテル」です。しかし、愛国心の大切さを教えなかったこと、その結果としての愛国心の欠如こそ、我が国を現在のような状態にした、大きな原因の一つといって、過言ではありません。
少し前のことですが、「公務員倫理の根幹は『愛国心』である」と言った先輩がありました。公務員倫理について講演を依頼され、「俺はこういうことを喋ろうと思うが、どうだ」といって、私にメモを示し、意見を求めたのです。私は、「正に正論である」とお応えし、更に、愛国心は、公務員倫理の根幹であるに止まらず、公務員のすべての職務活動の根幹といって過言ではない、と申し述べました。
愛国心があれば、公の金を恣にするというような行動に出ることができる筈はないし、国益に反する行動に出る筈もないのです。昨今のマスコミを賑わせた政治家、官僚の有様を見ると、正に愛国心の欠片もない輩といかけらわざるを得ないのであります。公務員ばかりでないことも、ひとこと付け加えておきましょう。私企業に携わる企業人だって同じこと、愛国心を支柱として活動しなければなりません。国益を害してでも金儲けをするようなことをしてはならないし、国民に害毒を流すような商売をしたりしてはならないのは、当然であります。
愛国心は世界共栄への道でもある
愛国心の大切さを訴える者は、即ち偏狭な国家主義者であるという「レッテル」が誤りであることは、本日お集まり頂いている皆様には、十分ご理解頂いていると存じますが、私は、更に進んで、愛国心こそ、世界各国が共栄する道であると考えております。
世界には、沢山の国家がありますが、それぞれの国が、それぞれの国民の愛国心とそれに基づく国民の営みによって支えられ、それによってそれぞれの国家が健全な発展を遂げ、良い意味で国家が競い合うこと、このようなそれぞれの国家の良い意味での競い合いこそが、人類全体の発展につながるものである、と私は考えております。
今しなければならないこと
さて、我々は、今何をなすべきか。我が国をまともな国に立て直すために、何をしなければならないか。国家を意識させ、国民としての自覚を持たせ、国民としての誇りを持たせ、愛国心を養う、そのためには、崩壊している教育を正常化する、家庭の子女教育機能を回復させる、そのための具体的な行動が、我が日本会議の本年度の重要な国民運動として掲げている国民運動である、即ち、憲法問題に関する国民運動であり、教育に関する国民運動であり、戦没者追悼の国民運動であり、夫婦別姓法案阻止の運動である、と私は考えております。
しかし、事は、容易ではありません。戦後六十年近くかかって悪くしてしまったのです。一朝一夕でまともな国に戻れるとは思いません。しかし、今こそ立ち上がらなければなりません。困難は伴いますが、我々の行動により国内の風潮を変えていかなければなりません。今行動を起こさなければ、取りかえしのつかない事態になってしまう虞が多大であります。誇りある国づくりを目指す我が日本会議の国民運動は、我が国の現状をみるとき、一層その重要性を増しております。どうぞ宜しくお願い申し上げます。総会開催に当たり、いささか所懐を述べて、ご挨拶とさせて頂きます。
(本稿は、四月十三日に開催された日本会議総会での会長挨拶の全文です)
日本会議設立5周年記念式典講演より(平成14年11月)
■戦後民主主義教育の失敗
この頃の日本の有様を見ると、もはや対処療法だけでは立ち直りはできない、体質改善を図らなければならない所に来ていると痛感しています。体質改善とは、我が国に蔓延している風潮を改めることであり、その方法は教育であります。戦後民主主義教育が国民を精神的に荒廃させ、今日の自体を招いた元凶であり、学校教育のみならず、家庭教育も、職場での教育も、世の中のすべての教育は、この点において失敗でありました。徒に個の尊重のみを強調する戦後民主主義教育が、「自分勝手至上主義」の風潮を蔓延させてしまったのです。
■倫理としての愛
この諸悪の根源ともいうべき「自分勝手至上主義」に対置されるべきものは「愛」、即ち、「他を慮る気持ち」、「他を大切に思う心」であります。私は、この「愛」には二種類があると考えております。第一は、「本能としての愛」で、例えば、親子の愛、男女、夫婦の愛などです。しかし、最近は、これすら怪しくなっている。自分の子や親に対してすら「大切に思う気持ち」が欠如している姿が見られます。「本能としての愛」のうち、最も本能的なものが「自己愛」であり、これを本能の赴くままにして置くと、自分勝手になってしまい、「自分勝手至上主義」に通じます。
人は理性的な在り方を求められ、愛の在り方としても、もっと理性的なものが求められます。それが、第二の類型の愛である「倫理としての愛」、「道徳としての愛」です。人は、倫理として、道徳として「他を慮る気持ち」、「他を大切に思う心」を持たなければならないということです。
人は、人である限り自分勝手は許されず、生まれながらにして義務を負っています。その理由は、第一に、人は自分一人で生きているのではないし、また自分一人で生きることは不可能であること、第二に、人は祖先からこの世の中を引き継ぎ、これを子々孫々に引き渡していかなければならないことにあります。このことから二つの義務が生まれます。一つは、他との共存のために、互いに他を尊重し、助け合い迷惑を掛けないこと、もう一つは、他との共存のため、またこの世の中を子々孫々へ引き継いで行くため、自分に相応した仕事に就くことであります。こうして永い歴史を経て築き上げられてきたのが倫理規範です。
私が海軍兵学校で学んだ当時の校長、井上成美海軍中将は、生徒の躾教育のために言動の基準を示し、「…自己ノ行フガ如ク万人ガ行フナラバ、ソノ社会ナリ団体ナリガ如何ニモ良クナリ、愉快ニナルベシト認ムルコトハ之ヲ為ス、之ニ反スルコトハ之ヲ為サズ」と述べておられますが、これこそ「他を大切に思う心」であり、倫理、道徳の基本は、正にこれに尽きています。
私が「自分勝手至上主義」に対置されるべきものとして述べる愛は、このような愛であって、「本能としての愛」ではありません。
ある会社に「人を愛す、己を愛す、仕事を愛す、会社を愛す、社会を愛す」という社是があることを書物で読みました。この社是にいう愛は、正に倫理としての愛であり、この五つの愛の根本は一如であります。このうち「己を愛す」は、「自分勝手」に通ずるようでありますが、「本能的な愛」を意味するものではなく、「自分を大切にする」とは、「常に自己の向上を目指す」ことを意味しています。
■甘やかしや迎合を排す
溺愛、甘やかしや迎合は、理性的なものでもないし、また決して相手のためになりませんから、「倫理としての愛」とは相反します。教育でいえば、もし子供の負担が多くて可愛そうだから「ゆとり教育を」というのであれば、子供の徳性や知性の向上に配慮したものではありませんから、子供に対する「倫理としての愛」とはいえません。
また他国との友好親善、共生共栄は大切であり、他国のことも慮らなければなりませんが、それは、紛争を嫌って、迎合することではありません。それは、自国の誇りを失わせ、国に対する愛に背馳するだけでなく、他国をも堕落させるもの、互いの向上と共生共栄を図る途ではありません。
■勇気、そして自己犠牲
「倫理としての愛」の実践のためには、「本能としての愛」に打ち勝つ勇気が必要です。ともすればシュリンクし勝ちな自分を励まし、自分を克服する克己心が必要です。更にそれは、時として自己犠牲を伴います。
平成十一年十一月、埼玉県狭山市で航空自衛隊の航空機の墜落事故があり、二人の搭乗員が殉職されました。マスコミは事故によって発生した大停電だけを大々的に報道しましたが、この事故で、搭乗員は住民の生命財産を護るために、崇高な自己犠牲の精神を発揮され、これを実践されたのです。航空機に故障が起きた時点で脱出し、身の安全を確保することは可能でしたが、そこは市街地の上空でした。住民の生命財産に被害の及ぶおそれのない入間川の河川敷まで必死の操縦を続け、遂に脱出の機会を失し、殉職されたのです。
当時、私立狭山ヶ丘高校の小川義男校長は、校内誌で「他人の命と自分の命の二者択一を迫られたときに、迷わず他人を選ぶ犠牲的精神は崇高」との賛辞を贈られましたが、私もこれこそ自己犠牲を伴う愛の発露であったと思っています。しかし、このことは殆ど報道されませんでした。
■国の立直りを目指して
我が国の体質改善のためには、この「倫理としての愛」の精神とその発露としての行動の大切さを、子女、後輩に叩き込まなければなりません。習い性となるまで、叩き込むことが必要です。私は決して堅苦しい世の中を描いているわけではありません。人と人との間柄が契約だけが主体となって結ばれている社会と、人々が互いに「大切に思う心」で結ばれている世の中と、いずれが温もりを感じ、潤いや心の豊かさを感じることができるでしょうか。昔の日本は、少なくとも今よりは、これらが感じられた世の中であったように思われます。
日本会議の綱領、運動方針、各種国民運動の根幹に流れているものの一つは、我が国において失われようとしている「倫理としての愛」の精神であり、運動それ自体もまた、この愛の実践です。運動の成果として我が国が立ち直った暁に、国の精神的基盤として、厳に存在すべきものも、この愛の心です。
会員一人一人がこの愛の実践者として、日本会議の推進する運動を実践して頂くことを心から願っているものであります。
建国記念の日奉祝大会(松山大会)
記念講演要旨・平成15年2月11日
一、亡国の三つの兆し
清朝の末期、英国とアヘン戦争を戦った曾国藩は、亡国の兆しとして三つを挙げたと聞いています。第一は、「何事によらず黒白が判らなくなる」、第二は、「善良な人々が、ますます遠慮がちになり、くだらぬ奴らが、いよいよ出鱈目をやる」、第三は、「問題が深刻になると、あれももっとも、これも無理からぬと、何でも容認してしまい、訳のわからぬことをしてしまう」というのです。
我が国の現状をみると、この三つの兆しが、はっきりと現れています。現今の我が国では、一国の指導者を始めとし、学童の指導に当たる教師に至るまで、明確な決定をする見識と勇気に欠けています。昭和天皇が皇太子であられた当時、御学問所で倫理を御進講になられた杉浦重剛先生の座右の言葉に、「心身清潔にして、義を見て明決する者は、大日本人と称することを得」という言葉があります。その身辺に穢れ、疑惑がない、公明正大な人であって、物事の筋道、理非善悪、条理非条理を弁別し、正理を守り、非理を斥けていく、これこそ立派な日本人といえる、との意でありますが、この「明
決」、明らかに決する見識と勇気を欠いてしまった人物が横行しています。
二、戦後教育の失敗
我が国は、何時からこのようになってしまったのでしょうか。昭和二十一年に小学校に入学し、墨で塗った教科書で戦後教育を受け始めた人たちも、今は六十歳を越え、今の子供達は、その孫に当たります。今や家庭も、学校も、職場も、日本国民の大部分が、戦後教育を受けた者によって占められるようになった。そうなってから、我が国全体がガタガタになった、それがハッキリと現れてきたといえるのではないでしょうか。
戦後教育を貫く理念は、「個の尊重」です。それ自体は、決して間違ってはおりません。しかし、「自分だけの尊重」のみが強調され、「他の尊重」、「公の尊重」は、殆ど抹殺されました。ここに根本の病原がありました。我が国の現状を齎した教育の失敗は、それだけではありません。一つには、倫理及び歴史教育における偏向教育の実施であり、もう一つは、国語と数学に代表される基礎教育の軽視、特に国語教育の軽視であります。
国語教育の軽視は、どんな結果を生むか。一つは、国語力は、様々な知識を身に付ける基礎であり、論理的思考能力の基礎でありますから、国語力の低下は、国民全体の様々な分野での知的レベルの低下に繋がりますし、論理的判断能力の低下、論理的思考過程を表現する能力の低下に繋がります。もう一つの結果は、我が国古来の文化、有形無形の歴史的遺産や日本人の思想、情操などに対する理解の低下となって現れる。古典や詩歌に親しむ機会が失われ、国語の美しさも理解できなくなる。これでは、自分の国のよいところを理解できず、それを誇る気持ちも生まれませんし、国を愛する気持ちが醸し出される筈がありません。
三、我が国の現状
我が国の現状は、五つに集約できると考えます。@自制心、克己心の欠如、A誇りの欠如、B家庭の崩壊、C公の軽視、D国防の意識の欠如、であります。
1 自制心、克己心の欠如
― 「凡て事を為すは克己心に在る」
大人も子供も直ぐにキレて、短絡的行動に走る。一寸躓くと、堪えることができないほどに傷つく。自制心や克己心の欠如、要するに「我がまま」であります。世の中では、意見も、性格も、好みも異なる多くの他の人と共存して、生活していかなければならないのですから、一定の我慢や忍耐を強いられることは当然であります。それなのに、それを教え、体得させることを怠った、また我慢や忍耐を養う社会的条件も失われてしまった。そのツケが廻ってきたといえます。
人間は、甘やかされれば、自制心も克己心も育まれず、肉体的にも精神的にも、弱くなる。鍛えられれば、自制心も克己心も育ち、逞しくなるものです。性格的に、あるいは健康上、無理をさせることができない者には、特別の配慮が必要ではありますが、そうでない者については、生来持っている資質を一杯まで伸ばすように鍛える、それが親や教師の責務です。前述の杉浦重剛先生は、「凡て事を為すは克己心に在る」とおっしゃっておられます。
2 誇りの欠如
誤った歴史認識に基づく歴史教育の結果であり、また我が国古来の文化を認識させ、理解させる教育を怠った結果であります。「君達のお爺さん、ひいお爺さんは、アジアの諸国に悪いことばかりをしてきた」と教える。日本民族が古来、四季折々の自然の恵みが豊かな日本列島で、平和に暮らし、文化の花が開いて来たことは教えない。国を想う優れた人々の活躍によって、他のアジア諸国のように欧米諸国の侵略の餌食となることなく、独立した近代国家として、目覚しい発展を遂げてきたことは教えない。これでは、日本人としての誇りを持つ筈はないし、元気が出る筈もありません。
3 家庭の崩壊
― 「家族は今やコゾク( 孤族) になった」
本来、家族の絆は、夫婦愛と親子愛によるもので、倫理や道徳として教え込まなければならないものではない筈です。しかし「自分勝手至上主義」の蔓延は、この本能的ともいえる結び付きすら失わせ、家族をバラバラにし、家庭の担う大事な役割、子女の教育機能を喪失させてしまいました。「今や家族ではなくて、コゾク(孤族)になってしまった」と家庭裁判所で事件に携わってきた調査官や調停委員が嘆いています。食事時間や観たいテレビが違うから一家団欒の機会が作れない。家族間の話合いは、専ら携帯やメールのやり取りで済ますという家庭が増えているというのです。
離婚に際して子を奪いあうケースは、昔からよくありました。しかし、今は逆のケースが増えている。いわゆる「できちゃった婚」、直ぐに「賞味期限」が切れて離婚、夫は妻が子を引き取るのは当然との態度、妻は「これから仕事を探さなければならない。慣れない職場でストレスが溜まったまま家に帰って子どもの顔を見れば、もっとストレスになり、殺してしまうかもしれない。それでも引き取る義務があるのですか」と相談に来るというのです。このような例は珍しくないとのこと、まことに無責任、「結婚は一生の結び
付き、親は生まれた子を世間に迷惑を掛けない一人前の人間に育て上げる義務がある」ことなどは、全く念頭にないのです。
4 公の軽視
― 御霊の慰霊顕彰を排除する国立追悼施設構想
戦後教育が、国家を個人に対立する権力構造として捉え、権力は即ち悪である、と教え込んだ結果であります。国民が国家を形成している、国民が力を合わせて、国のために尽くすことが、国家と国民全体の発展向上に繋がるという視点は消え失せてしまっています。
それにつれて、国家のために命を捧げた方々に感謝し、これらの方々を慰霊し、顕彰することを軽んじるようになってきました。国に殉じた方々の慰霊顕彰は、国家としても、また国民としても、当然なすべきことであります。
「追悼・平和記念のための祈念碑等施設の在り方を考える懇談会」(追悼墾)は、昨年十二月二十四日、「戦没者の追悼、平和祈念のための施設の新設が必要である」との報告書を提出しました。しかし、報告書のいう施設と靖國神社とは、二つの決定的な違いがあります。
その第一は、この施設には、「御霊がない」ことです。報告書は、「無宗教の施設」を提案し、「この施設は、宗教性を排除した性質のものでなければならない」としています。排除とは、「追い出す」ということです。御霊とか霊魂とかは、宗教によって初めて観念することができるのですから、この施設からは、御霊は追い出されるのです。「平和祈念施設」といっていますが、そこに神仏、御霊は観念されていないのですから、この祈念でいう「いのり」は、「いのり」のもう一つの意味、「希望する、願望する」の意味と解さざるを得ません。
決定的な違いの第二は、この施設は、「慰霊・顕彰の施設ではない」ということです。この点も報告書に明確に書いてあります。これに対し、靖國神社の社憲前文には、「国事に殉ぜられたる人人を奉斎し、永く祭祀を斎行して、その『みたま』を奉慰し、その御名を万代に顕彰する」とあります。追悼とは、「いたむ―嘆き、悲しむ」ことで、慰霊顕彰の意味はありません。もしこの追悼施設ができたならば、国は、国民に対しこの施設で追悼するように呼びかけ、誘導することでしょう。それは、国が国民に対し、「皆で追悼は
するように。しかし、国としては慰霊顕彰は勧めない。慰霊顕彰をしたい者があれば、勝手にやればよい」といっているのに等しいのです。何たる国の態度でしょうか。特攻隊員の遺書遺詠で、靖國神社に係わるものは、多数ありますが、財団法人特攻隊戦没者慰霊平和祈念協会の会報「特攻」第五十三号(平成十四年十一月発行)にその一部が収録されていました。遺詠の二、三を挙げますと、
我も又還らぬ友の跡追いて靖國の宮の若桜と散る
(飛行予備学生出身二十二歳)
靖國の桜となりて薫る日の誇りを胸に秘めて旅立つ
(少飛十四期出身二十歳)
靖國の花と咲かなむわれもまたいくさの庭に散りし友らと
(海軍飛行予備学生出身二十四歳)
いずれも靖國神社に祀られ、永久に篤く祭事が行われるものと、信じて逝かれました。国家がこれらの方々の慰霊顕彰を排除し、行わないということは、「裏切り」以外の何物でもありません。関係者の猛省を促したい、と存じます。
靖國神社は平和を祈念する神社です。靖國神社の崇敬は、軍国主義や他国への侵略に繋がるという人がいますが、社憲第二条には、「万世にゆるぎなく太平の基を開き、以て安国の実現に寄与するを以て根幹の目的とする」と明確に定められていることを付言しておきます。
5 国防の意識欠如
― 国家の究極的任務は国民と国土の保全
「戦争の心配もなく、平和な生活を送ることができるのは、日本国憲法が平和主義をとっているからです」とか、「日本は、日本国憲法で平和主義をとっていたため、戦争に巻き込まれることなく安全で繁栄した日々をおくることができたのです」とか、これは中学校の公民の教科書の記述です。自衛隊や日米安全保障条約の存在により他国からの直接、間接の侵攻が阻止されてきた現実を、全く無視した教育が行われてきました。平和主義を憲法に掲げ、戦争をしない意思を表明していれば、一国の平和は保たれるという思想が、我が国を風靡しています。しかし、世界の歴史と現実を直視すれば、そんな甘いものでないことが、よく分かる筈であります。
国家の任務には、教育の充実、国土の開発、産業の振興、福祉の充実など、様々なものがありますが、国家には、どうしても果たさなければならない究極的な任務がある、いわば最後に残る任務、それは、国民と国土の保全、国民と国土を外敵の侵害から護ること、これが究極的任務です。この任務をなおざりにする国は、国の名に値しない、独立国とはいえません。しかし、我が国の国民は、このような意識が希薄であり、為政者もこのことを強く申し述べないのが現状であります。かくて、竹島、尖閣諸島、北方領土が占拠され、遂には、我が国民が、我が国土の中から、他国の工作員によって拉致されるという事件まで生じています。
日本国民に国防意識が希薄なのは、戦後の教育にもよりましょうが、そればかりではなく、古来他国からの侵攻を受けることが殆どなく、平和に暮してきたことにもよると考えています。元寇のときも、水際で撃退しましたし、幕末から明治にかけても為政者の卓越した識見、判断と行動により、欧米のアジア侵略にもかかわらず、独立を確保しました。国土が戦場となり、遂に異国の支配を受けたのは、ただ一度、大東亜戦争に敗れた時でありますが、この時は、米国の巧妙な占領政策により、一般国民は直接には他国支配の悲惨さを余り感じることなく、それまでの日本だけが悪かったのだと思い込まされてしまいました。
ヨーロッパも、中近東も、日本を除く東アジアも、古来戦い、領土の奪い合いに明け暮れ、他国の支配に置かれたり、滅ぼされたり、また再建されたりした国は、沢山あります。日本人は、もっと他国の侵攻を受けたときの悲惨な歴史を学ばなければなりません。原爆の悲惨さや地雷の被害を教えているではないか、という反論がありましょう。しかし、これは戦争によって市民が蒙る被害の悲惨さを訴えているものであります。勿論これも大切でありますが、私が申し述べるのは、国民が国民として国を護らないと悲惨な目にあうということを、もっと教えなければならない、ということであります。
明治二十三年、単騎ドイツからシベリア横断を果たして帰国した福島安正中佐(後の大将)が見た、滅ぼされた国ポーランドの情景を歌った歌があります。「波欄懐古」(落合直文作詞)という歌ですが、滅ぼされた国の悲惨さがよく表れています。日本人は、自分の国は、自分で護らなければならないことを、世界の歴史に学び、自覚すべきでありましょう。
四、日本再生への道―教育の再建
日本の現状を五点に集約しましたが、この現状からどのようにして再生を果たすか、それは、これまで申し述べたところから当然に導き出されると考えております。根幹は、教育の再建であります。学校教育だけではなく、家庭教育、更に遡れば、家庭教育の担当者である、父母の教育から始めなければなりません。
まず、人間としての基本的義務を叩き込みます。基本的義務とは何か。その義務はどこから生じるか。@人は、自分一人で生きているのではなく、また一人で生きていくことは、不可能であること、A人は、祖先からこの世の中の引継ぎを受け、これを子々孫々に引継いでいかなければならないこと、この二つのことから、人に二つの義務が生じます。@他の人との共存のため、互いに他を尊重し、助け合い、迷惑を掛けないこと、そのためには、自制心、克己心が必要であること、A他と共存し、世の中を子々孫々に引継いでいくため、自分の能力、性格などに適合した職業に就くこと、この二つの義務であり、これが、倫理、道徳の基礎であります。
第二は、国語教育の強化と正しい歴史教育です。これによって、国民の知的レベル、論理的思考能力が向上するとともに、自分の国に対する理解は深まり、誇りと愛着をもつようになります。
かくて、国民は、「自分勝手至上主義」から脱却し、自制心、克己心を身に付け、誇りを持ち、家庭の子女教育機能は回復し、公に目覚め、国防を意識するようになるでありましょう。しかし、一朝一夕での達成は不可能です。戦時中、鈴木貫太郎海軍大将は、井上成美海軍兵学校長に、「生徒教育の本当の成果は、大体二十年後に現れる」とおっしゃったと、伝えられています。これは、どんな教育にも、またプラスにもマイナスにも当てはまることでありましょう。戦後既に約六十年近くが経過し、この間国民を堕落させる教育が続いたのです。日本の再生には、かなりの期間を要することを覚悟しなければなりません。
だからといって、私の生きている間には到底無利と、消極的になってはなりません。せめてその道筋なりと付けておかなければなりません。まず必要なことはあらゆる手段を講じての世論の喚起であります。皆様、宜しくお願い申しあげます。